Scrum Hearts 39.5話 完全記憶者の禍根
めっちゃ重要な話だから本編に捩じ込むか迷ったけど雑談も多いしやっぱこっちだなってなりましたとさ。
「よーっす。今日も頼むわー」
「あっ、こんばんはヨツバさん。準備は出来ていますよ」
何食わぬ顔でcloseの札が掛けられた図書室の扉を開けて、入りがてら適当な挨拶をする。
ここ数日、毎日こうして時間外にやって来てはミスリに勉強を教えて貰っている。
机には今日使う教材と、ミルクたっぷりのコーヒーが湯気を立てている。
気が効くよなぁ〜
「何か申し訳ないよな。勉強教えてって毎日こうして頼んでんのはこっちなのにこんな準備までして貰って」
「いえいえ。どうせ私も飲むんですから手間ではありませんよ。それに勉強の方もです。知識というのは、人に教えるとより定着する物です。教える為に考える事で私の勉強にもなっていますので本当にお気になさらないで下さい」
そぉ? じゃあ甘えちゃおーっと。
「申し訳ないと思うなら挨拶くらいちゃんとしたら? 行きつけの居酒屋にでも入るみたいだったよ?」
「げっ!!」
「『げっ!!』 ってなに!?」
失礼過ぎない!? と プリプリ怒る暴力おん………女の子が入り口からは死角になる机に居た。全然気が付かんかった………
「いつから居た?」
「最初から居たよ!! コーヒーに目が眩んで見えなかったんでしょ」
コーヒーに目が眩むことなんてねぇよ。
「あー…………ミスリ、お知り合いの方?」
「…………え……………えぇ?」
「今更『この人どなたですか?』みたいな空気出しても遅いから!!」
「うるせーなー勉強の邪魔するならどっか行って貰えます?」
「まだ始まってないでしょ!? あ゛〜〜不名誉な二つ名が疼くぅ!!」
〝暴力女〟は二つ名として認可されたらしい。
あと名前が疼くって何だ。
「んで? アカリはこんな所で何してんだ」
「ん〜? んーとね、ヨツバから話を聞いた後にね、私も何か力になりたいな〜と思って。取り敢えずミスリちゃんとお近付きになろうかと足繁く通っています」
自分で足繁くとか言うな。
「それでヨツバが時間外に毎日ミスリちゃんにお勉強教えて貰ってるって聞いたから私も教えてもらおうかな〜ってね」
う〜わ!参加すんのかよ!
「すっっっごい嫌そうな顔してる!!」
「いや別に? んな事ぁ無いっスよ。勉強遅れてんのか? 廊下ですれ違った人に話しかけられてた内容的にはそうは思えないんだが」
むしろ逆の印象を受けた。出来る人。頼られ、教えを乞われる側。
「魔導の座学は全く問題無いんだけどね、応用戦略論の科目がちょっと不得手で」
あぁ…………今日限定って事ね。丁度今日教えて貰うのが応用戦略論だ。
「ってかよくミスリの居場所突き止めたな」
確かこの場所に居る事は秘匿されているって話だった筈だ。
近場にもっと規模の大きい図書館がある。その上そもそも自分で何かを調べようとする学生があまり居ないとの事。
教師陣は優秀で大概の事は説明できるし教えられる。 ましてや例に漏れず情報化社会の波に呑まれているこの世界の住人も、携帯端末を利用してある程度の事は調べがつくらしい。
蔵書の泣き声が聞こえてきそうな話だ。
ミスリも休学する訳にはいかない。生徒である以上、何かしらの形で学園に関わり、成果を出さなくてはならない。ミスリの特筆すべきは学力。更に伸ばすにも図書室という環境はもってこい。
更には監視体制も十全で、万が一編入者がこの場所に来ても受付台にあるボタン一つで5分も経たずに警備担当の者が駆け付けられるそうだ。
ミスリの状況を考えると、この場所は打って付けという訳。
例えば俺の様に偶々ここを利用して知り合ったとか一部の例外を除いて、ミスリが不在中の図書室の司書の代わりに維持管理業務に従事しているなんて事は知られていない筈。
「伝手があるからね。ちょっと渋ってたけどヨツバが動いている事を知っていた〝影〟も事情を話したら快く教えてくれたよ」
………………カゲヨシか。ひょっとしてあいつ結構何でもペラペラ喋るんじゃないか?
俺には関係ない事だけどちょっと何か心配になってくるな。フィスタ先生といい口が軽過ぎでは?
