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あの日過ぎ去りし風は今は遥か遠く



 「やってくれたな。なんのつもりなのか。説明してもらおうか、父上」


 「…………説明も何もありのままじゃろう。お前も観ていたままじゃ。あの場で起こった事それその物が事実」


 「何故父上が動いた」


 「私が動かねばお前達はあの子に何をした。あの場であの子を救ける者が他に居ったか。私はあの子の祖父として当然の事をしたまでだ」


 「事も無げに言うがな、世間一般では仮にもあの出来損ないも貴族の子息という扱いなのだ。忌々しい限りではあるがな。それが意味するものが何なのか。他人の目にどう映るのか。想像出来ないほど耄碌したか?」


 「……………………」



 険しい表情で詰問するシュヴァルヴェン。話す声音は至って冷静ではある。 が、沸々と煮えくりかえる内心が口調に表れている。


 問われたファルヴェが苦い顔を浮かべた。




 ─────────────────────



 時は少し遡り、ファルヴェとヴェンがホムラ槍術道場の合同稽古に参加した日、かのミタがシュトラを『坊や』ではなく名前で呼ぶ様になったあの日から数ヶ月後の事。



 その日、ルドラシア家の邸宅にて披露宴が開かれていた。

 ルドラシア本家次期当主と目されるシュヴァルヴェン・ルドラシアが第一子、長男であるヴェンゼル・ルドラシアの10歳の誕生日。

 ルドラシア家は近年、不幸が相次いでいた。

 家督を継ぐ筈であったシュヴァルの兄であるグランツヴィン。そして姉ヴェイスをも相次いで不慮の事故で亡くしていた。…………否、片方は事件か。

 何にせよ子を残さぬままに逝ってしまった2人もそう。そして分家の次男の、台頭とも言える大躍進。さらにはグランツヴィンの代わりに次期当主と成ったシュヴァルの三男が産まれながらに欠陥持ち。

 他所から言わせれば、ハッキリと影が差していると言える状況だった。


 それを払拭するという意味も含め、現当主の孫でもあるヴェンゼルの10歳の誕生パーティは盛大に行われる事となった。

 ルドラシア本家の重鎮達は元より、分家やそれに連なる者達、果てはルドラシアと懇意にしている他の貴族やルドラシアに多少とも関わりのある者達まで。

 細い伝手を辿ってまで人を集めて開催されたその披露宴。






 その状況に、不要な欲を出してしまった者が一人居た。






 ルドラシアの本家筋の嫡男であるヴェンゼル少年は、ルドラシアの血筋を色濃く受け継いでいた。風にも雷にも愛され、帝王学も年相応な物ならば須く吸収し、剣を振らせれば同年代に叶う者は居なかった。更には、相伝の風妖精ノ雷撃(シルヴズ=ブリッツァ)は幼さを感じさせない大人顔負けのレベルで日に日に習熟度を高めている。周囲は『分家の次男坊にも負けぬ程の麒麟児だ』と口を揃えて褒め称えた。


 父シュヴァルヴェンは、残念な事にそこまで秀でているとは言えなかった。統治に於いても剣術に於いても決して上位には値せず。しかし平均よりは少し上と言った所。

 努力は、絶え間なくして来た。優秀な兄・姉が名を馳せる中、嫉妬に狂いながらも己を律し、上を向いて積み重ねて来た。しかしそれでも叶わぬ彼我の差に悩む中、兄と姉が死んだ。


 死んでしまった。


 嫉妬の対象、時に憎む事までしたその相手が、唐突に居なくなってしまった。

 本当は心の奥底では認めていた。悔しくて悔しくて堪らない想いもあったが、兄は勿論、姉も。自分よりも家督を継ぐに相応しい。妬ましい程の才覚。認めざるを得なかった。それを無視して喚く程分別が無い訳ではなかった。


 その二人が居なくなった今、当然降りかかるのは、彼には分不相応な重圧。


 口惜しさを押し殺しながらも自分が背負うには大き過ぎると。兄や姉に任すべきであり、それが自然なのだと。無理にでも納得し、とうに諦めて捨てた筈の、一族を その未来と責任を背負って立つ覚悟。


