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⑤ 4/26 神社の由来はBL?

 色々なことがありすぎて、混乱する。司と千乃の関係に、良雄の気持ち。それに加えて母さんって、誰。


「君は、池田さんの弟なの?」

「だったらいいよね。オレが跡継ぎになれるのに」

「そっか、違うのか。でも、神社には池田さん親子と、薫さん。さらに、誰か住んでるの?」

「大昔は四家族ぐらい住んでたみたいだけど、いまは二家族だけ。司のところと、オレんところ。綿矢わたやかおるが母さんで、オレは息子の一颯いぶきくんです」

 

 丸太で頭を殴られた気分だった。

 薫は司の五つ年上だから、子どもがいてもおかしくない。でも、一颯は――。


「なぁーんだ。あっ、そういうことね。わたしを騙そうとしても、そうはいかないわよ。薫さんにこんな大きな子どもがいるわけないでしょう」

「それがいるんだよ。十七歳でオレを生んだから」


 絶句した。三十歳になっても結婚できない菜花と違って、薫にはこんな大きな子どもがいる。とても朗らかな笑顔で親しみやすかった薫が、遠い世界の別人のように感じた。


「ドーナツ、食べる?」

「……いただきます」


 呆然としながらも、パニックに陥った脳は糖分を求めていた。今度は断らずに、大ぶりで、白い砂糖がたっぷりかかった丸いドーナツを頬ばる。


「おっ、中身は餡子だ。餡ドーナツ。でもこの風味、池田さんのお父さんの味に似てるかな。甘すぎずさっぱりしてて、熊一さんの餡子みたい」

「お姉さん、熊一の餡子、食ったの?」

「ええ、ずんだ餅をもらって、それからお土産に和菓子をいくつか」

「なんか悩み事でもあるの?」

「どうして?」

「熊一は、深刻な悩みを抱えた人にしか話しかけないから」

「…………」


 熊一に声をかけられた日、確かに菜花は悩みを抱えていた。でも、深刻な悩みではない。

 一生懸命、願かけをしていた神社に縁結びの神様がいなかった、悲しさ。

 千乃から「良雄と付きあう気ない?」と言われた、迷い。

 尊敬して、ずっと憧れていた松山が司の手柄を横取りした事実。そしてそれに対する司の怒りが、怖かった。


「母さんが熊一と出会ったのも、周りのみんながオレを殺せって騒いでた頃。でも、熊一が助けてくれた。あっ、重い話は苦手だっけ。大丈夫?」


 大丈夫と聞かれても、驚きすぎて菜花はドーナツを口にできない。


「その話、わたしなんかにしていいの。薫さん、傷つかない?」

「どうして? オレはこうして生きてるし、いまは普通に暮らしてる。過去のことは気にしてないけど。っていうより、腹ん中にいたからなぁ」

「いや、君が気にしてなくても薫さんが」

「母さんは強いよ」


 長すぎる前髪のせいで、その表情はつかめない。でも声は穏やかで、母親を自慢する子どものようだった。

 菜花はパクパクとドーナツを食べはじめた。

 

「それにしても、驚いたなぁ。薫さんにこんな大きな息子さんがいたとは」

「ぜぇーんぶ、熊一のおかげ。だからあの神社を失いたくないのに、司のバカが継いでくれない」

「仕事好きだから、難しいね」


 あのクラフトビールが市場に出回れば、確実に売れる。司は出世して、ますます神社から離れていく気がする。菜花もうつむいた。


「オレね、あの神社にいる神様が好きなんだ」

「どんな神様がいるの?」

美寿丸びじゅまる様」

「び、びじゅ……。すごい名前ね」

「いまから千年以上も昔の話だけど、聞く?」


 餡ドーナツをくわえたまま、大きくうなずいた。


「むかーし、昔、ここよりも西の国を治めていた時の権力者が、血筋が途絶えることをおそれて、末息子を寺に預けたんだ。そいつの名は幸女丸こうじょまる。名前は女っぽいのにものすごい悪ガキで、修行をまったくしないバカ。十五歳になって、時の権力者に修行の成果を見せてみろと言われても、お経は知らない。歌は詠めない。楽器は使い方すらわからない」

「最悪だね」

「そう。だから時の権力者は激怒して、家臣に幸女丸の首を斬れと命じたんだ。幸女丸が泣いて命乞いをしても、斬れと」

「ひっどい親ね」

「いまと考え方が違うから。一族の名を汚す者は処刑ってこと。それで一番困ったのが、幸女丸を殺せと命じられた家臣なんだ」

「そりゃ、子どもを殺すのはイヤでしょう」

「それもあるけど、幸女丸は主君の息子。跡取りになる可能性だってあるんだよ。命じられても、斬れないでしょう、普通。で、悩みに悩んでいるときに現れたのが、同じ修行僧だった美寿丸様。幸女丸と同じ歳で、ふたりは恋仲だったのに――」

「こ、恋仲ァ!?」


 美寿丸も幸女丸も男だ。


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