いやフィスタ先生のあれは環境が特殊だったか。
「えー……………と、アカリさんからも聞いてはいましたけど…………その……………仲がよろしい様で………?」
なんで疑問系なの? なんで遠慮気味なの?
仲良くないから別に。ってか
「俺の何を聞いてたの。アカリお前ミスリに何て言った」
「ん? 〝変人〟って」
「言葉でまで暴力振るう様になったの!?」
「また言っ───!! ………っ!? あぁ言ってないか」
言ってねぇよ暴力女とは言ってない。意味は同じだけど。
「はぁ………まぁいいか。なんて言えば良いんだ?…………まぁ偶々知り合ったんだよ。もう聞いてるんだろうけど色々手伝って貰う事になった」
「…………………ヨツバさんって一体何者なんですか?」
「…………? どういう………あぁ、もうなんでも良いよ時間が勿体無いな。始めよう。ミスリ、頼むよ」
「はい!」
「お願いしまーす!」
・
・
・
「───という風に、『相手はまだこの技を見切れてはいない。この手はまだ有効だ』と油断させる効果が期待出来ます。この論説が伝えたいのは、相手の技を見切ったとしてもそれを安易にひけらかさない事が重要だ と言う事ですね」
「あぁ〜成る程な。新しい手札を出されても困るし、既に見切った技を出させる様に誘導すんのか」
「次にその手を使って来た時が大きなチャンスになるんだね。自分の体勢を整えながら相手の技を捌く。そうすれば油断して空いた懐にこっちの一撃をお見舞い出来る と」
ミスリの講義に2人で相槌を打つ。
「お二人ともとても理解力があるので教え甲斐がありますね。此方も楽しくなって来ます」
「「 止せやい 」」
被った!!
「パクリ女に改名すっか?」
「被っただけでしょ!? 私がパクったみたいな言い方は良くないんじゃない!?」
黙れ、こういうのは先制攻撃した方が有利だ。先に何か言われる前にイチャモン付けて牽制するに限る。
「二つ目の二つ名おめでとう。今日から君は〝暴力&パクリ女〟だ」
「まさかの加算式なの!? 改名じゃなかったんだ!?」
改名だろ。 暴力女→暴力&パクリ女 だ。更新おめでとう。
「ふふ………」
「「 ? 」」
控え目に。口元に手を置いて。ミスリが笑っている。
「どした?」
「あ……………すみません。こんな風に誰かと楽しく勉強をした事が無かったので。………少し憧れていたんです。勉強にしか自分の価値を見出せず………何かに自信も持てず………。誰かと同じ立ち位置で、対等に切磋琢磨するとか…………こうして一生懸命に、一緒に勉強して、時にふざけ合ってとか…………こんな風な幸せな時間が自分に巡ってくるなんて考えた事もなかったんです」
「「……………」」
「あっ…………!! す、済みません!! 私なんかがお二人と対等だなんて勘違いをっ!!」
「いいや? 何か夢壊して悪いけど対等どころか教えて貰ってんだから俺の方が随分下だろ。そう言うなら早く対等になれる様にもっといっぱい勉強教えてね」
「え、どこ目線なのそれ? 言い方ってあるよ?」
「ミスリを下にとかそんな風に見た事無いよ。少なくともどっかのお貴族様のお嬢様と違って自分はモテるだとか上級市民だとかお高くとまってないから俺は」
「あ゛?」
「っわ出たよ、可愛いやつ。全然怖くねぇ」
スッ と棍棒の様な杖を取り出すアカリを無視して続ける。
「友達だと思ってるからこうして頼ってるんだ。そんな自分を卑下する事無いだろ? 言っとくがこれからも頼らせて貰うからな。覚悟しろ」
「ヨツバさん…………ちょ、ちょっと嬉しいですし感動してるんですけど、あの…………臨戦体勢を取るのは…………」
タカミから貰ったばかりの想牙を構えてアカリと対峙する。
「あの、お二人共………時間外ですけどここ一応図書室ですのであまり騒がしくしない様に気を付けて頂ければ…………」