 もう既に忘れてしまっていた。当然と言えば当然なのだろう。それを抱き続けていては、いっそ忘れでもしてしまわなければ。身も心も滾る炎で焼き尽くされていたであろうから。


 準備の出来ていない心はその重責によって簡単に押し潰された。


 この頃からだろうか。権力に魅せられたのは。

 行き場を無くした妬みや恨みに灼き焦がされ、荒れ、狂い。

 遂には権威に縋り付いた。自身に足りない物を補う為になら手段を選ばなくなった。



 そんな折、息子が頭角を表し始めた。兄を彷彿とさせる才気溢れるその姿に浮かび上がる感情は…………幸いな事に嫉みでは無かった。


 それは、安堵。


 これでルドラシア家は大丈夫だ。自分がいかに不甲斐無くとも、何とか繋ぎさえすれば息子の代で再び盛り返せる。

 ただただ安心し、誇らしさすら湧き上がった。

 今まで身を焦がした妬みは全て息子達への期待に置き換わった。

 次男もまた溢れんばかりの剣の冴えを見せ、益々シュヴァルの妄執は加速した。


 そう、妄執。


 自分の子らに向けるには、それは〝期待〟と呼ぶには余りにも歪んだ感情だった。



 そんな中、シュヴァルにとっての不幸は続く。



 分家の次男坊、ギルバート・アジスキアが大いに名を馳せ始めたのだ。他の世界への越界任務にて数多くの功績を残し、シュヴァルにとってはダメ押しとばかりに越界先でたった一人で数千の兵を押し留め、戦役を終わらせるという偉業を成し遂げた。

 本家が廃る中、分家の それも次男坊が持ち上げられるのが耐え難い屈辱だった。



 極め付けは唯一希望を見出していた物の不振。期待していた息子達の中、三男に問題が発生したのだ。


 雷を扱えない。


 これはルドラシア家に産まれた者にとっては致命的だった。如何に風に愛されて居ようとも、それでは風妖精ノ雷撃(シルヴズ=ブリッツァ)を十全に使い熟せるとは言えない。ルドラシア家の中では不祥事にも似た評価を与えられた。



 シュヴァルは、全てに裏切られた気分だった。



 分家に出し抜かれ、膨れ上がった息子への期待も出来損ないに打ち砕かれ。


 挙句の果てにはヴェンゼルに憑く事を期待していた風の大精霊シルヴィアがよりにもよって評判の悪い出来損ないのクズに憑いた事で、シュヴァルは遂に絶望した。






 そんな折、ヴェンゼルの10歳の誕生日パーティの開催。





 予定通り思惑を含め大々的に催したその披露宴にて、シュヴァルの中の悪魔が囁いた。



 ───あの出来損ないをダシにしてヴェンゼルを面出させれば良い。ヴェンゼルの剣を見れば確実にヴェンゼル自身はより評価される。最近下に見て来る分家も他の貴族も、きっと見返す事が出来るだろう。そもそもあの恥晒しが注目を集める事自体不本意なのだ。風の大精霊(シルヴィア)に認められて注目され始めているあのゴミの評価を落としてヴェンゼルに全ての衆目を集めさせればいい───





 「ヴェンゼルよ。健やかに逞しく育った事、心より誇らしく思う」


 「有難き御言葉です父上。これからもルドラシア家の誉れを胸に精進して行きたく思います」



 披露宴の最中。父からの祝辞。齢十にして既に貴族然とした立ち振る舞いで跪き一心に受け止める。未だ若干の幼さとそれに見合わぬ悠然とした物が混在した姿に参列者達は頬を緩める。

