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① 4/19 菜花の恥ずかしい姿

 目をパチパチさせながら、司は思わず二度見した。


「なんだ、ここは……」


 昨日、菜花が逃げるように飛び込んだマンション。共用玄関の自動ドアはオートロックではない。近づくだけで普通に開く。これでは不審者が入り放題。駅近くのマンションなのに、防犯対策がなされていなかった。

 さらに、グォン、グォンと痛ましい音を立てるエレベーター。かなり年季が入っている。五階に到着する前に落ちそうで怖い。


「こんなところに、よく住んでるなぁ」


 眉をひそめて菜花の部屋を捜したが、その部屋の前でさらに驚く。

 ドアスコープのついた玄関には、カメラ付きのインターホンがない。女のひとり暮らしは狙われやすい。防犯について、徹底的に教え込まねばとインターホンを鳴らしたが、出て来ない。掃除機の音は聞こえてくるのに。

 司はムッとする。貴重な休日を潰してまで荷物を届けに来たのに、無視された。


「居留守を使うとは、いい度胸だ」


 ドアノブをガチャガチャしながら、扉をたたいてみる。これなら派手な音がして、掃除中でも気が付くだろう。そう考えていたのに。

 ――ガチャリ。

 玄関の扉が簡単に開いた。


「えっ!」

「んなっ!?」


 司の瞳に飛び込んできたのは、純白のエプロンに黒いメイド服姿の菜花。ご丁寧に、黒の猫耳と尻尾まである。


「うわぁぁあぁっ」

「ぅ、ぎゃぁぁああッ!! なに、なんで。どうして!?」


 お互いに盛大な悲鳴をあげると、隣の部屋から「うるさいッ!」と金切り声が。そのあとに、司たちの悲鳴より大きな赤子の泣き声が。

 菜花は「すみません」と謝ってから、驚いたままの司を部屋に押し込めた。


「どうして、あなたがここにいるのよッ」


 顔を真っ赤に紅潮させた菜花は、猫耳カチューシャと尻尾を引きちぎるように外した。恥ずかしさと怒りが入り交じった目にたじろいだ司だったが、悪いことはしていない。


「昨日、クリーニングの。届けに来たんだよ。おまえが、社員証まで忘れるから。これがないと、明日から大変だろ」


 紙袋を突きつけられて、菜花はハッと顔色を変えた。


「わざわざ、すみませんでした。ごめんなさい。ああ、でも」


 紙袋を奪い取ると胸の前でぎゅっと抱きしめて、恥ずかしそうにうつむく。このままだと菜花が泣きそうな気がして、司はやさしい声をかけた。


「安心しろ。コスプレ趣味のことなら、俺は見なかったことにする。誰にもしゃべらないから」

「違います! 趣味じゃありません。これには深い訳が……」


 しばらく無言でうつむいていたが、菜花は顔をあげる。だが、形のいい唇が開いたあと、すぐに声は出なかった。少し間を置いてから「掃除機が苦手なんです」と小声で答えて肩をすくめた。


「は? 意味がわからない」

「だから、掃除機の音が苦手なんです。耳栓をしても、気が滅入るほどの大音量だから、どうすれば楽しくできるのか。考えた結果がこれなんです」


 掃除機の音が苦手なのはわかる。でもコスプレする意味は、さっぱりわからない。ぽかんと口を開けていると、菜花はさらにたたみかけるように早口になった。


「気分を変えるのよ、気分を。着るものによって気分が変わるでしょう。まったく雰囲気の違うエプロンを三枚用意して、なりきるの。そうすれば苦手な音も、仕事だと思って苦にならないし」

「ああ、なるほど。それは面白い考えだが……。メイドになりきるために、わざわざ買ったのか?」

「買うわけないでしょう。これは去年、結婚式の二次会でもらった……。金曜の夜からずっと最悪だったから、どうしても違う自分になりたくて、はじめて着てみたのに」


 声が細く消えていく。合コンでの惨めな気持ち。三十歳になってしまったこと。不安定な職業に、これから先への不安。見知らぬ人たちに迷惑をかけたことも、すべて忘れたい。まじめすぎるから、余計につらいのだと痛々しいほど伝わってくる。

 どのような言葉をかけるべきか。司が悩むと重苦しい空気が流れたが、それを振り払ったのは菜花だった。


「ああ、もう! 家の中だから人目を気にせずに、こんな格好でも楽しく掃除ができたのに」

「邪魔して悪かったな」

「絶対、誰にも話さないでくださいよ」

「はいはい、約束します。それじゃ、荷物を届けたからこれで」


 帰ろうとしたが、「待って!」と司を引き止めた。


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