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「彼らの実家は結構お金持ちだったんですが、それを鼻にかけることもなかったので人気がありましたよ。恨みを買うようなことも無いと思います。様子だけを見るとドラッグぽいですが、僕は信じれませんね…」
「うむ。そもそもこの街の飲食店には、ほぼ全てマフィアや、有力者の息が掛っている。店の中で彼らの面子を潰す様なバカはいないだろうし、ましてや薬物を持ち込んだり誰かに摂取させたりしたら、それこそとんでもないことになるだろう」
編集長の言葉に出て来た様に、この街の飲食店はマフィアや有力者の庇護下にある。実際に過去彼らの息の掛った店でヤラかしたバカが行方不明になったという話もよく聞く話だ。
「編集長はやっぱり彼ら自体が何かしらの事件や事故に巻き込まれたとお考えで?」
僕が編集長に聞くと、彼は同意する様に鼻を鳴らしながら頷いた。
「ジムからもらった情報からもそうではないかと睨んでいる。行方不明との通報が月曜日の午前中にあり、巡回を強化したその日の夕方に、警察は学生街外れの古ビル周辺であるものを見つけたのだが…」
編集長にしては随分と勿体ぶった言い方だ。
「ウィリアム君、ここから先の話しは刺激が強い。こんな話をいきなりしてしまった私が言うのもなんだが、続けるかね?」
ここまで聞かせておいて、後戻りもクソもないだろうに。僕もこの話に好奇心を刺激されていたし、エリーも一緒に話を聞いたのだから、彼女が僕を逃すはずもない。
僕はクスリと笑った。
「大丈夫ですよ編集長。僕だってこの『アーカム・St・ジャーナル』のバイトとはいえ一員です。それに同じ大学の学生の話です。ひょっとしたら自分にも何かあるかも知れないし、自己防衛のためにも教えてください」
編集長は少しため息を漏らし、コーヒーを一口飲んで話を続ける。カップから顔を上げた彼の口元は少し緩んでいる。
「…分かった。ウィリアム君の言うことも尤もだ。この先のことを話そうーー警察の見つけた物、それは人間の腕だ。その腕には指先から肘の部分までびっしりと特徴的な模様が刻まれていたが、手の形や大きさから行方不明になっている女生徒のものだと断定。殺人も視野に入れて秘密裏に捜査を開始した。」
思わず顔を顰める。
先程友人と歩いた夕暮れ時、茜色に染まる世界の中ポツンとある女性の腕、その腕には理解出来ない紋様がびっしりと刻まれており、そこから流れる血が茜色にさらなる色を落とす。
きっと古ビルが乱立しており、路地裏へ続くビル同士の空間はとても狭く、茜色の世界に闇を落としているのだろう。
僕はその中で待ち構える何かと目が合った様な気がして、その瞬間僕はその場にいた。
あぁ、この不気味な何かは何だろうか、確かめなくてはならない。知らなくてはならない。例えその闇が纏わり付いたって僕はこの目の主を知る必要があ「ウィルくん」
「ウィルくん、それ以上はいけないよ。キミの今見たイメージは真実かも知れないが、それに飲み込まれてはだめだ」
エリーの言葉に現実に引き戻される。冷や汗がダラダラ流れて、涙を自然と零していた。
「とりあえずこれでも飲んで落ち着きたまえ」
そう言って編集長からコーヒーを渡される。一口つけてホッと息を付いた。
もう大丈夫、自分は今ここにいる。あの茜色の空間にはいないし、あれは僕の妄想だ。
僕は編集長に目をやって頷いた。
「正気に戻った様で結構。話を続けさせてもらおう。さて、君はこの街で囁かれている噂についてどれだけ知っているかね?」
編集長が唐突に聞いてくる。
「彷徨う死者、冒涜的な呪文を扱う狂信者、インスマスより流れ居着いた気味の悪い者共。上げ列ねればキリがない程の噂が、このアーカムに闇を落としている。そしてその噂の殆どが事実に基づいている」
…僕はポカンと口を開けた。
