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ブックマーク、本当にありがとうございます!!
まだまだ文章を書くことに慣れておらず、読みずらい部分も多々ありますが、頑張って行きたいと思います。
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夜の街は静まり返り、まばらに家の灯りが付いている。まだ肌寒い季節の中、僕たちは全力で階段を下った。
ビルの駐車場にあるフォードに乗り込み、エンジンをかけようとする編集長が運転席に乗り込みエンジンをかけようとキーを指す。
「わかっていると思うが、私たちが魔術師の相手をする。ウィリアム君、君は友人の席まで行って、もしも術に掛けられていたら水をかけて正気に戻してくれたまえ。くれぐれも焦るなよ」
編集長の諭す様な声に少しムッとしたが、深呼吸して心を落ち着かせる。
友人の命が危険に晒されているかもしれないという不安と、その不安の元凶を取り除くのが他人であることが、ひどく自分は無力だと感じさせる。
心に重くのし掛かってくるその事実は僕の体を硬ばらせる。徐々に足先からゆっくりと恐怖が登りだした。
慌てて車に乗り込んだはいいものの、友人を助ける事が出来るのだろうか、自分は足手まといにならないだろうか。不安材料を挙げ連ねればキリがなく、徐々に僕の首を締めていく。
「随分と不安そうな顔をしているね。ウィルくん、キミからしたらいきなりこんな事に巻き込まれて、気持ちの整理も着いていないと思う。でもね、誰だって初めての体験は怖いものさ」
エリーが珍しく真剣な面持ちで僕をそっと抱き寄せる。
「その体験が自分の中で想像もつかない物であればあるほど、人は臆病になって逃げ出したくなる。けど、キミには私たちがついている」
僕の目を覗き込みながら、エリーは言葉を続ける。
「本当は後で渡そうと思っていたけど、これ、今のうちに渡しておくね」
エリーはそう言うと薄く微笑みながら、ポケットから取り出した少し大きめの指輪が二つ通してあるチェーンネックレスを僕につけた。
「これがお土産に渡そうと思っていたものさ。私特製の守護の魔術と、魔除けの加護が込められているよ。こいつには私の魔力が宿っているからね、気付いた同業者なら絶対に手出しをしないだろうし、何かあってもこれが絶対にきみを守ってくれる」
彼女は本当に何者なのだろうか。権力もあり、真実を知っていて魔術も使えると言う。思えば僕は彼女のことを何も知らない。きっと今日知ったことも、彼女の一面でしかないのだろう。
寂しく感じると同時に、指輪から彼女の慈愛と優しくて暖かな思いを感じる。知らないことは今度知ればいい。今は友人を助けることだけに全力を尽くそう。
「…さて、シートベルトはしておけよ。一応店まで飛ばして向かう」
タイミングを見計らってそう言った編集長は、車のライトをつけ、ハンドルを回しながらエンジンにギアを入れる。唸る様な加速音、僕たちは『アーカム・ナイト・クラブ』を目指して発車した。
「ウィリアム君も一緒に来れたらよかったのにね」
「まぁあいつも色々大変だからしょうがねぇよ。あいつのことだ。あと少しすればお前めがけてすっ飛んでくるさ。でもショーには間に合わないかもなぁ…」
「しょうがないって、ウィルっちには後でどんなだったか教えてあげよう?」
年若い3人グループがステージ前のボックス席で楽しげに話す。
「それにしてもウィルっちは本当アンタ一筋って感じで見てて面白いねぇ…アンタも悪い気はしないんでしょ?」
「うん…ウィリアム君に助けられてから、私は彼のことが大好きだよ。でも私は実家がああだから、どうしても慎重になっちゃって…」
「あんたの様子見たら誰だってわかるのにねぇ、本人の朴念仁ぶりには呆れるよ、メアリーああいう手合いにはーーー」
