Scrum Hearts 20.5話 鷲の目の解析
やりたかったんだよね〜『秘められた力が解放されて周囲を驚かす』ってやつ。冴えない奴が実は凄いってのをひけらかす場が欲しい。そんで調子乗った敵役に一泡吹かせてやるんだ!
そんな……妄想して………実際は何も起こせない………そんな、学生生活を送りました………
ヨツバの居なくなった直後のカナミ鍛冶工房。金属同士がぶつかる小気味のいい様な、喧しい様な、綯交ぜになった音の中。親方であるカナミが手を止め、刃の欠けた一本のナイフをじっと見詰めていた。
「参ったな…………」
「……………やっぱ属性相性考えな難しいん?」
悩んでいる。かつてこれ程までオーダーメイドで造りを悩んだ事などあっただろうかとカナミは眉間をグリグリと揉み込む。
…………………………あったな。あれも、これも、結構悩んだんだっけ。あったわ。悩んだ事いっぱいあった。
気を取り直してヨツバが切り裂いた鉱石のインゴットを拾い上げる。
「属性相性は特に悩みの種にはならねぇな。何にでも対応出来る様無属性で作ってやれば良いだけの話だ。それよりこれをよく観ろ」
「はん? インゴットやろ。何のインゴットな……………それヨツバが斬ったやつなんか!?」
シモンが改めて鑑定して驚愕する。試し斬りに使う様な物では無いからだ。
「あぁ。刃毀れはしたが、そもそもこんな鈍で斬れるもんじゃねぇんだよ。傷でも付けば及第点程度に考えてた。それがどうだ……………技量自体は大した事はねぇ。戦闘経験の無い一般人よりかはマシだなってレベル、素人に毛が生えた程度だ。じゃあ何がそこまで斬れ味を増させたか。理由は明らかだ」
カナミがシモンに欠けたナイフを手渡す。ヨツバが試し斬りに使ったナイフ。シモンが鑑定してカナミの言いたい事を察した。
「鈍だっつってもウチの商品だ。多少自分より硬い物に叩き付けた程度で刃毀れなんざしねぇよ。ヨツバが折った日本製のナイフだってそうだ。アイツの見せた強化付与で地べたに突き刺したなら綺麗に刺さるだけで折れやしねぇ」
「………………内側から」
「そうだ。元々力元素との親和性の無い地球産の武器にあんな過剰な強化付与なんてすりゃどうなるか………結果はサルでも解る」
フリフリとヨツバが置いて行った折れたナイフの柄を振るカナミ。シモンは徐にヨツバから受け取った資材を収納から取り出す。
「ホロウディアの角は運も必要やが機会に恵まれたとて気ままに獲れるもんやない。半端な斬れ味の物で斬っても傷付くだけでその傷からガラスの様に砕け散る。綺麗にスッパリ切らんとあかん」
「……………また随分と質の良い………そいつぁヨツバが?」
黙り、真剣な顔で頷く。ホロウディアの角一対と変性しかけた鉱石をじっと見詰めるのはもう一つの良い目。
「親父、この依頼俺にやらせてよ」
その目の持ち主が唐突に話し出す。シモンは驚き、カナミは怪訝な目を向ける。
「普段銃火器しか弄らねえお前がナイフを? 大丈夫かよ」
技術的な面を気にするカナミ。しかしシモンは別の面を気にしていた。
「タカミ、何か気付いたんか?」
シモンの問いに返答は無い。替わりに返って来たのは楽し気な笑顔と質問。
「ねぇシモンさん、この素材2つとも売ってよ。これを使う」
その笑みは興味のある物を見た時に見せる顔だと良く知るカナミがようやっとシモンの問いの意味に気が付く。そもそも、2人の持つ技能とはまた別。俯瞰的に物事を見るに長けたタカミは、自分達とは別の視点で物を見て考える。自分達が気付いていない何かを見た。
思えば昔からそうだと、カナミは思いを馳せる。タカミが幼い頃から、近接戦闘に特化した武具に重きを置くこの工房の中、いつだって銃火器やら機械工学やらにうつつを抜かしていた。近年ではA.Iだの何だのといよいよ古い人間である自分にはよく解らない事にのめり込んでいる。腕はまぁ………流石は我が息子だと親馬鹿もなんのそので感嘆するものがあるが…………そんな息子が、自分にナイフを作らせろと言う。楽しそうに、だ。
「タカミ、教えてくれ。何に気が付いた?」
男として? 職人として? 工房を抱える親方として?
