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① 5/14 ユウユがなぜ?

 おかしい。おかしすぎる、と菜花はデスクに突っ伏していた。

 人事部長から覚悟してくださいと告げられてから、もう三日。まったく連絡が来ない。胃が破裂しそうに痛い。

 こうなったら、と気合いを入れて立ち上がった。


「備品の補充をしてきます」


 備品のリストを手にしてオフィスを出たが、人事部長に会いに行く。直接、現状を聞き出そうと歩き出した。でも、人事部長は忙しい。正式な手続きを踏んでも後まわしにされるだけ。それなら仕事を装って会うしかない。

 気合い充分で人事部へ。

 

「あれ、いない」


 ひと足踏み込んだ瞬間に、察知した。ひどい猫背で陰気な印象の人事部長は、負のオーラを放っている。だから人事部全体がどんよりとした雨雲に覆われているようだったが、いまは違う。どことなく社員に活力がみなぎって、生き生きしているように感じた。

 たったひとりの存在で空気が変わる。様々な部署に関わっている菜花だからこそわかる雰囲気だった。


 ――会議中じゃないはずだけど、どこへ行ったのかな。


 キョロキョロしながら人事部を抜け出すと、急に背筋が寒くなった。そして背後から声がする。


「こんな所でなにをしているんですか」


 落ちくぼんだ目の下に、はっきりとわかるくまをつくった人事部長がいる。またひどく疲れているようだったが、これはチャンス。菜花は一礼をして、処分の結果がどうなったのかたずねた。

 ところが、人事部長から返ってきた言葉は。


「あなた、バカですか」

「えっ……」

「不当解雇されようとしてるんですよ。派遣会社だって労働組合みたいなものがあるでしょう。労基にかけこむこともできるし、そのための時間だと思わないんですか」


 労基? と首を傾げる菜花。人事部長は魂を吐き出すかのような、深い、深い、ため息をついた。


「あなた、あれからなにも動いていないんですか。私が渡した封筒は?」

「封筒なら昨日、シュレッダーに。すべて破棄しました」


 落ちくぼんだ目が大きく見開く。


「池田君に見せなかったのですか?」

「見せましたよ。でも、いらないと言われたので捨てました。わたしもいりませんし」


 今度はあんぐりと口を開く人事部長。しばらく硬直していたが、話にならないと言った表情で首をふった。


「甘っちょろい人間は抹殺されますよ。会社に」


 五年前の真相という餌をまいたのに、司は乗ってこなかった。乗ってくれば、アカツキにはびこるガンを司が一掃する。そう考えて様々な褒美も用意していたが、当てが外れた。人事部長は舌打ちしそうになったが、明るく弾む声を耳にする。


「わたしはともかく、池田さんなら大丈夫です。過去よりも、いつも未来を見てます。抵抗勢力なんて、バーンとはね除けちゃいますよ」


 真っ直ぐに輝く目をして、菜花が胸を張っていた。

 人事部長はその顔を黙って見つめていたが、世の中そんな甘いもんじゃない。腹立たしさを感じるのに、ふしぎと怒りをぶつける気にはなれない。


 ――肝が据わっているのか、本当のバカなのか。


 長年、落ちくぼんだ目で人を見続けてきた。菜花が真面目でお人好しな性格だと見抜いたが、芯の強さは高い潜在能力ポテンシャルを秘めている。つくづくアカツキに必要な人材だと感じても、菜花は派遣社員。


「まあ、あなたでしたらどこへ行っても、それなりに働けるでしょう。わかりました。明日、正式に今後のことを話しますので、また来てください」

「明日、ですか。時間がかかるんですね」

「総務部長と企画課の話が食い違ってますから。あとは幸野さんですね。私に話したいことがあるそうなので、それを聞いてからです」


 突然ユウユの名前があがったので、菜花は狼狽えた。


「あの、グランドマスターキーはわたしが勝手に……。幸野さんは関係ありません」

「それは何度も聞きました。あなたは業務に戻りなさい。私も忙しいので失礼する」


 くるりと背を向けて行ってしまった。

 


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