メアリーの恋を実らせるためのアドバイス等といった恋愛話で盛り上がる彼らを、舞台で演奏の準備をする男は憎々しげに睨む。
そんな男の視線に気付くわけもなく、3人の興味はバンドの演奏へと移って行く。
あと少しで全てが終わる。生贄にできた若者は5人、そして目の前の3人で合計8人。7人でも十分なのだが、この楽しそうなグループを全力で壊してやりたい。
そう思いながら男は、彼らのために魂を込めて演奏をするのであった。
「ついた!!!」
これほどまでに、この店への到着を心待ちにしたことはなかった。
このクラブはこの街の名を冠する通り、アーカム市内でも有数のクラブだ。警察とマフィアとこの地域の有力者、この3つが複雑に絡み合っている。
店の前のタクシー乗り場でフォードから飛び降り、煉瓦造りの階段を登った。
慌ただしい様子の僕に驚いた馴染みのドアマンに扉を開けてもらい、僕は店内へと入る。
入って直ぐに見えるバーカウンター。右手にはいつものボックス席。そしてその奥にある、この店で1番目立つそのステージの上で件のバンドが演奏をしていた。
-ーまずは3人に水を持っていくようにして席に近付きたまえ。もしも我々の考えが外れていれば彼らに合流すればいいし、当たってしまっていたなら彼らを正気に戻すんだ-ー
-ーキミが洗脳を解いたとしても、周りの目を気にするのと、渡した首飾りの魔力に気付いて犯人はアクションを起こさないと思う。きっとすぐに舞台袖に引っ込むはずだ、私たちは裏側に回って犯人を追い詰めるよ!ーー
車内で聞いたその言葉を信じ、バーテンダーに水を3杯もらう。
両手でそれを持った僕は、友人の元へと足早に向かった。
人生でこれほどまで慎重に、そして早く水を運んだことが有っただろうか。
ようやくボックス席までたどり着く。いつもの赤いボックス席。その席にいる3人は身動ぎ1つせず座っていた。その目に理性を感じることは出来ない。
「やぁ、とりあえず君たち目を覚ませ」
呆けたようにステージの上を眺め続ける彼らによく冷えた水をぶっかける。
その瞬間理性をなくし泳いでいた目に意識が戻る。辺りを見回して僕を見つけた彼らは口を開いた。
「あ、ウィル…えっと随分と遅かったって…え?なんで俺たちずぶ濡れなの!?」
全く状況が飲み込めない彼ら、どうやら僕は間に合ったらしい。年甲斐もなく涙が流れてきた。
「おいウィル何泣いてるんだよ、どっか痛いのか?おい、ちょっと…」
「うるさいっ目にゴミが入っただけだよ。みんなおまたせっ…!」
心配したメアリーが、僕の背中をさすってくれる。大好きな女の子の手は暖かくて、さする手の感触は優しい。僕を心配しているのがわかった。僕がみんなを心配していた筈なのに、すぐに立場が逆になってしまった。
僕はたまらずボックス席に座り込み、友人たちに囲まれて涙を流す。本当に良かった。救えて良かったと。
そして周りのざわめきが聞こえる。バンドの演奏が唐突に止まったからだ。僕はたまらずステージに目を向ける。
その男はこちらを睨みつけていた。口をワナワナと動かし、唇を強く噛む。口角の端から赤い血がツーッと流れて白いシャツを染める。
生まれて初めて感じる誰かからの本気の悪意。もはや殺気と言っても良いぐらいのそれは僕の体を震えさせた。
蛇に睨まれた蛙の如く全く動けないが、エリーからもらったネックレスと、背中をさすってくれているメアリーの存在が僕を支えてくれた。
「僕は負けない。そしてお前は許さない…!」
思わず口から漏れた言葉は小さく誰にも聞こえないくらいだったが、男は僕の雰囲気で何を言ったのかを悟ったのだろう。何か身じろぎしたが、僕の首に下がるペンダントに目をやると、足早に部隊袖へと向かう。
部隊袖に全身が隠れるまで、その男はずっと僕を睨みつけていた。
読了、ありがとうございます。
また明日も投稿しますので、どうぞよろしくお願いします。