「「 あっ はい 」」
「〝重擲ノ杖〟も〝想牙〟もしまって下さいね」
「「 ………………… 」」
「? どうしました?」
アカリもポカン………と口を開けている。俺は俺で………
「やっぱ凄いよな。確か話の流れでチラッとしか言ってないのに覚えてられるんだもんな」
「…………私の重擲ノ杖の事も良く知ってるね? あれ? 私ミスリちゃんに見せた事あったっけ?」
「 ──────っ! 」
第一印象は、『マズい』という顔。しかしそれは泣きそうな、困った様な、慌てた様な。 そして………諦めた様な、惨めな顔だという印象に変わり…………
「ごめ…………なさい…………」
絞り出す様に微かに聞こえて来た声は震えていて。
あぁ……………やっぱり。
そこに何かがある と。
そう確信した。
「うぇっ!? ちょ……と、え? ご、ごめんねミスリちゃん! 何で泣いて…………ごめん!」
オロオロと視線を俺とミスリの間で行き来させ狼狽えるアカリ。「私何かしちゃった?」と顔に書いてある。
まぁ解らんだろうさな。俺だって解らんもの。でも間違いなく、〝記憶〟だとか〝覚えている〟だとか、そういった事に何かしらある。
「…………………ごめ………なさい…………ゥ…………不気味……ですよね…………ッ………何でも………知っていて…………」
「ミスリ…………」
大粒の涙が、一生懸命顔を拭って隠そうとする腕の間から止めどなく流れ落ちる。
「……………ゥ……………気持ち悪いですよねっ……………個人のっ……………情報まで覚えていて…………!」
「ミスリちゃん?」
「私っ…………フ…………ゥ………っ………せっかく………ウゥ……こうして仲良く…………して下さっているのにっ………! また…………」
「ミスリ」
「ごめんなさい…………今日は……もう…………閉めますので」
「 ミスリ! 」
ビクリと身体を震わせる。
声を荒げてしまった。アカリから非難がましい視線を受けるが、今はとにかく引き止めたかった。
「ちょっと落ち着け」
その分優しくその後の声を落とす。
「な? ほら、コーヒーもあるからさ、飲んで落ち着こう? 俺が淹れたんじゃないけど」
「いやホントだよ!! 何しれっと自分が淹れたみたいに優しさアピールしてんのさ! そうやって乙女の弱みに漬け込んで何する気!?」
「何もする気ねぇよ!! 別にアピールとかしてねぇから!! 今ミスリには兎に角優しさが必要だろ!?」
「泣いてる本人目の前にして〝優しさが必要〟とか言っちゃうの!? 慰める気あんのか!!」
「いやいやいや! お前もだろ! 〝慰める〟とか本人に気取られない様にそっとやんないとダメだろ!! 泣いてる相手に「今から慰めるからねー、よく聞いて元気出してねー」って言うか普通!?」
「あーー!!もう!! 駄目でしょこの空気!」
「ああ、駄目だな。ちょ、ちょ………落ち着こう。俺らが落ち着け。な? ほら、コーヒーもあるからさ」
「〜〜〜っっっいや! っだからさ! それでしょ!? 原因それ! シリアスッ!! シリアス大事にしてっ!」
ミスリはもう泣き止み、俯いている。
ど、どうしようこの空気。冷や汗ヤバいんだが。
アカリと目を見合わせ、二人であわあわオロオロしていると、再びミスリの肩がフルフルと震え出した。
「…………っふ……」
!? 〝ふ〟!? 〝ふ〟って何だ!?
〝ふざけんな〟か!?
「…………ふっ…………うふふふ!」
…………?
「アハハハ! ………もぅ! 二人が落ち着いて下さいよ。………はぁ………お陰で落ち着けましたけど。わざとですか?」
あぁ………………俺らの醜態を見て笑ってたのか…………良かった。
「う、うん! そうだよ! 狙い通りだねっ!」
「違ぇぇだろ! そんなん狙ってねぇわ!! だったとしてもアカリが威張るのは違うね!」
やり始めたの俺だろ! 俺の功績だ!