そんなプライドは今は捨てよう。ただ、1人の親として。息子が楽しそうにしている。喜ばしい事だ。
「…………んー……そうだなぁ( ˘・з・˘)、どこから説明しようか。 親父は覚えてる? 属性偏向調べるのに同じ様にホロウディアの角を使ったけど見た事の無い反応が出て困った時の事」
「んん? …………つっても結構あるだろ。どれの事だ?」
「膨張して風船みたいに膨れ上がったやつ」
「何やそれ? 技能の影響なん?」
あったなぁ…………と髭を撫でながら思い出すカナミ。
「そうだな、技能だ。ありゃ確か拡散だったんだよな?」
「拡散…………ホロウディアの角に溜まった力元素が拡散する過程で角にも影響が出た…………粘りもあるホロウディアの角が伸びて膨らんだんやな。 それどうなったん?膨らんで終わりか?」
「…………………最後にゃ破裂して砕け散った」
口元には意を得たりと笑みが張り付く。
「ヨツバの場合膨れ上がる過程が無かった。つまりはそれだけ爆発的に広がった。上位互換、複合技能の排出かそこら辺じゃねえかっつー話だな?」
自信満々なカナミを見てシモンの目にも期待が篭る。
「ううん、違う」
「「.ん違うんかい! 」」
なんねや旦那ァ〜と恨めしげな視線に耐え兼ねて視線を逸らし、苦笑い気味に頰を掻くのはこの工房の主。今この瞬間は威厳なんてものは無い。
「あっはは、ごめんごめん( ̄▽ ̄)。でもね、惜しいと思う。系統は同じじゃないかと思うんだ。違うのは方向性。文字通りベクトルが違う」
2人揃って首を捻る。それはそうだろう。まだ話の途中3割程と言った所か。タカミの話はまだ続く。
「ちょっと話は変わるけど、シモンさん。 アクリル樹脂って知ってる?」
地球上ではそう珍しくもない素材。しかしここは別の世界。いくら繋がりがあるとは言えども、文化や技術の流入には少しばかりラグがある。アクリル樹脂についてはまだ知る人ぞ知る程度の物だ。しかし流石は情報を大切に扱う現場主義の行商人。それについては耳が早い。
「知っとんで。あのガラスより透明度の高いヤツやろ?」
それがどしたん? シモンの顔が言葉を発している。
「流石はシモンさんだね。でも、アクリルのキューブをプレス機にかけた事なんか無いよね?」
「あるわけあらへんやん。そこいらの研究はそっちの分野やろ。俺が扱うんはその結果の情報や。そんで? どうなんねや。この話と何か関係しとるんやろ?」
カナミはまた思いを馳せる。自分の息子はいつもそうだ。気になった事はとことん突き詰めて調べて試す。
自分も職人だ。知り得た情報であっても自分自身で試して、その際起こる現象であったりその前兆であったり。そういった物の感触や感覚を自分で感じないと気が済まない。その感性は良く解る。
しかしタカミのその研究心や探究心は、興味を持った事については自分を遥かに凌駕する。正直に言えば、〝異常〟 なまである。 自分だってアクリル樹脂については触って、叩いて、熱して。どういう物かを確かめ、それで満足した。しかしタカミは違う。思い出せば斬ったり、釘を刺したり、銃で撃ったり、プレス機にかけたりしていた気がする。 当時はそれを見て呆れていた。そこまでしなくても解るだろう……と。 今、そう聞かれて初めて気が付いた。 どうなるのか?