 しかしシュヴァルの次の言葉から雲行きが怪しくなった。



 「どれ、私も暫しお前の剣を見れて居なかったな。どれ程上達したか。父にも見せてくれ」



 使用人達が驚き、目配せをし合う。執事長の翁が困惑しながらも咄嗟に指示を出し速やかに場が設けられた。



 「舞踏で宜しいのですか?」



 突然の事ながら、驚きと困惑を見事に隠し切ったヴェンゼルが模擬剣を手に立ち、シュヴァルに尋ねる。



 「いいや」



 シュヴァルは参列者の中から、兄の剣を観られると目を輝かせて居る幼い人影に目を止める。



 「ヴェンティ。来なさい」


 「「 え? 」」



 幼い声が二つ木霊する。



 「っシュヴァル! 貴様何を考えておる!!」



 ファルヴェが慌てて止めに入ろうとするが、シュヴァルが手を挙げると守衛が二人、ファルヴェの前に立ち塞がった。



 「父上、今宵の主賓は我が息子ヴェンゼルであり主催はこの私だ。催しもこの私が行う。公の場で口を挟み私の顔に泥を塗る気か。貴族の嗜みも碌にこなせぬ程に老いたとこの場で証明してみせるか?」



 ゆったりと近寄り耳に口を寄せて囁く。

 ファルヴェには歯を食いしばる事しか叶わなかった。



 「さて、二人の我が息子がどれ程腕を上げているのか。歳が近しい者同士の剣戟ならばより明るみになろう。楽しみだよ」






 (困ったものだな)


 ヴェンゼルが最初に頭に思い浮かべたのはそんな言葉だった。

 父シュヴァルが、二人目の弟の事を良く思っていない事は解っていた。事あるごとに『あの出来損ないの様にはなるな』と、侮蔑を隠しもせずに自分ともう一人の弟に吹き込んでいた。弟の方はそれを真に受けて、既にヴェンティを見下し始めて居た。父がなるべく2人とヴェンティの距離を保つ様にしていた事も一因だろう。故にヴェンティと上の弟はさして関わりも無く、互いを知らずに父から与えられる〝出来損ない〟という情報しか判断材料が無い状態なのだ。


 それはヴェンゼルとて同じ。


 しかしヴェンゼルはヴェンティに対してさしたる負の感情を持っては居なかった。

 産まれながらに格差が有るのは事実。それは階級の話であったり能力の話であったり環境の話であったり。

 だが、それは単なる〝差〟であり、誰かを見下す要因にはなり得ない。それをヴェンゼルは良く理解していた。


 何より、どれだけ厄介者扱いされて居ようと。どれだけ蔑まれて居ようと。


 血の繋がった弟なのだから。



 (父の思惑は解る。歳が近しい者同士と言うのなら上の弟だろうに、ヴェルディでは無くヴェンティを指名する事からもそれは明白。本当に困った物だ。私も大人とは言えないが、ヴェンティ程幼い者相手に全力でと言うのも余りにも大人気ない。ヴェンティには恐い思いをさせてしまうかもしれないが………軽く当てるフリをする程度に留めて勝利宣言をして終わりだ)



 「行くぞ」


 「は、はいっ!」



 こういう物は見栄えも大事。よく弁えたヴェンゼルが幼いヴェンティでも対応出来る様に速度を調節し、互いに数合打ち合う。


 充分に()()()と思った時、ヴェンゼルがこれまでに無い鋭い動きで模擬剣を振るった。


 寸止めするつもりではあるがヴェンティでは対処しきれないであろう速度で首筋へと迫る。



 キィ───ンン………



 「むっ!?」



 終わりだと確信していた一撃。手元に戻す事を考えなかった。故にこれ迄と違い互いに剣を交差した状態で一瞬の硬直。

 防がれるとは思わなかった。動揺から視線が泳ぐ。偶々通った視界の中に、父 シュヴァルの顔が見えた。



 (まずいな)



 こうなった状況と事情を考慮すれば彼我の実力差を必要以上に見せつけなければならない。何より今一瞬見えた父の表情からもそれが窺える。

 決め手に使った今の一撃を防がれた今、最早寸止めでは許される事は無いだろう。



 (………仕方ない。少し痛い思いをさせるが、済まないなヴェンティ)


 シュパッ ヒュヒュッ



 ギアを一段上げた。これでヴェンティは付いては来れないだろう。

 父からの情報でしか知らないヴェンゼルは、未だヴェンティを見下しこそせずとも、見縊ってはいた。



 実力を遥かに低く見積もっていた。



 キィンッ ガガガ ガキュ! ヒュンヒュンッ



 (な……………に?)