グシグシと目元を袖で擦り、鼻を啜るミスリ。
「……だ………大丈夫か?」
そんな事しか聞けない自分が情け無い。
「グス………………はい。済みません、見苦しい所をお見せしました。……………少し、昔を思い出して………動揺してしまいました。もう大丈夫です。本当に済みませんでした………………忘れて下さい」
〝忘れて下さい〟
それを言うミスリの顔は笑ってはいるものの………その笑顔は先日、速読を褒めた際に自分の唯一の取り柄だと言ったその時と同じ、寂しそうな笑顔で。
「さぁ、勉強の続きを始めましょう」
それを もう見て見ぬ振りは 俺には出来そうになかった。
「………………ミスリ、今日は勉強はもういい。残りの時間少し話をしよう」
「……………………勉強は大事ですよヨツバさん」
「友達についての話より大事な事なんか他にあるかよ」
「……………………」
俯いたミスリの顔は見えない。
「多分、話したくないんだろう。この話をするのはきっと、俺には想像も出来ない程苦痛を伴うんだろう。怖くて、勇気が要るんだろう」
「…………………」
「それでも、俺は聞きたい。聞かせて欲しい」
「ヨツバ………」
「わかってる、酷い事してるってのは」
アカリが静止する様に声を掛けて来る。が、止まるつもりはない。
こういう時の後のフォローが必要だからアカリに支援を要請したのだから。
「そもそも、その〝酷い〟の原因は話したくない事を無理矢理聞き出そうとしているからだろう? じゃあ、何で話したくないのか。 当ててやろうか? ミスリ」
ミスリは俯いたまま、ピクリとも動かない。
「〝記憶力〟」
そう言った途端、ミスリの身体が跳ねた。そして、震え出す。
「ヨツバ!!」
「アカリ、解ってる!! それでも…………もう少し踏み込ませてくれ」
引く気は無い。 そう想いを込めて目を合わすと、アカリは真っ直ぐ睨み付けながらも、唇を噛み締めて黙ってくれた。
「ミスリは多分…………人より記憶力が秀でている。それも程度としては、かなりだ。そうだろう? 突出した才能や技術っていうのは、時に他人から奇異の目で見られる」
ツー………… と、俯き覆い被さる髪の毛の隙間に見える頬を 静かに涙が伝い落ちる。
「いつなのかは知らない。でも、過去にそういった目で見られ、蔑まれ、虐げられた事があるんじゃないか? またそういう目で見られたく無い。 それが話したくない理由なんじゃないのか?」
「そこまで解ってるんなら………!」
堪え兼ねたアカリを手で制する。
そこまで解ったからこそだろ。
「ところでだ。アカリ? ミスリに俺の事なんて言ったんだっけか?」
厳しい顔をしていたアカリは一瞬キョトンとした後、ハッと何かに気が付いた表情に変わる。
「変人」
「お、おおぅ。改めてこのテンションで聞くとなんかこう………グッと来るものがあるな……」
「感動で?」
違ぇぇわ!!
っっと………また話が逸れる。
「ん、んん。 …………な? ミスリ。俺はどうやら周りから見れば頭のおかしい変人らしい」
ハッ と。ミスリが俯いていた顔を上げる。その顔は涙でぐちゃぐちゃで。眉を寄せるその表情は何とも言えない悲壮感の中に、困った様な様子を見せていた。
「仮に。 仮にだぞ? ミスリの話を聞いて、俺やアカリがミスリの事を〝変〟だと思ったとして」
ミスリの視線が泳ぐが、関係ない。
「仮にそうなったとして、だ。そうなったら」
聞きたくない。顔がそう告げている。その先を聞きたくない。
でも、続ける。 多分ミスリが恐れている事とは別の答だから。
「俺達、仲間だな」
相変わらず眉根は寄っている。困った顔のまま。目を見開き、一拍置いて、クシャリとその整った丹精な顔を歪める。顔はもう伏せない。
その眼を真っ直ぐに見つめて続ける。
「ミスリが世間一般で変な目で見られようが何だろうが俺は関係無い。そうだろ? 俺はその〝世間一般〟じゃないんだから。アカリ曰く俺も変人らしいしな。もし俺がミスリの事を変だと思っても蔑んだりはしないかもしれない。だろ? それに俺がミスリの事を変だと思ったとして、俺も変人だ。変人仲間だな。仲間同士これからも仲良くしてくれよ?」
「………ッ…………うっ…………」
零れ落ちる大粒の涙は止めどなく。
「それにな、ミスリ。初めて会った日だったか次の日だったか………俺が編入者だって解って怯えてたミスリに言った一言。覚えてるか?」
