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① 5/7 いちいち驚きます!

 アカツキビール本社一階のカフェレストラン。朝七時からオープンしている。


「いらっしゃいませ。おひとりですか?」


 ホールスタッフのかわいく弾む声に、新聞を覗き込んでいた年配の男や、トーストにかぶりつく若手社員が顔を上げた。オープンして間もない店内はまだ人がまばらで、おひとりですかと聞かれた菜花は焦る。

 

「あとから……えっと、八時過ぎにひとり来るはずですが……」

「わかりました。どうぞ、こちらへ」


 前と同じ十五番のボックス席に案内された。イヤな記憶がよみがえるけど、これも仕事のうちだとあきらめる。打ち合わせを途中でほっぽり出したのは菜花だから、今日の業務がはじまる前に片付けたい。

 昨日、司に電話をすると「朝ぐらいゆっくり休ませてくれ」と言っていた。司の代わりに企画課から誰か来るみたいだけど、初対面の人との打ち合わせは緊張する。まずは、ここの空気に慣れておこうと早く来た。

 

 約束の時間は八時なのに七時過ぎに到着した菜花は、メニューに目を落とす。美味しそうなモーニングセットが三種類もある。

 たっぷりのジャムやバターが自慢のトーストに、目玉焼きやミニサラダが付いたAセット。それから、ふわっふわのパンケーキに、スクランブルエッグとポテトサラダが付いたBセット。ラストのCセットは、メニューの写真を見ているだけで甘い香りが漂ってくるフレンチトースト。たっぷりのフルーツがトッピングされて美味しそう。

 

 どれにしようか悩んだけど、菜花はAセットを注文する。悩んだときは上から順番に頼んで、全種類の制覇を目指す。今回はユウユからもらった食事券を使って、あと二回ぐらいなら通える。そう考えていたのに……。


「Aセットのトーストは、どれにしますか?」

「えっ」


 菜花は慌ててメニューに目を走らせる。すると美味しそうな写真の下に、小さな文字を発見した。「トーストは、チーズトースト・シナモントーストに変更できます」と記載されている。また頭を悩ませたがチーズトーストを選ぶ。そしてがっくりと肩を落とした。

 普通のトーストに、チーズ、シナモン。Aセットだけでも三種類ある。これだと全種類制覇は無理。やっぱりフレンチトーストにすればよかった。そんなことを考えながら頬杖を突いた。でも、大きな窓からさんさんと入る、陽の光がとても気持ちいい。

 

 急ぎ足の人々を眺めながらのモーニングは贅沢で、ちょっとした優越感に浸れる。それから「表面のチーズが熱いので、気を付けてお召し上がりください」とテーブルの上に置かれたチーズトーストが美味。濃厚でコクがあるチーズに塩コショウというシンプルな味付けだが、アクセントにバジルが使用されていて、コーヒーとよく合う。


「いや、違うな。コーヒーが主役なんだ。このコーヒーに合うように、徹底的に研究されたトーストかも。アカツキの食へのこだわりはすごいなぁ」


 コーヒーとトーストをまじまじ見つめながらつぶやいていると、「本当に、いい味覚を持ってるな」と頭上から声がふってきた。

 

「へ?」


 顔を上げると司がいる。


「なっ、なんで⁉」

「いちいち驚くなって。昨日、おまえが呼び出したんだろ。打ち合わせが中途半端だったから」

「そうですが、なにも池田さんが来なくても。お忙しいのに」

「部下はみんな忙しい。それより、元気にしてたか?」

「元気……だったのかなぁ」

「あっ、元気なわけないか。すまんな」

「いえ、もう大丈夫です。みっともないところをお見せして、こちらこそすみませんでした」


 深々と頭を下げているのに、司は菜花と同じものを注文して、若いホールスタッフと親しげに談笑していた。

 ムッとした菜花は荒々しくトーストの耳をちぎって、半熟の目玉焼きにフォークを突き刺す。とろりとこぼれた黄身をトーストの耳ですくい、パクッと食べた。見た目はよくないけど、これが一番美味しい食べ方。周りのことなど気にせずに、パクパク食べた。

 すると司は嬉しそうに笑う。


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