 異変を感じたのは、既にギアを上げ切った後。本気を出しても模擬剣がヴェンティに届かず、遂には風の魔導で剣を加速させた時だった。


 基礎学校の同級生達はおろか、交流会で模擬戦を交えた上級生達の誰も目ですら追えなかったその剣を ヴェンティが軽く払い除けたのだ。 ()()()()で。


 この時ヴェンゼルの心に、これ迄感じた事の無い複数の感情が湧き出した。


 ヴェンゼルは優秀だった。


 故に()()を今まで感じた事は無かった。


 産まれて初めて感じるそれを表現する言葉をヴェンゼルはまだ知らない。


 それでもこれだけは思った。




 ───潰さなくてはならない




 解放した。今日この時に使う事になるなど思いもしなかった精霊魔導と剣の融合 〝風妖精ノ雷撃(シルヴズ=ブリッツァ)〟を。



 そこからは一瞬の出来事。成り行きを見て止めに入るつもりだったファルヴェすら止めに入る隙も無い程に。



 「っ! ヴェンンッ! 使いなさい!!」


 「〝横薙ぎの一陣ヴィントラスヴェルサーレ〟」




 いち早く察したファルヴェが辛うじて挟めたのは口頭での忠告のみ。


 模擬剣であろうとも精霊風を纏ってしまえば斬れ味は、その威力は……………もしその剣が振り切られてしまえば……………



 一種の恐慌状態に陥ったヴェンゼルのそれは止まる気配も無く………








 「〝横薙ぎの一陣ヴィントラスヴェルサーレ〟」







 キィ──────ンン……………



 ファルヴェの許しを得たヴェンティが選んだのは迎撃。それもヴェンゼルと同じ技。

 遥か先に放たれたヴェンゼルと同じ技を 自身に剣が届く前に当てがった。

 風を纏い切れ味を得た模擬剣同士が奏でる澄んだ音は、ヴェンティの迎撃が成功した事を告げる。





 後出しの同じ剣技が届いた。





 それはどう言う意味か。




 「──────っ!!! 〝霹靂を呼(フェルミニ)───〟」




 その意味を誰よりも間近で肌に感じたヴェンゼルが、必死の形相で模擬剣を真っ直ぐ天に向け振りかぶる。足幅は普段と同じスタンスながら上体を目一杯引き伸ばすその所作は、力一杯振り下ろす為の予備動作。

 〝霹靂を呼ぶ精霊風(フェルミニチアマータ)

 ヴェンゼルが今納めている風妖精ノ雷撃(シルヴズ=ブリッツァ)の技の中で一番高威力の物を躊躇無く出した。


 …………いいや、()()()()()()


 振り上げた剣の先、天井付近の虚空が帯電し始め、ヴェンゼルの剣にうっすらと青白いスパークが纏わりつき始めた段階で





 シルヴィアが動いた。





 シルヴィアはこれまで永きに渡りルドラシア家に寄り添い、風妖精ノ雷撃(シルヴズ=ブリッツァ)をその目で観て来た。ヴェンゼルの放つスパークの意味も、それが齎す破壊の度合いも良く理解していた。故にヴェンティから距離を離す為に風の塊をヴェンゼルに向けて放つ。


 集中力の全てを攻撃に注いでいたヴェンゼルはその風撃を腹に直に受けて後ろへ吹き飛び、受け身も取れずに壁に強かに打ちつけられて そして意識を彼方へと放逐して床へと倒れ込んだ。



