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④ 4/25 ざまあみろって、笑うんですか?

「ひとつ、忠告していいか。誰でもいいからもらってください、なんてバカな考えなら、失敗するぞ」 

「うっ……」

「図星か? まあ、フラれたら慰めてやるから、いつでも神社に来い」

「池田さんだって独身のくせに。人のこと、とやかく言ってる場合なんですか?」

「必死になってないから」


 菜花と違って、その気になればいつでも結婚できると言われたようで、ムッとした。でも、新しいクラフトビールは美味しい。デザートにたどりついても、まだ飲める。マスカルポーネチーズが濃厚な、チーズタルトとの相性も抜群だった。


「飲み心地が爽やかだから、濃厚なものとよく合いますね。さっきのカダイフ揚げも脂っこいのに、飲みながらだと気にならない」

「ビールもカダイフもケーキも、もとは同じ麦だからな。それより、飲み過ぎてないか」

「平気です。倒れたり、吐いたりしませんから」


 はじめて会ったときの失態を突かれる前に、きつい口調で言い返した。大雑把だが、司の性格が読めてきた。

 ドSだ。隙を見せれば、意地悪な笑みを浮かべてからかってくる。そうはさせないと胸を張った。だが、司の口から発せられたのは、菜花を心配する気持ちと「ありがとう」の言葉。意外すぎて瞬きをくり返していると、形の良い黒の瞳に強い光が宿る。

 

「秘書課の田沢たざわ恵里奈えりなを焚きつけてくれたんだろ。おかげで、俺の敵がはっきりした」


 敵という言葉に不穏なものを感じたが、司は機嫌よく話を続ける。


「今回、頼んだ資料が届かなかったり、約束の会合が勝手にキャンセルされたり、妨害だらけ。頭を痛めていたが、田沢が見せてくれたファイルのおかげで助かってる」

「敵は、松山さんですか?」

「いいや、動いているのはその下にいる連中だ。松山も歳をとってもうろくしたのか、ほんとバカだよ。千乃と田沢は同じ社員寮で仲がいいのに、秘書に抜擢するとは。おかげで奴のスケジュールも筒抜けだ」


 司は楽しそうにクラフトビールを飲み干したが、どこか淋しそうで気になった。普段なら黙っているけど、アルコールが入った菜花は強い。


「復讐ですか? 松山さんの鼻を明かすために、この美味しいクラフトビールは発売されるんですか?」

「まだ発売するか、決まってない」

「マーケティング部のことは、正直、よくわかりません。でも、これを完成させるために多くの人が関わっていることは知ってます。それなのに、発売が決まって店頭に並べば、松山、ざまあみろって笑うんですか?」

「おまえは松山のファンだったな。俺の敵になるの?」

「敵って、そんな。本当にこのクラフトビールが美味しくて、驚いたんです。きっとたくさんの人がこれを飲んで、楽しく笑います。それを、それを……。わたしは」


 激しい憤りが胸を突きあげてくる。同時に悲しみも。すると堰を切ったかのように涙が流れて止まらない。


「やっぱ、飲み過ぎだ。泣き上戸め。ハンカチ、いる?」

「大丈夫です。ハンドタオル、持ち歩いてますから」


 ハンドタオルで目を押さえて、上を向く。菜花は自分でもなにが言いたいのかわからなかった。


「安心しろ。スタートは対抗心の塊だったが、いまはそうでもない。部門の枠を超えて協力することや、様々な立場の人と話をするのが楽しくなった。昔の俺なら、全部ひとりで片付けようとしたのに、色々と学ばせてもらったよ。松山に対する気持ちは変わらないけど、ざまあみろとまでは、思わない。……たぶん」

「たぶんって」

「だってそうだろ。商品になって、店頭に並んでいるところをこの目で見ないと、わかるもんか。そのときの気持ちなんて」

「そりゃそうですけど」


 ハンドタオルから顔を離して、じっと司を見た。不機嫌な表情をしているが、黒い瞳は真っ直ぐ澄んでいる。本心を語ってくれているのだと、菜花は嬉しくなった。


「なんだ、急に笑いだして。気持ち悪いなぁ」

「ひどい! 女性に対する言葉じゃないですよね。でも、これは絶対に商品になります。ならないと、いけないです」

「それは心強いな。せいぜい潰されないように、がんばるよ」


 お互い、ふわっとやさしい笑顔になった。


「菜花も、がんばれよ」

「へ?」

「千乃の幼なじみ。良雄だっけ? 千乃の話だと、悪い奴ではなさそうだ。うまくいくといいな」

「わたしのことは、そんな。気にしなくていいです。やだな、池田さんから温かい言葉をもらうと……。意外すぎて、ほら」


 ぶわっと一気に涙がたまるから、またハンドタオルで顔を隠す。

 東京に来てから、応援されることなんてなかった。嬉しいはずなのに、胸の奥がかきむしられる。



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