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④ 4/26 五円玉女と呼ぶ男

 夜までデート! ……のはずだったのに、良雄は体調を崩してあっさり解散。期待値が大きかっただけに、ガッカリ感が強い。菜花はため息ばかりこぼしていたが、「あっ」と立ち止まる。

 体調を崩した良雄に付き添って看病のひとつでもしておけば、見直されたかもしれない。そこからはじまる恋があったかもしれない。


「なんて気が利かない女なの……」


 明るすぎる空を仰いだが、まぶしすぎて泣きたくなる。うそのように高いビルの下で、ちっぽけすぎる菜花はひどく落ち込んだ。

 肩を落として「後悔」の文字を引きずりながら駅までトボトボと歩く。すべてが灰色に見えるのに、ふと鮮やかな色が目に飛び込んできた。


 駅前の広場にキッチンカーが止まっている。しかも、かわいいが満載のガーリーデザイン。やさしいレモン色と淡いピンクの車体がひときわ目立っていた。

 なんのお店だろうと首を傾げる前に、甘い香りが菜花を誘う。


「んー、これはアーモンドたっぷりのチョコレートの香ばしさと」


 懐かしい揚げパンの香り。その香りにつられてキッチンカーに近づくと、ピンクやグリーンの色鮮やかなドーナツの写真が車体のあちこちに貼ってあった。

 ココナッツパウダーがたっぷりのチョコドーナツや、「まさにドーナツ色」と叫びたくなる、薄茶色のドーナツの写真も。うっとり眺めているだけで、幸せな気分を取り戻したのに。


「あっ、五円玉女だ」


 若い男の声にぶち壊された。「はあ?」とにらみつけるように顔を上げると、キッチンカーの中には髪を金色に染めた男がいる。

 パッと見た感じは、高校生。でも、長すぎる前髪から覗く目は切れ長で鋭い。外見で人を判断するのはよくないと思っても、不自然に染まった金髪。明るい陽射しがシルバーのピアスを光らせている。乙女心をくすぐるキッチンカーにはふさわしくない、ガラの悪そうな不良だった。


 菜花は慌てて目をそらした。相手にしてはいけないと本能が汗をかく。ここは美味しそうなドーナツを二、三個買って、いますぐ退散。そうしようとしたけど、菜花のことを「五円玉女」と呼ぶのは神社の人だけ。


「あの、もしかして池田さんの知り合い? 神社の関係者さんですか?」

「あっれぇ、オレのこと覚えてないの?」


 前髪をかき上げながら、けだるく眠そうな声を出す。その声も、顔も、まったく記憶にない。菜花はもう一度、金髪の男を見据えた。

 色白の肌が綺麗で、鼻筋の通った美形。鋭い目が少し怖いけど、瞳はやわらかいブラウンで繊細な感じがする。落ち着いて眺めるといい男。どこかで出会っているなら、絶対に忘れるはずがないのに、まったく思い出せない。すると男は「ひどい」と声を沈ませた。


「一緒にお風呂へいきましょう♡、ってお姉さんの方から誘ってきたのに、覚えてないの?」

「はあぁぁ? お風呂ォ!? うそでしょう。わたし、そんなこと絶対にしないッ!!」


 真っ赤になって反論すると、男は愛嬌たっぷりの笑窪えくぼを刻んで笑い出した。


「いちいちムキになって、面白いなぁ。ドーナツひとつ、食べていく?」

「結構です!」


 人をからかって楽しむ不良と、関わりたくない。キッときつくにらみ返して立ち去ろうとしたけど。


「四月十七日、酔っ払って倒れたお姉さんを社務所まで運んだのは、オレと司。お礼のひとつぐらい、ないの?」

「えっ」

「それから、髪の汚れと匂いを取るために風呂をすすめたら、勝手に脱ぎだしたんだよ。お姉さん」

「う……そ……」

「ホント。だから、慌てて逃げだしたのに「ひとりはイヤだ」って駄々こねて。しょうがないから、オレが一緒に入ってやるって言ったら、殴られた」

「わたしに?」

「ううん、違う。司に」


 ほっと胸をなでおろした。しかし、酔っ払って神社で大騒ぎした出来事をこの世から葬り去りたい。四月十七日の大失態をなかったことにしたい。

 菜花は恥ずかしさに身悶えているのに、男の話はまだ続く。


「痛かったよ。冗談なのに、司の奴、本気で殴りやがって。まあ、お姉さんの腰に手をまわして一緒に脱ごうとしたから、母さんにも叱られて最悪だった」

「最悪なのはこっちです。酔って、正常な判断ができないときに、なんてことを」

「それからオレは、お姉さんに近づくのを禁止された。強欲色魔と罵られて」

「あっ、それで覚えてないんだ。酔いが覚めたのは次の日だし。ん? あれ? なにか変だよ」


 あの場にいたのは、司と薫だけだと思っていた。それなのに、母さん?



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