 しん……………と静まり返る会場内。



 一拍後、慌てて動き出す執事達。



 「せっ、専属医を呼べっ!! グアリヴ! 若様の容体を診ろ!!」



 執事長にグアリヴと呼ばれた男が倒れたヴェンゼルの元へ駆け寄る。執事兼シュヴァルの従者である回復系剣士(ヒーラー)のグアリヴはすぐさまヴェンゼルの容体を確認する。

 回復系剣士(ヒーラー)とは言えども主な仕事内容が護衛である彼に出来るのは応急手当が関の山。専属医がこの場へ到着するまでの簡単な診察程度しか出来ないとは思いながらも必死にヴェンゼルを診ていたグアリヴは、ホッと息を吐き出した。



 「シルヴィア様から受けた風と壁に叩き付けられた際に負ったと思わしき打身、それと軽い脳震盪と思われます」


 

 診察結果を主人へと安堵の顔を向けて報告する。


 その報告を受けた男は、暫し何かを考えた後、この状況を生み出した一人の幼子へと顔を向ける。ただただ呆然と立ち尽くす少年へと。


 ゆっくりと向けられたその表情は


 年端のゆかぬ幼子へと、ましてや己の息子へと向けるべきとは言い難い、怨色に塗れた物だった。このパーティに集ったギャラリー達が良からぬ物を察して思わずシュヴァルの視線の先から移動する程に。



 「〝楓樹の枝先(アルセ=ラーモ)〟。何をしている衛兵(グァーディア)!」



 手に風を。振り抜けばいつの間にか握る細剣(レイピア)が指揮棒の様に音を奏でる。

 呼ばれた事に戸惑いを感じながらも即座に反応し、会場の脇に静かに佇んでいた衛兵達がシュヴァルの両脇に並び、ギャラリーを背に抜剣して幼子たった一人に向き合う。



 「主賓を立てる事も無く、あまつさえ気を失うまで甚振る。その相手は貴様とは違いルドラシア家の寵愛を一身に受ける貴様の兄だ! この目に余る暴挙、捨て置けはせんぞ! 覚悟しろヴェンティ!!」



 理不尽。


 そんな小難しい言葉をまだ覚えてもいない風の子は何が何だか全く理解が及ばず。

 ただ、血の繋がる者達の中、祖父以外では唯一優しく接してくれる親愛なる兄上を吹き飛ばしてしまった事に心を病み。それ故に決してしてはならない事をしてしまったのだと曖昧にだが理解し。大勢の大人達から剣を向けられ。その背後から恐ろしい物を見る冷たい目に晒され。父上からは特大の負の感情を叩き付けられ。


 身体は強張り、脚はどうしようもなく震え、指先一つ動かせない。


 未だ戸惑いつつも職務を全うせんと構えるルドラシア家付きの衛兵達に示す様に、挙げられたシュヴァルの片手が振り下ろされ──────






 「開封(ゲオフネッツ)薔薇嵐(ストーム=ロゼリア)〟」





 一陣の風が吹き抜け、ヴェンとシュヴァル達の間の床に深々と刀傷が刻まれた。



 「うむ、宴もたけなわ。結構な事じゃが怪我人まで出ておる。余興と呼ぶにはちと狂気を孕む。興も過ぎれば狂となろうて。主賓も今やこの場に居らなんだ。今宵の宴はこの辺りで幕引きとはゆかぬかの。 のう? シ ュ ヴ ァ ル や」



 衰えてはいる。そこに疑いの余地は無い。風の大精霊も次代へと移ろい、歳を重ねて身体も老いた。

 それでも。

 好色が祟って世間体が良いとはお世辞にも言えた物ではなかったが、それを物ともせぬ程の功績を積み重ね、衰退していた家名を その剣と魔導の実力にてたったの一代で盛り返して見せた人間の警醒にも似た言葉に。有無を言わさぬ凄烈な覇気に。手に持つ細剣よりも鋭く突き刺す眼光に。