聞くまでも無い、覚えているだろう。何故ならミスリはきっと、忘れられないのだろうから。
「今、少し言葉を変えてもう一度言おう。 俺はミスリに嫌な記憶を植え付けた人とは違う。約束する。絶対に蔑んだり虐げたりしない。だから安心して話してくれ」
「……………ぅ゛…………ふぅッ……ッ」
「友達だろ? もう、一人じゃないんだ。それは一人で溜め込む物じゃない。少し吐き出すのも大切だ。 たった一度。あとたった一度きりでもいい。 俺を信じてくれ」
「………ぅ……ぁぁ………ぁぁああ………!………ぅ゛………ゔあああああ!!」
溜め込んでいた物が 決壊した。
アカリに目配せすると、二も無く頷き、ミスリに近付きそっと抱き締めてくれた。
やっぱり女子に協力を求めておいて良かった。
随分と一人で抱え込んで居たのだろう。ミスリから流れる涙は止めど無く。
アカリにしがみつき、最早抑える事もせず慟哭を響かせる。
今は好きなだけ泣くと良い。全て吐き出してしまえば良い。
親に縋るかの様なその小さな肩にそっと手を載せ、アカリと頷き合う。
こんな小さな肩に、どれ程の重荷を背負っていたのか………………
暫く泣くがままにさせ、落ち着いた後にアカリと2人でミスリの話を聞かせて貰った。
それは思っていたよりも暗く、冷たく。
辛い…………少女一人に背負わせるには余りにも辛い。
そんな過去の話だった。
・
・
・
「悪いな、こんな遅くまで付き合わせて」
「うん? ぜーんぜん? そもそもヨツバに付き合った訳じゃないしね。私が、私自身の意志でミスリちゃんの話を聞いたの。だからヨツバが謝るのはおかしいよ?」
「……………そうかい」
図書室を後にして、アカリと2人で寮への道を歩く。時刻は夜の10時を過ぎている。
ミスリは学園長の厚意で図書室と寮部屋を直接転移出来る様にしてくれているという。
「ミスリちゃんの話だけど…………」
「ん?」
「そんな事で───」
「アカリ。ミスリの前では絶対に『そんな事』なんて言うなよ」
「───っ」
「確かに、正直に言えば俺からしても『その程度の事』だ。でも、〝どの程度なのか〟は受け取る本人が決める事だ。才能を持って生まれた者は持たずに生まれた者の気持ちを理解出来ない。それは逆も然り。俺達は〝完全記憶〟を持っていない」
「……………」
目を伏せるアカリ。どういう感情なのだろうか。解らない。だからこそ続ける。
「なぁ、こんな話を知っているか?」
「………? なに?」
「『人は、良い思い出よりも辛く悲しい思い出の方が印象に残り易い。記憶もまた、辛い記憶の方が脳に定着し易い』。何でだと思う?」
「なんでって………何で?」
「生物としての生存本能だ。楽しい事も嬉しい事も、死には繋がらない。忘れても生きて行くには問題ないんだよ。でも、『痛い思いをした』とか『怖い目に遭った』というのは生命維持に関わる重大な情報だ。特定の場所に行ったら酷い目に遭った。ならその場所に近付かない様にしなくちゃならない。その記憶は、生き残るために必要な情報だ。 結果、〝辛い・苦しい・痛い〟と言う負の感情の方が記憶に残る様になっている」
「………へぇ〜。そんなん良く知ってるね?」
生物学専攻なもんで。実は心理学とかにも興味があったんで齧ってる。そこら辺を総合した考察とかも当然論文を読んだりしていたので色々情報を持っている。
まぁそんな事はどうでも良いんだ。この話はただの前座。本題はこっからだ。
「ミスリの持つ技能…………完全記憶は全てを〝覚える〟。覚えられてしまう」
「………? うん。 ……………っ!!」
「言いたい事が解ったか? 人よりも記憶力がズバ抜けて良いミスリの場合……………どうなるんだろうな……………想像できるか?」
「…………人より………もっと鮮明に…………」
「…………この場合技能が仇となっているな。俺達の想像なんて及ばない程の苦痛を感じている筈だ。 それは最早〝記憶力が良くなる技能〟じゃない。〝忘れたくとも忘れられない呪い〟と言い換えても良いのかもしれない。 解ったろ? 2度と『そんな事』なんて言葉を使うな」
「…………………………」
……………何て顔してんだ。ミスリの感情を想像しているんだろうが、感受性が良すぎるのかアカリが泣きそうになっている。