解らない。
確かに、プレス機にかけたらどうなるのか、想像はつけども、ハッキリとは言えない。なぜなら知らないから、やった事がないから。 もしかしたら想像とは違う事が起こるのかもしれない。
話の流れから、今度こそ察した。
「一定の圧までは潰されて変形するんだけどね。その後、ビックリするぐらいの勢いで破裂して爆散するんだ」
「「………………」」
尚も解説は続く。
「ダイヤモンドとかも砕けるんだけどそれとは比べ物にならない程の勢いで砕け散るんだよ。原因は比率。ダイヤモンドは密度が高過ぎるから簡単に砕けてしまう。アクリルの場合は柔軟性が有るから変形して堪える。変形してる間に内側からの元に戻ろうとする膨張力を溜め込む。限界を超えるとその力が一気に解放されて爆散するんだ」
「……………成る程な。せやけどそれがどう関係して来んねや? あくまでホロウディアの角であってアクリルとは別もんやろ?」
「言ったよね? 比率が原因だって。密度と硬さと柔軟性の3つの比率が関係してる」
密度…………硬度…………柔軟性…………
復唱する様に呟くカナミの視線の先にはシモンが取り出したホロウホーン。そこで漸くシモンも理解する。先程ヨツバに自分の口から説明したばかりだ。まさにホロウホーンの特徴。
「アクリル樹脂とホロウディアの角、今言ったその3つのバランスが非常に良く似てるんだよ」
尤も対比が似てるってだけでホロウディアの角の方が数値的には遥かに高いんだけどね。と、タカミが最後に補足を入れる。
が、そんな事は頭に入って来はしない。頭の中で結び付き、電流が走るのを2人は感じていた。
「さっきヨツバがやって見せてくれた時、どっかで見た事ある砕け散り方だなぁ〜って思ってたんだけどね。アクリル樹脂のキューブをプレス機で潰した時の破裂の仕方とそっくりだったんだよ」
「…………拡散とちゃう…………」
「……………〝文字通りベクトルが違う〟。外へでは無く内へ………… 確かに系統は同じ、凝縮か収縮。はたまた集中って可能性もあるか」
タカミは細く切れ長な眼を見開き、床に散らばったカケラを見渡す。
「どうかなぁ…………その程度だったら縮こまるか、ヒビが入る位で済む気がするんだよね…………下手すると新手の複合技能かもよ」
「「……………………」」
絶句。 驚嘆と感嘆が入り乱れる。
ヨツバの見せた現象が実はとんでもないものだったのかも知れない。冗談で言った『秘められた力』が云々間何、それがもしかしたら本当に…………という驚き。
自分達が本気で観たにも関わらず気付かなかった事に文字通り別の視点から観て結論を導き出して見せたタカミ。
「よし!解ったっ! タカミ、お前が造れ! 新しいダチの武器だ。しっかりやれよ」
「当然!」
「シモン! 悪いがそれ売ってやってくんねーか?」
「何言うとんねん。悪い事あるわけないやろ。そもそもコレに付いてはヨツバが土産でくれたもんや。一本は買うたけどな。俺かて新しい友人の為や! 譲るから使うたってくれ」
ここに居るのは3人の〝男〟。やれ友情だの信頼だのと、普段なら恥ずかしくて中々言えない事も、謎を解き明かし若干の興奮状態の今は〝男の子〟が顔を出す。3人顔を合わせ、ニヤリとニヒルに笑い合う。 暫し、自分達の〝男気〟に酔いしれ浸る。
それを終わらせたのはシモンの一言。
「……………でもな? 大丈夫なん? ホロウホーン使うてナイフなんか造ってまうと、こう………パァン!言わへん? ヨツバが使うんやで? 強化付与なんか出来へんやん」
「あぁ、大丈夫だよ。鉱石もくれるんでしょう? なら考えがある」
「はんっ! 新しい発見や発想力じゃ俺ももう追い越されてるかもしれねぇくらいだしな」
「……………継ぐ気はないからね( ˘・з・˘)」
「んだよ………たまにゃ親として息子を誉めてやるくらい良いじゃねぇかよ。素直に受けとれ!」
「仲良ぉせえ!」
シモンの慟哭か、親子の言い争いか、弟子達の掛け声か、工房に響く機械音や金槌の喧騒か…………
商店街に店を構えるカナミ鍛冶工房からは、今日も平和に喧しい音が響き渡り町並みを俄かに賑わせている。
作者が出来なかった事をヨツバがやるの? それなんかズルくない? お前にだけいい思いさせてたまっかよ!
つーわけで本人の知らない内に皆に驚いてもらいました。ザマぁ!!