 さしものシュヴァルも言葉を噤む事しかままならなかった。



 シュヴァルにとって必要以上に重要に思っていた宴は、

 祭り上げようと画策していた主賓が突如居なくなるという形で幕を閉じた。 一部の者達に大きな禍根を残し、シュヴァルの賭けが不振に終わるという、彼にとって最悪の形で。




 ─────────────────────




 「他所様の目にどう映るのか、か。しかしシュヴァルよ。それはお主にも言える事じゃ。今、世間ではこの件に関しての意見は二分されておる」



 一方は、ファルヴェの肩を持つ者達。

 聞こえ良く言えば、血生臭い物を嫌う、優雅さを重んずる貴族達。此方はファルヴェの同年代の者が多く、世間一般に認知されるファルヴェでは無く、その心の芯を知る者が多い。 また、歳もあり隠居に近い暮らしをしている者や、前線から退いた者が大多数だ。

 悪く言えば日和見主義。 争いや闘いなどもうこりごり。静かに穏やかに余生を過ごしたいと思っている者達。

 故に息子の生誕10周年という祝いの場で剣戟を演じさせ、その主賓を退場させるような野蛮な催しを行ったシュヴァルを弾劾している。

 あまつさえ、三男坊とはいえ自らの息子であるヴェンティを容赦なく衆目の面前で断罪しようとした事を快く思っていない。



 そしてもう一方。シュヴァルを支持する者達。

 時代遅れの老害共を排斥し、貴族の世の中に新しい風を吹かせんと、革新を謳う若き者達。

 謳い文句は上等。だが裏を返せばもうすぐルドラシアの実権を握るであろうシュヴァルに今のうちから擦り寄り、先々で存分に甘い汁を啜ろうと画策する者が大半。

 残りの者達はシュヴァルと同じ物を掲げる、権力を以ってして貴族の威光を取り戻し、再び〝代行者〟の肩書をその背に取り戻して見せると意気込む者達。




 「意気込みは立派。若き芽がすくすくと育つのは心踊る。だがなシュヴァルよ。今この瞬間に発言力(ちから)を持つ者がどちらに付いておるのか。大局を見誤っておるようだ。悪く育ち、鉢全体に悪影響を及ぼす邪な悪草ならば摘み取らねばならん」



 そしてその鉢植えの管理者が今は誰なのか。決して同じ鉢植えにて存在する対等な間柄ではないのだと言外に忠告する。



 「はっ! 大局が見えていないのはどたらなのか……………いずれ知れよう。〝鉢植え〟程度の管理者風情が。〝花壇〟や〝庭園〟を知らずに粋がっておる。そこにもまた管理する者が居るという事を忘れてしまったようだな」


 「……………何が言いたい」


 「解らぬのなら結構。それと一つ間違いだ。二分では無い。三分されておる」




 「……………? ───っ!!! まさかっ!! ヴェンティ本人にかっ!!!」




 ファルヴェは、シュヴァル派とファルヴェ派の二分での争いと思っていた。だが、事実は違う。


 否、正確には二分で間違いでは無いのだ。その細目がそうではないというだけ。


 シュヴァル派の中には、あの会場で起こった出来事の中から、ヴェンティの行いを抜粋して、庇ったファルヴェではなくヴェンティ本人を攻撃対象と見做している者達が居るのだ。



 貴族のパーティーなどと聞けば、それを側から見るしか無い世間一般のありふれた極普通の民間人であれば、至極煌びやかで華やかで艶やかな光景を思い浮かべて瞳を輝かせる事だろう。