「何だね、その反応は」
彼の口からサラッと吐き出された情報に、僕は思わず思考停止状態になる。
確かにこの2年でこの街が普通とは違うのは理解しているつもりだが、編集長が噂を肯定するとは全く思わなかった。
「んーまぁそういう反応になるよね。でもね、ポールの言ってる事は本当だよ。私とポールはこの事実を何とか噂話程度にマイルドにして、愚民共が混乱しないように動いているエージェントなのだ!」
エリーが胸を張りながら宣言する。
「この馬鹿の言い方はどうかと思うが間違ってはいない。他にも仲間はいるが、新聞社に勤めていて編集長の私が情報を分析、推古、時には紙面を利用して情報を流す。エリーは…遊撃部隊とでも言お「かっこいいだろ?遊撃部隊!どんなバケモノでもおちゃのこさいさいだぜ!」
にわかには信じがたい話だが、思えばこの新聞社は妙な噂話の資料だったり、どこから仕入れて来たのか分からない『特ダネ』記事を掲載することがあった。
先程まで僕がまとめていた資料だってそうだ。コソコソ動く警官が云々は、先程話に出た不気味な腕の件を住民に知らせないための動きかもしれない。僕が普段何気なしにこなしていた作業の奥に様々な真実が隠されているのを感じて、机の上に乱雑に纏纏めたばかりの資料に目を落とす。
「そう。君に纏めて貰っていた資料の中には様々な真実が隠れている。一般的な感性を持つ君に資料をまとめてもらって分別したり、内容の傾向を見てもらう。次に私達が、その中に隠れている事実が『噂』として囁かれている時には別の噂を記事として流布してコントロールを図っている」
思えば僕が資料を分類する時に、荒唐無稽な物と僕自身が見聞きした物とで分けさせられていた。そこから更に細分化していくが、基本となるこの2つに分ける作業は毎回している。
少なくとも1年以上この作業をしてきた僕は、今彼らから聞いた事が嘘ではないとすんなり納得出来た。
もちろん驚きや、非日常に知らずとはいえ関わっていたことに対する動揺はあるが、とりあえずそれは置いておくことにした。
「やーっと本当のこと言えた!今までバレない様に抑えめに動いてたけど、これでもうそんなこと気にしないでいいもんねー!この事に関しては今回の事件に感謝かな?」
編集長はため息をつきながら、こちらに視線を向ける。彼にしては珍しく申し訳なさを表情に加えながら。
「理解したと思うが、この作業を通して君を利用していたとも言える。隠していたことも含めて、本当にすまない」
僕に頭を下げながら編集長が詫びてきた。彼に頭を下げられた事など今まで無かったため、ドギマギしてしまう。
「いえいえいえ…怪しいモノだったり、誰も信じない様なゴシップネタが、何故資料にあったのか分かりました。それに後見人が後見人なので、いずれは関わることになっていたと思います…それが遅いか早いかですよ」
ちょっとチクリとしていた胸も、真実への驚きと、編集長の申し訳ない顔と謝罪に毒気を抜かれて平常に戻っていたし、どちらかと言うと今ではこの真実にワクワクが止まらなくなっていた。
僕は編集長に先を促すのと、了承の意を込めて小さく頷く。それを見た編集長は微笑んだ。
今日は編集長の仏頂面以外の表情を2種類も見てしまった。普段からこの表情をしてれば良いのにと思う僕。我ながら図太いのかもしれない。
「ウィルくんにはこれからどしどし手伝ってもらうからね。ポール!とりあえず今回の情報を全部教えてくれないかい?」
話の内容は不気味だか、和やかな雰囲気が僕たちを包む。
珍しく犬猿の仲の二人が笑いながら話をしている。
何だかんだで仲いいんだと思いつつ、それが少し寂しい様な気がして、再度ちょっと胸がチクりとしたのを僕は感じた。
読了、本当に感謝の極みです。
少しずつ見えてきた神話の影は、どんどん濃くなって行きます。
それでは皆さま、次もどうぞ、よしなに。