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「発見された腕は、断面から見てとてつもなく鋭利な物による切断と見て間違いない。それも一思いに一瞬で斬り落とされたらしい。腕を見つけた場所は争った形跡が無く、血も無駄に飛び散っていない。よって動けない状況下、或いは動かずに犯人を受け入れたと見て良いだろう」
編集長が事件の情報を再度話し出す。自分の生命が損なわれる可能性のある時に、受け入れる事などあるわけ無い。
「現場の状況から、薬物やナニカ別の要因による洗脳、または体の主導権を奪っての犯行とみて警察は捜査を進めているようだ」
「あ、だから僕に大学内の状況を?そんな怪しい効果のある薬なら絶対に噂になっているだろうし。でもさっきも言いましたが彼らにそんな噂は全く無いですよ?」
僕は彼らと特別仲が良い訳では無いが、彼らは誰にでも優しく接していたし、目立った奇行を取ることもしていないはずだ。
「うむ。だからこそまずいのだ。『何か』を彼らが能動的に常習していれば、5人も仲間がいる事からほぼ確実にボロが誰かから出るはずだ。にも関わらず、君の話からはそれが伺えない。この事から何者かが、もしくは外部的要因が彼らに直接別の要因を違和感や疑心感を持たせずに与えたことになる」
編集長が眉間を揉みながら言う。何か探偵物のトーキー映画の様で面白くなって来た。
「思い出せる限りでいい。普段から彼らに何か影響を与えていた『何か』はあるか?娯楽でも何でもいい。今流行りの集団発想法だ」
「カードゲーム、授業、談話室での食事、フィールドワーク…影響を与えている『何か』はたくさんありますが、彼らだけに限ったことではないですね…」
言葉を濁して言うと今度はエリーが口を開く。
「うーむ、最近の若者なら確かに色々な『何か』から影響を多分に受けるね…例えば彼らだけに当てはまる『何か』はあるかい?」
1つのグループのみに当てはまるものといえば、好きなバンドだったり、連れ立って飲みに行くバーやクラブだろうか?禁酒法が制定されてから馴染みの店だったり、知り合いの店にしか基本的に行かなくなった。賄賂や横領に溢れているが、誰だって警察に目をつけられたくないからだ。
そして誰も店を牛耳るマフィアに目をつけられたくない。変に騒がず、彼らに迷惑のかからない範囲であれば、そこは間違いなく少数のコミュニティのための秘密基地となる。
「やっぱり彼らだけの『何か』となるとジョージのレストラン関係になるけど、あの店は彼らのうちの一人の親がオーナーと知り合いなので、彼らに害が加えられるとは思えないです」
「ふむ、レストランの中でオーナーやマフィアの息のかかっていない部分はあるかい?ウィルくんもそう言う店の常連だろ?」
「確かに常連ですけど、あくまで別の店ですよ?占い師が定期的に来ていたり、マジシャンがショーをしていたりしますが、あれも『何か』にあたりますか?」
いろいろ考えるが、占い師だったりマジシャン等の催し物は、コミュニティごとに席を回ったりする場合もあるが、基本的にタネを探そうと躍起になるため、怪しい動きをすればすぐにバレてしまうと思う。彼ら5人を周りからバレずに廃人にするなど不可能だろう。
そう思って唸っていると、二人が眉をひそめてこちらを見ている。
「…例えばだが、最近彼らはショーなどで音楽を一緒に聞いていたりはしたかね?最近新たなバンドが出てきたとか、新たにメンバーが加わったとかないかね?」
「そういえば彼らがまだ学校に来ていた時、最近新しいジャズバンドがステージに上がったと言ってました。なんでもコントラバスがすごく良いって話で、アーカム・ナイト・クラブにも先週から出演するようになったらしくて、友人が絶賛してましたね」
腕を組んでいたエリーがニヤリと口角を上げた。もしかしてそのバンドが?でもジャズなんかで奇妙な暗示なんかかけられるのか?洗脳するにしても他の人間も聞いているだろうし、不可能だと思うが…
訝しげな表情を見られていたのか、出来の悪い教え子を諭すように、右手の人差し指をピンと立てながらエリーが口を開いた。
「いいかい、ウィルくん、相手に影響を与えるのが何も暗示だったりだけじゃないんだぜ、この街の噂にもある魔術や呪文は意外と身近な存在なんだぜ」
それを聞いて僕は再度ポカンと口を開けた。その反応をみてコロコロとエリーが笑う。