 実際、確かに燦然とした会場や着飾った貴族達はそれはそれは輝いて見える事だろう。


 なぜ、そんなにキラキラとして見えるのか。




 それは、正しく〝着飾っている〟からだ。




 如何に自分達が〝富〟やら〝品格〟やら〝名声〟やら〝実力〟やらを保っているのか。

 周囲へとその権威を知らしめるに打って付けなのが〝社交会(パーティー)〟ということ。



 会場の大きさや飾り付けの豪華さ

 着ているドレスが如何に豪華な造りか

 身に付ける宝飾品がどれほど高価な物なのか

 食事の仕草や話す言葉がどれ程の品位か

 踊るダンスがどれだけ洗練されたものであるか



 自分達より位の高い者を招き、持て成し

 他所の貴族へ格を見せ付け

 下の目を掛けている者達を持ち上げ



 豪華で煌びやかな表面の下には、権力に酔う貴族達の薄黒い欲望と腹黒い構想が渦巻いているのだ。



 そんな黒々とした暗晦な貴族の嗜みなど

 空想の物語としても数多く語られているものだろう。




 だが、ことこの世界〝Journey〟ではそうとも言い切れない。

 特に、民と共に歩むと意を掲げた初代国王ガーウィンが残したこのブライトネスという国では。


 この国の王族からして必要最低限の税のみの徴収しか行わず、暮らし自体や国による催しに於いても全ては第一に国民の為を想った物としている。

 四旗権門(ノーブル・フォー)筆頭であるイルニディア家が4年に一度だけ自領で催す大規模なパーティーなど良い例であろう。あれこそがこのJourneyという世界に君臨する貴族の手本とも──────


 否、この話は今は殊更重要では無い。



 そんな中でもやはり〝例外〟という物は存在する。

 全ての貴族が〝平民と貴族〟の垣根を根こそぎ取り払い、絢爛さより質素さを重んじているのかと問われれば、当然そんな筈はなく。


 階位が下がる程に権威に魅せられ着飾ろうとする者達が多くなる傾向にある。

 衆目が集まる場をチャンスと捉え、少しでも表立とうとしだすのだ。



 そうなってくると自らが主催する社交会(パーティー)で大人しくしていろという方が無理な相談という物だろう。





 ルドラシア家は、上位貴族である。





 『堕ち始めた』と貶される事が

 自分達よりも下の貴族に舐められる事が


 シュヴァルにはどうしても許せなかった。



 ここのところ権力欲を暴走させ始めているシュヴァルは、品格だの格式だのと口癖の様に家臣達に言い聞かせていた。


 税収の内、例年よりも領民達へと還元する予定の予算を絞り、豪華絢爛な貴賓館を造らせ、毎月の様に贅を凝らした社交会を開いていた。

 招待客も選り好みし、品位を保ち、分やマナーを弁え、格式を重んずる者達ばかりと交友を深めた。


 当然、此度のヴェンゼルの誕生会でも同じ様な者達ばかりを集めていた。




 その者達こそが先にも言った、謂わば〝第3勢力〟。



 貴族然としたマナーの不躾一つを取り沙汰して(あげあつら)い、後ろ指を指し、足を引っ張り。

 そうして足元を掬い上位の者を失脚させ這い上がる。僅かな、些細な事であっても隙を見せれば骨までむしゃぶりついて来る、そんな連中だ。



 戦場とも言える社交会内では、当然の如く目論みやら陰謀やらが渦巻いている。だがあくまでそれは腹の内の話。表面上では上の者を立て、媚びへつらう事こそが彼等の貴族としての嗜みなのだ。



 その彼等にとっては何よりも大切な〝マナー〟を蹴倒しでもすればどうなるのか。



 『主賓であるヴェンゼル殿を 社交会の催しの中で打ち負かし、気を失わせた』

 『その凶行の下手人は実弟であるヴェンティ殿である』

 『なんと!実の弟が兄に恥をかかせたと!〝上を立てる〟という最低限の貴族の嗜みすらも満足にこなせぬとは』

 『それを当主のファルヴェ殿が庇った』

 『庇い方もまた品性に欠ける。主催者であるシュヴァル殿を押し退け、剣を抜き放ち、武力を以て宴を強引に終わらせた。主催者であるシュヴァル殿の顔を立てるどころか泥を塗る始末』

