③ 4/25 司は仕事が好き
「どうしてそんなこと、聞くんですか?」
「楽しそうじゃないから。ま、いいや。それじゃ、これと一緒に食べて、飲んで」
司がワイングラスに注いだのは、琥珀色の――。
「これって、新しいクラフトビールですか? 試飲会に出す」
「そうだよ。キンキンに冷えたバージョンと、常温に近いバージョンで飲んで、食った感想を聞かせてくれ」
「ワイングラスにビールって、なんだかオシャレですね」
「ターゲットが女性だからな。女子会やママ友のホームパーティを狙ってる。柑橘系の香りがするホップと、トロピカルフルーツの香りがするホップ。このふたつを絶妙なバランスで組み合わせたのが、これ。香りまでしっかり楽しんでもらうために、ワイングラスなんだよ。この湾曲が香りを閉じ込めるからな」
「本当ですか?」
「ワイン、飲まないのか? タンブラーグラスだと湾曲がないから、香りはそのまま上に抜けていく。ターゲットが男ならそれでいいが、女は味にも香りにもうるさいからな。まあ、飲んでみろ。香りの高さや、芳醇な味わいを感じやすくしてるから」
「へぇー」
本当かな。半信半疑でグラスに口をつけた。すると、ふんわりとやさしい柑橘の香りと、ホップの苦みを感じるのにフルーティーな味わいがする。以前、菜花が大好きだった、絵本のようなラベルのクラフトビール。それよりも味わい深く、芳醇で濃厚。でも、くどくない。すっきりした後味で、鼻から抜ける香りも爽やかで飲みやすい。
気持ちを言葉にして伝えるのは苦手だったのに、美味しすぎて言葉が止まらない。気が付けば、司が楽しそうにビールの説明をしたときよりも、饒舌に感想を述べていた。
「池田さん、これ、絶対に売れますよ」
「当たり前だ。そのために何年かかったと思ってる」
「そうじゃなくて、これが爆発的なヒットをしたら、神社はどうするんですか? 跡継ぎがいないと、よその人に」
「どうして、それを? ……あ、親父から聞いたのか?」
菜花が頷くと、司はため息をこぼす。
「親父と薫さんがくっついてくれたら、いいのに」
「歳が離れすぎてますよ」
「薫さんは親父を尊敬してるし、嫉妬もするし、結構、大変だったりする」
「でも熊一さんより、池田さんの方が」
お似合いですよと言いかけて、口をつぐんだ。それは余計なお世話で、菜花が口を挟むべき問題ではない。そして案の定、神社のことは気にするなと会話を止められた。
会話がなくなると、気まずい……。
「あ、そうだ。中山良雄って人、知ってますか?」
「誰だそれ?」
「やっぱり、知りませんか」
司は良雄のことを知らないのに、良雄は司のことを知りたがっていた。なぜなんだろうと考え込んでいると、司が口を開く。
「もしかして、千乃の幼なじみか? そんな名前をしていたような」
「そうです! なんか、池田さんのことを知りたがっていたので」
「なんで?」
「さあ、わかりません。本当なら今日、映画を観てお話しする予定だったのに」
文句をぶつけると、司はちょっと間を開けてからにやりと笑った。
「そりゃ、悪かったな。せっかくヤラミソを捨てるチャンスだったのに」
「んなっ、な、なんてこと、言うんですか!」
「いちいち驚くなって。千乃から少し聞いたけど、付き合うの?」
「こっちが付き合いたくても、向こうの気持ちがありますし……」
「デートする予定だったんだろ」
「でも、好きとか言われたわけじゃないし……」
「そんな言葉、いる?」
また大きく目を見開いて「えっ!」と、菜花は驚いた。
「好きです。付き合ってください。なぁーんて子どものすることだろ。遊びにいって、キスして、寝ればいいんじゃないの?」
「寝ッ……るぅ!?」
「ほら、そうやってすぐ赤くなる。それ、やめた方がいいよ。男を勘違いさせるから。それにもう三十歳だろ。脳内、少女マンガに満たされたその頭も卒業して、現実を見ろ。まあ、男慣れしてないから、すぐには無理だと思うけど」
「遠慮なく、はっきりとものを言う人ですね」
「これでも、応援してるよ。うまくいけば、あの神社に縁結びのご利益があるわけだ。若い子を集めるのに縁結びは欠かせないから、いい宣伝になる。はい、次、こっちの常温に近いビールで食ってくれ」
昼間からひたすら飲んで、美味しい料理を食べる。贅沢な時間を過ごしていても、司はすぐに仕事と結びつける。いい男なのに結婚していない理由がわかった気がして、菜花は少しほほ笑んだ。するとすかさず、冷めた視線が飛んでくる。