「………………どうすれば良いの? そんなの……………辛過ぎるよ…………どうすれば救い出せるの!?」
それは…………決して投げやりな質問では無かった。
自分の能力の及ばない問題を抱えた者の、そんな自らの至らなさへの罵倒。その行動は諦めではなく、尚ももがこうとする者の声。
これもまた〝誰が為〟の感情。
そんな人間にこそ神は手を差し伸べる。そんな人間にこそ〝光の導〟は差し伸ばされるべきだ。
じゃないと俺はイルに文句を言いに行く。滅茶苦茶クレーム入れてやる。
「道は見えてる」
幸いにも俺にも〝光の導〟が見えている。
「〝完全記憶〟がミスリの感情の枷になっているなら逆にそれを利用する」
「…………どういう事?」
「そもそもおかしいだろ。あんな凄い記憶力持ってんのに蔑まれたり虐げられたり………それは正当な評価と言って良いのか? 絶対良くないね。 それにミスリの本当に凄いところは〝記憶した情報を活かす力〟だ。 人に教えたり、得た情報を精査して使い熟すのは技能ではなくミスリ本人じゃないのか? 技能も凄いけどそれを使いこなしてるミスリの実力を評価しない周囲に潰されたのが今の現状だろ。自分に自信がないのはそれが原因だ」
だったら
「〝完全記憶〟を活用して何かを為す」
そうすれば
「…………………自信に繋がる。どころか…………上手く行けば………」
「ああ。自信を喪失して、嘆き、悲しみ、卑下し。そうして呪って来た自分の技能も。生まれた負の感情も全て……………反転して自分の自信になる」
そこまで上手く行くというのは希望的観測に過ぎない。それでも、間違いなく今後その自信がミスリを変える。変えて行く。
「辛い想い出が何だ。〝忘れられないという呪い〟だと言うのなら、そんな忌わしい物ごと〝自分の誇れる記憶力〟って自信に塗り潰してやる」
そう、言い切った。後には引けない。元より引く気も無い。
「私は何をすれば良い?」
いつの間にか足を止めていた。目に力が入っていた。その視線に真っ直ぐ向き合い、同じ様な強い意志を感じさせる視線をぶつけながら、不敵に笑うアカリがそこに居た。
手伝ってくれる様だ。
「頼みたい事がある。ミスリに少し魔導を教えてやって欲しいんだ。どんな魔導かは追々説明する。アカリの方でその要求に沿った魔導を見繕ってくれ」
先日、廊下を一緒に歩いていた時、話し掛けられていた内容的にも多分魔導を教えるのは得意な筈。
「解った。でも……魔導なの?」
まぁ話がこの段階だと解らんだろうな。
「ああ。当然、核になるのは完全記憶だけどな。完全記憶は複合技能だ。内包した技能にかなり有用そうなのがある」
「…………ふぅ〜ん? じゃあ計画の方は任せて良いの? 出来ればそこもちゃんと話して欲しいんだけど」
「勿論そのつもりだ。そうだな………まぁ今後作戦会議の場を持とう。それまでは俺は俺で準備したい」
「オッケー。それにしても…………」
「……ん?」
再び歩き出しながら顔を覗き込んでくる。
…………何だよ。
「色々考えてるんだね。気を配ってるっていうか…………」
「…………アッパラパーそうな顔してとか思ってんのか?」
「アッパラパーて………まぁ近い事思ってたけど」
思ってたのかよ!! コイツ…………!!
「でもちょっと見直したなぁ…………基礎学校時代に道徳の科目でね、習ってはいたんだよ」
………………?
「『他人の気持ちになって考える』って事の重要性。ちゃんと教えられたし、自分でもそれは大切な事だって理解は出来てた。………でも、全然出来てないんだなぁって、さっきヨツバに怒られて反省した。簡単に考えてたけど、案外難しい事なんだね」
「…………言うは易し って言うしな」
やるのは隆史だっけか? 誰だよタカシって。何ならヤスシも誰だ。
「俺は〝この世界〟の一員として、本気で生きると決めた。Journeyの存在意義は〝他界の秩序の維持管理〟。他所様の世界にちょっかい出そうとするならその世界の人達の気持ちを理解出来ないとダメだろ。『旅の心構え』でも第一級の要求素養として記されてる。お前の方が先輩なんだからそこ出来てないとダメでしょうに。しっかりして先輩」
「ふぐぅ………!」
心臓辺りを押さえてる。成長期か?おっぱい痛むのか?
「ヨツバはやっぱり変人だよ」
「ふぐぅ…………!?」
あれー? 僕もおっぱい痛い! なんでー!?