 『ヴェンティ殿と言えば確か…………なるほど貴族の嗜みも忘れ去った老耄に可愛がられてると同じ様に育つのだろう』

 『父と息子の一人がそんな有り様とはシュヴァル殿も気の毒に』

 『〝嵐霆〟も堕ちるところまで堕ちたか』

 『いやはや、〝嵐霆〟もさることながら、此度の一件……』

 『うむ。責を負うべきは当人であろう。〝貴族〟であるならば相応な行動をすべきであった。そもそも主賓はヴェンゼル殿なのだ。主催者であり父でもあるシュヴァル殿の意を汲み、兄を立て、大人しくしておればそんな事にはならなかったのだ』



 不届き者

 不埒者

 真に無礼な男



 耳を傾ければ聞こえて来るのはそんな声。


 彼等にとって目下の注目事項は、〝ファルヴェとシュヴァルの表立った対決〟よりも寧ろ、〝醜態を晒した出来損ないの恥晒しをシュヴァルがどう裁くのか〟という()()にあるのだ。


 一番おいしい展開としてはシュヴァルが失態を犯しルドラシアの一族が少しでも傾けば万歳。自分達が成り代わるチャンスが産まれる。

 次策としては恥晒しを庇いに走るであろう〝嵐霆〟からシュヴァルが上手い事当主の座を奪えれば良し。既にはある程度の()()()()は済ませてある。十分に甘い汁は吸えるだろう。


 さて、シュヴァルの手腕は如何に?



 黒々と狡猾に天糸ねを引く彼等。



 嫌な噂というのは驚く程早くに拡がる。





 しかしそれにしても情勢が傾ぐのが早い。





 ならば当然、()()が糸を引いている



 「シュヴァルっっ!! 貴様ぁぁ!! よもや血の繋がる実の息子を生贄にっ!!」



 返答は無い。だが、それが事実だと如実に物語る陰の差す笑み。



 「…………………あい解った」



 怒りの余りキツく握り締めた拳を解く。


 ファルヴェは 決断した。



 「良いか、よく聴け。今後、儂の目の黒い内は貴様が家督を継ぐ事など無いと思え」



 期待していた。

 いつか目を覚ますと。


 期待していたのだ。

 至らないという自身への責問を乗り越え、自負と自信をその胸に宿してくれると。


 期待していた……………

 いずれは亡き兄や姉と己を比する事を止め、本当の意味での〝家長〟としての一歩を踏み出してくれる筈だと。


 期待…………していたのだ……………



 「最早貴様を息子とは思わん………………」



 その想いは もう 届かないのだろう。






 「フフ…………フハッ…………フハハハハハハ!!」


 「………狂ったか。それとも既に狂い果てておったのか。何がおかしい汚濁の風よ」


 「これが笑わずに居られるか!貴様は今、最後の楔を打ち抜いたのだっ!! 風を遮り、空気を淀ませる邪魔な壁を崩し去る為の最後の楔を!! 新しい風が吹き抜けるぞ! フハハハ!! 何も血の(えにし)に義理を通して居ったのは貴様だけではないのだ()()!! 親でも子でも無いと宣うのであれば大いに結構! これより先は一切容赦はせぬぞ!!」



 高らかに 狂乱に歪む笑顔で

 風の様に しかしそこに爽涼さなど何一つ感じさせず

 軽やかに それでいておどろおどろしい淀みを纏い


 ファルヴェの書斎を横切る。


 ドアに手をかける前にフワリと歩みを止め、いま一度半身振り向きファルヴェと向き合う。






 ほんの数瞬






 一度瞬けば終わりを告げるその僅かな間。





 瞬きすらをも惜しむ様に。出来うる限り()()()姿()をその眼に収めようとでもいうかの様に──────



 〝縁〟も〝所縁〟も捨て去ろうとする二人が

 〝縁〟と〝所縁〟しか感じさせない似た様なパーツを散りばめた顔に全く同じ表情を浮かべて



 ──────じっと互いを見つめ合う。




 やがてゆっくりと噛み締める様にその瞼を落とし背を向けるシュヴァル。




 「……………………戦争だ!!」




 パタリ………………と。荒々しい口調とチグハグなくらいに。いつぞやの退室とは打って変わって、驚く程に静かに。


 寂しげな音を最後に、シュヴァルは部屋を後にした。




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