① 4/22 ユウユの嫉妬
昨日はよく眠れなかった。それでも仕事の時間はやって来る。
司は菜花と違ってしっかりとした職に就いてるし、形のいい綺麗な目をしていた。安っぽい美形ではない本物。それなのに独身だから、少しばかり勝手に親近感を抱いていた。でも、現実は違う。神社の息子という特殊な環境と、想像できないほどの激務で彼女がいないだけ。経験は豊富。その気になればいつだって――。
「大石さん、昨日お願いしていた備品の発注依頼。あれだけ、キャンセルしといて」
「えっ! あっ、キャンセルですね。わかりました」
慌てて発注書に目を通す。
ここへ派遣された当初は「あれって、どれ?」と、頭を悩ませていたのに、いまでは顔なじみが増えて「あれ」だけでも話が通じている。そのことにやりがいを感じても、臨機応変に動ける頃には別の会社。
司も同じ。ほんの少し関わって、あっという間に通り過ぎていく人。高嶺の花は眺めるものだから、スパッと忘れて次の舞台へ。
良雄と待ち合わせをしている、今夜が勝負。菜花は気合いを入れて仕事に励んだ。
「ユウユさん、届いた郵便物を部署ごとに仕分けしたので、お願いします」
「その呼び方、いつまで続ける気? ま、いいわ。各部署に届けてくるから、苦情メールの対応、任せたわよ」
「わかりました」
「あら、今日はイヤな顔をしないのね。クレーム対応は面倒臭いのに。なにか、いいことでもあったの?」
ぐっと顔を近づけてくるから、菜花は笑って誤魔化した。でも、ユウユはしつこく聞いてくる。
「じつは、今夜、中山さんと待ち合わせをしてるんです。一階のカフェレストランで」
「え、うそ。この前の合コンに来た、中山良雄?」
はにかみながらうなずくと、ユウユは信じられないと言った面持ちに。でもすぐに「うまくいくといいね」と、やさしい声をかけてきた。これには菜花も驚いて、ユウユの顔をじっくりと眺めた。
「なによ」
「いえ、ありがとうございます」
「それじゃ、行ってくるから。浮かれすぎてミスしないでよ」
「はい!」
元気よく返事をした。
だがユウユは、全身をめぐる血が頭へと駆けのぼる音を聞いていた。こめかみから耳の辺りまで熱い。オフィスを出たあとも、あごが痛むほど歯を食いしばる。
胸中の怒りが膨れあがり、荒々しい足音を響かせていた。
「冗談じゃない」
きつく縛った唇の端から、うねり声を発した。童顔すぎて頼りない印象の良雄だが、将来は有望。それを格下の菜花が奪う。激しい憎しみが沸くと同時に、ふたりの仲をめちゃくちゃに壊したい衝動に駆られた。
「でも、どうやって潰そうかしら」
眉間に深いしわを寄せて、頭をフル回転させた。使えそうな駒は、堀部千乃。良雄の幼なじみ。それをどうやって――。
「幸野くん」
「ひゃっい‼」
飛び上がるほど驚いた。振り返ると、小太りの男がいささか太い眉を吊り上げて、ユウユを見下ろしていた。
「総務……部長……」
激しい怒りがユウユの顔から消えて、蒼白していく。怒りに身を任せた独り言を聞かれたかもしれない。心臓がいつもの倍以上速まり、額から汗がにじむ。だが、大きな鼻を膨らませた総務部長の言葉は意外なものだった。
「君は、マーケティング部企画課の堀部千乃と仲がいいのか?」
「えっ」
返答に戸惑った。総務の仕事上、様々な部署とのつながりがある。そのひとつで千乃と知り合っただけ。特別、仲がいいわけじゃない。
ユウユは総務部長の顔をじっと見つめて、相手が期待する言葉を探す。
「先週、合コンに誘ってもらって、一緒に飲みましたよ。仕事の愚痴もこぼしてました」
総務部長の太い眉がぴくりと反応するから、ユウユは手応えをつかんだ。
――こいつ、堀部千乃の欠点を探してる。
理由はわからないが、マーケティング部の激務を千乃から聞いていた。かなり大きなプロジェクトを進めているとこを。そして、それを快く思わない連中がたくさんいることも。
ユウユは狡猾な相を現してから、総務部長に媚びるまなざしを向けた。