「編入者の癖にそんな所までしっかり考えてるとか……変入者?」
「上手い事言わんでいい!! ……………もしかしてそれ考えて行動してる人の方が少数だったり?」
「ん〜………どこもそうだと思うけど、これだけの人が居るからね。ピンからキリまで居るのが現状だろうと思うよ」
つまりしっかり考えてる人は考えてるだろうけど、そこまで気にしてない人も居るだろうと。
「その筆頭が編入者かい」
大学もそうだったな〜。底辺大学だったけど勉強頑張ってる人は本当頭良かったもんな。難関大学でも遊んでばっかの奴は頭悪いって話だし。
人が多いとそれこそピンからキリまで居るもんか。
この世界に生きるからと言って本気で他界の秩序の維持管理を考えてないでテキトーにやってる人も居るわなそりゃ。
「筆頭って言うか最たる者じゃないかな。越界任務が解放される2学年になった編入者が行った先の世界で自分の合理を押し付けて好き勝手やって問題になるって事件毎年起きてるらしいから」
「クソみてぇな話だな」
でも容易に想像がつく。それこそ本人の気持ちになって考える必要すらない。
「そっかそういう事知らないか。ヨツバも編入者だもんね……………渡されないよね…………」
「………? なにが?」
「いゃ………ね…………学園のパンフレットあるでしょ? あれ、裏のパンフレットも有るんだよね」
何それ!? 裏って何? 秘密のやつ?
パンフなのに秘密って何だそれ!?
…………………あれ? それ…………
「編入生以外に渡されるんだよね……………編入者が過去にどういった事件を起こしてるから気を付けろとか…………こういう場所に屯するから近付くなとか…………もし関わる事になったらこう気を付けろとか……………」
「ねぇもう編入者制度廃止にしたら!? そんなクソ共招き入れる価値ねぇだろ!! ワタシも元の世界に帰った方がいいのかしら!?」
そんなもんまでわざわざ作って配布するくらいなら止めちまえ!!
「なんでオネエみたいになってんの………まぁ私もよく知らないけど編入者はどうしてもこの世界に引き込まないといけない理由が有るらしいんだよね」
なんだそれ? それ本当に害悪招くデメリットを無視する程なのか?
っていうかそのパンフレット…………
「………………俺そのパンフレット貰ってっかも」
「え? 編入者なのに?」
「ああ。寮母のエマさんがくれたかも。すんげー複雑な表情しながら渡してくれたやつが裏のパンフレットなんじゃないかな? 『あんたは他の編入生と違いそうだから一応渡しとくけど、あんたにとっては面白いもんじゃないよ。読みたく無かったらとっとと捨てちまいな』ってな」
「読んでないんだ?」
「…………まぁ渡される時に何書いてあるか概要聞いたしな。さわりだけチラ見して具合悪くなって止めたんだよ。俺も一応〝編入者〟だしさ………ほら、血液型診断とかの『○型自分の解説書』ってこっちでも流行んなかったのか?」
「あ〜、そんなんあったね」
「あれもそうだけど、あんま読みたくねぇんだよ」
血液型で全て決まるとは思ってないし、それこそ個人其々であって、絶対に型にハマってない人間は居る。だから血液型占いとかは全く信じていないんだけど、俺自身はその解説書の○型に当てはまりまくっていた。読んでるうちになんか自己嫌悪に陥って酷かったのを覚えてる。
それがあるから、そのパンフもダメだった。「おれは違う!」って思っていながらも、事実として俺も〝編入者〟ではある。オマケに編入生達がどういう感情でそういう行動を起こしたのかも察しが付く分より一層ダメだった。同族嫌悪な気がして来て、『ひょっとして俺も同じ………… 』とか考えてしまってもう限界だった。
「なるほどね…………まぁ、多分それは勘違いだから大丈夫だよ。ヨツバは〝変入者〟だから」
「その〝変質者〟みたいなのやめてくれる?」
地味に落ち込むわそれ。
「暴力女呼ばわり止めてくれたらね」
「……………俺は一生変入者なのか………」
「一生改める気ないの!?」
何言ってんだ、お前が暴力振るうのやめたら良いだろ。
そうこうしていると俺の寮に着いた。
「……………ねぇ、普通逆じゃない? 女の子を寮まで送ってあげるんじゃない普通?」
それはちょっと思った。
「……………自分自身の意志でこんな時間まで出歩いてたんだろ? じゃあ自業自得だ」
「ヨツバさ、結構都合の良い解釈する傾向にあるよね!?」
放っとけ! 自覚はあるから!
