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① 4/21 すべてを円満にする方法

 昼間は雲が分厚くて風も強かったのに、今日の夕暮れはとても穏やかで綺麗だった。

 やさしいオレンジの光に包まれた菜花は、決意する。


「大丈夫、平日のこの時間にあいつは帰ってこない」

 

 電車に乗るのをやめて、常緑の木々に囲まれても、圧倒的な存在感を示す石鳥居をくぐった。うっすらと苔の生えた石段をのぼり、キョロキョロしながら参道を歩く。

 司のことを縁結びの神様と間違えて、恥をかいた。昨日は、コスプレ変態女と罵られた。だから顔を合わせたくない。でも、お世話になったお礼とクリーニング代をきっちり払って、菜花はすっきりしたかった。

 手水舎の冷たい水で口と手を清めてから、社務所の中を覗き込んだ。


「誰もいないのかな」


 社務所の窓は開いて、鮮やかな色のお守りが並んでいる。ひとつ手に取ると、学業成就の文字が。もうひとつ手に取ると、必勝祈願の文字。すべてのお守りを確認したが、縁結びの文字はない。

 ここは縁結びの神社ではなかった。良縁を望み、必死にお願いして、心のより所になっていたのに――。


「それ、買うのかい?」

「ひぃっ!」


 背後からの男の声に、びっくりして飛びあがった。すると「こりゃ、すまん。驚かして悪かった」と、藍色の作務衣さむえ姿の男が白髪の頭をかいた。

 少し低めだが、とてもよく通る声が司と似ている。若かりし頃はイケメンであっただろうと思わせる、端整な面持ちも。

 一目で司の父、熊一くまいちだと気付いたが先を越される。


「あんた、五円玉女だろ」

「五円玉? え、なにそれ?」

「ほれ、そこの賽銭箱に、綺麗な五円玉をガラガラと大量に投げ込む、有名人だ」

「そんなに目立ってましたか……」


 ここは豊かな自然に囲まれた静かな場所。人とすれ違うことなどなかったが、社務所はいつも開いていた。そこに司や薫がいたのなら、気軽に話しかけてくる訳が理解できた。


「あの、ここは学業の神様なのでしょうか?」

「なんでい、縁結びの神様がいなくてがっかりしてたのか。それじゃ、いいことを教えてやろう」


 いいことと聞いて、菜花は瞬時に明るさを取り戻す。期待に目を輝かせて熊一の言葉を待った。すると熊一は、気をよくしてニカッと白い歯を見せる。


「賽銭に五円玉を使うのは、『ご縁がありますように』という願いからだが、他にも語呂合わせはたくさんある」

「面白い語呂合わせなら知ってますよ。五円玉、十三枚で六十五円。『ろくなご縁がない』でしょう。十九枚だと九十五円で『苦しいご縁』とか。あとは、五百円玉。普段使ってるお金の中で一番上の硬貨だから、これ以上の硬貨《効果》がない」

「さすが五円玉の姉ちゃんだ。よく知ってるな。じゃが、最高の語呂合わせを知ってるか? すべての縁がうまくいく究極の賽銭だ」


 ありったけの五円玉を使って、高い効能の語呂合わせを実戦してきた菜花だが、まだ五円玉、九十七枚には挑戦していない。


「五円玉、九十七枚で四百八十五円。『四方八方からご縁がありますように』これが、最も効果の高い語呂合わせでしょう」


 胸を張って答えたが、熊一は首を横に振った。


「残念。ハズレじゃ」

「うそ。それ以上は聞いたことないよ」

「そうか、聞いたことがないのか。それなら、しっかり覚えてくれよ。正解は、一万円。『まん』『えん』この二文字の並びを入れ替えるとどうなる?」

「円満!」

「そうじゃ、大正解。賽銭箱に一万円を投げ込めば、すべて円満にいく。五円玉よりも、効果があるぞ」


 なるほど! と、輝く瞳のままで相づちを打ったが、一万円。その額の大きさに顔をしかめた。円満になるのは、神社を管理する熊一だけ。小首を傾げて「んー」と唸ると、熊一はガハハと豪快に笑った。


「気に入った。司が帰ってくるまで、お茶でも飲んでいきなさい」

「えっ、困ります」


 基本、派遣社員に残業はない。ブラックな会社もあるらしいが、アカツキビールは基本をしっかり守ってくれる。残業漬けの司が帰ってくる前に、用事をすませようと急いでここへ来たのに、引き止められては意味がない。


「薫さんは留守ですか?」

「薫ちゃんに会いに来たのか。もうすぐ戻ってくるから、中で待ってなさい」

「いえ、また来ます」


 司に迷惑をかけて、薫の世話になった。そのうえ、司の父親にまで借りを作りたくない。そんな気持ちでいっぱいだったのに、菜花の心を大きく揺るがす言葉を熊一は口にした。




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