「ふふっ良い表情だ。私も使えるから後で見せてあげるね。さて、魔術についてだが、ウィルくんが想像しているように呪文を唱えることで発動させることができる」
頭の中で黒いローブに、つばの広い帽子を被ったエリーがもにょもにょと何かを唱えている様子が浮かんだ。
「呪文を唱えると言っても、使用者がどの魔術をどのように、どうやって行使するかをこの世に示せば良いから究極的に言うと唱えなくてもいいんだ。魔術書って言われる物が最たるものだね。後はその人にとっての重要な仕草だったり、ルーティーンだったりね。その点占いやマジシャンのショーは一見魔術のトリガーとしてはいいと思うかもしれないけど、そう言った仕草やルーティーンを使った魔術はどうしても効果が弱かったりする」
なるほど、東洋には言霊という概念があると聞くが、それと似たようなものだろうか。口から出た呪文の方が効果が強く、それ以外の所作によって紡がれた呪文による魔術は発動や気付かれにくいがその分効果が薄いと考えられる。
「ポールがいったバンド、まぁ音楽なんだけど、魔術と非常に結びつきやすいんだ。同じようなフレーズ、感情を揺さぶる音色、そして演奏者が上手ければ上手いほど大人しく皆が聞いてくれる。ただ一つ難点があって、やっぱりバレなかったり、魔術自体は成功し易くなるけど、さっき言った効果が薄いんだ。」
「今の情報からすると、どうやって効果の底上げをするか、という事が問題なんですね?」
「Exactly. そしてさっきの魔術書って存在が重要になる。魔術書っていうのは魔術が記された書物だ。古い本を使用したりインクに血を使ったりね、血を使ったり古い本を使う事で、思念や情念を起爆剤にすることもできる。そしてここでもう一つ重要になるのが、素材は何でもいいということ。強い思いを込めて呪文を刻んだものが魔術書となる。ウィルくん、コントラバスって職人が一つ一つ丁寧に作り上げるって知ってるかい?」
そう言われてようやく理解する。職人の作品に対する情熱、素材も高級な樹木を使っていれば自然の力強さも宿っているかもしれない。
そして木は簡単に文字を刻むこともできる。コントラバス自体が魔術書としての役割を持つ事ができれば効果の弱さも補う事が出来るかもしれない。
「さらに楽器の内側に呪文を刻む事でターゲットの選択や、堂々と活動も可能だ。昔ヨーロッパで同様の手口で暗殺を企てた魔術師もいたという」
編集長がエリーの後を追って補足を入れる。なるほど、これなら十分に誰にも感づかれることなく彼らを廃人に出来るかもしれない!
「多分このやり方だと2回ほど聞かせる必要があると思う。1回目で彼らの耐性を無くし、2回目を聞かせることで完全に傀儡とする。2撃必殺ってやつだね!彼らって2回目聞きに行った帰りに行方不明になったんじゃないかい?」
確かに先々週にバンドの演奏を聴き、また翌週聞きにいてくると話をしていたのは覚えている。全てのピースがぴったりと合わさった気がすると同時に、僕は恐ろしいことを思い出した。ロバート達も先週クラブでコントラバスがメンバーにいるバンドの演奏を聴き、今日も聞きに行っている。
「エリー!今日合流する友達が丁度その演奏を先週聞いてて、今日もまた聞きにいってる!」
「何だって!?それはまずいぞ、魔術自体は音楽から気をそらせさえすれば失敗するはずだから、水でもぶっかければいいんだけど…ショーの時間はいつ頃かわかるかい!?」
確かいつもショーは22時にやるはずだ。まだ21時45分ほどだから、今すぐ行けば間に合う!
「22時から!編集長、僕行ってきていいですよね!?」
「落ち着きたまえ、魔術師相手に一人で向かわせられるわけないだろう。もちろん私たちも行く。すぐに準備をしたまえ」
そう言って編集長はロングコートを羽織り、懐に拳銃を忍ばせてハットを被る。その動きが手慣れているように見えて、やっぱりこの人の語ったこの街の真実は本物で、この人はその真実に密接に関わっているのだと実感した。
「さて、魔術師退治と洒落込もうか。頼むぞ遊撃部隊」
「もちろん、どんな奴でもおちゃのこさいさいさ」
先ほどのやりとりの巻戻し。だが今回のやり取りはとても頼もしく見えた。
読了、ありがとうございます。
ついに顔を見せた神話の影。一区切りつくまで、毎日投稿するつもりですので、よろしくお願いします。