「冗談だ。行くぞ」
そう言った途端、何かが音も無く肩にのし掛かった。
「うわ! ビックリしたぁ!! ……………エニーか」
お帰りなさいの代わりの耳ハムハムが今日はちょっと強めだ。遅かったから怒ってる。
「うわ!なにその子っ可愛い! え、ペット? ちょちょ………触らせてっ!! おいでっ! おいで、ほらこっちこっち!」
興奮状態のアカリが自分の肩をポンポン叩いている。……………可愛い物に目がないのは女の子らしいっちゃらしいけど…………見解の相違だな。ミミズク系のエニーは俺的には『カッコいい』だ。
「アカリ、腕をこう出してそこに留まらせた方がちゃんと触れると思う」
「こう? ねっ、ほらおいで」
一瞬戸惑ったエニーは、一声鳴いてもう一噛みした後に俺の肩からアカリの腕に跳び乗った。
「おっ………と………結構重いねぇ。あーでも大人しいし良い子だねぇ〜♪ フッカフカで気持ちいいし可愛い〜♪ ねぇ、この子いつ私にくれるの?」
「あれぇ!? 渡すの確定してんの!?」
受け渡す日取りの話から始まるの!?
エニーはされるがままに抱きしめられて撫でられて……………………っていうかお前俺に撫でられてる時より心地良さそうにしてねぇか!?
俺ん時なんて抱きしめさせてくれねぇだろお前ェ!!
パチリと気持ちよさそうに閉じていた目を片方開けて俺をチラ見した後にガッツリとアカリに甘え出すエニー。
………………………ほぅ?
「何だい、こんな遅くに騒がしいと思ったらやっと帰って来たのかい? 何時だと思ってるのさ。もう少し静かにしな」
「あっ、エマさん。すんませ〜ん」
「あいよ………………おや? そのお嬢さんは?」
「あっ 済みませんお騒がせしました。ヨツバ君の同学年のアカリと言います」
「そうかい、宜しくね。ここの寮母のエマだよ。……………ヨツバ、感心しないねぇ、いくらなんでもこんな遅くまで彼女連れ回すなんてのは。そりゃ若い内は少しでも長く一緒に居たいって気持ちは解るけども───」
「「 誤解してますね 」」
また被った!
「違うのかい? アッハッハ! ちょっと下世話だったかねぇ! まぁもう遅いしヨツバ、あんたはまたどうせヘトヘトなんだろ? 明日も訓練するんだろうしもう部屋に帰って寝な。あんたの彼女はあたしが送ってってあげるよ」
「いや違うってのに」
「あ…………」
アカリはエニーを手放すのが残念そうだ。
エニーがこっちをじっと見てる。…………?
ああ。そういう? いゃっ……………お前なんでそんな懐いてんだ?
「あー………アカリ、いいぞ? エニーも異論無さそうだし、連れてってやって」
「えっ! いいの!? 返さないよ?」
「いや何言ってんの返せよ!? なんでそんな懐いてんのかは知らんけど大丈夫そうだわ」
本当良く解らんけどエニーが良く解らないのはいっつもだ。
「あんたが不在の間寂しそうにしてるの知らないだろ? どうせ山に行ってんだろうし明日からちゃんと連れてってやんな。それに主従契約交わしてるって話じゃなかったかい? だったら講義室にも使い魔扱いで連れてけるんだから今度から連れてってやったらどうだい」
「えっそうなんだ?」
知らなんだ。じゃあ今度から連れてってやるか。
「じゃあ取り敢えず今日はエマさんに甘えるかな。エニー、明日も同じ時間だ。来たかったらおいで。今日はアカリに甘えとけ。アカリ、頼むわ」
「当たり前でしょ! ウチの子なんだから」
いや違うから!
「じゃ、エマさんお願いね〜」
「あいよ! おやすみ」
おやすみなさーい。
……………エマさんに言われた通り流石に疲れてるな…………シャワー浴びたらすぐ寝よ。
「ヨツバ!」
呼び止められ、振り返る。
そこにあったのは、思いの外真剣な顔。
「……………私も頑張るから! だから」
「ああ、頼る所は遠慮なく頼らせて貰うつもりだ。こっちこそ頼むよ」
そう言うと、パァッと明るい笑顔が帰って来た。
エマさんが何やらニヤニヤしている。……………違うから。
「うん! じゃあお休み〜」
「お休み〜」
部屋に戻りながら、今日のミスリの話を考える。どんよりと気持ちが沈みそうになっていた心を 最後のアカリの笑顔が少し照らしてくれた気がする。
「一人じゃない…………か」
ミスリに言った一言は、果たしてミスリに言った言葉だったのかそれとも…………
後日、その答えはタカミによって突き付けられる事になるのだが………そんな事は疲れて眠気に支配されかけてる俺には知る由もなくて。
更には追加でもう一人巻き込む騒ぎになるなんて、この時は考えていなかった。
この先の行動や作戦を立て直しながらシャワーを浴びて、自分のベッドにその意識ごと身体を沈み込ませた。