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言い合う二人。堅物だが俗に言うイケメンである編集長と、彼の相棒?兼僕の後見人である女性。どう見ても間柄は相棒なんかじゃなくて仇敵だ。
彼女は薄緑色の膝丈までのスカートを履いてパリッと糊の効いたシャツを着ている。背格好はメアリーと同じく、僕よりも頭一つ分小さいが、メアリーには無い豊満な胸部装甲があった。
突然だが、僕はこのバイト先についてそこまで悪感情はない。
ちまたでは厳しすぎるだの、ブラックだの言われているが、スタッフの皆は快く仕事を教えてくれたし、編集長も厳しくも先ほどの様に男気溢れる人だ。
しかし、この彼女が関わると話は別である。
男なら誰もが惹かれる美貌を持つこの女性はエリー。彼女は僕の後見人であり、極度の『面白いもの』好きだ。
このアーカムにおいて自由奔放過ぎる程の振る舞いをする彼女は、あのギャングでさえも一目置く存在らしい。
年齢不詳、超絶美形の彼女は戯れに寄った田舎町で僕を見つけ、人さらいもかくやという早さで両親を丸め込み、僕をこの街に連れて着た。
僕自身、飽き飽きしていた田舎での生活から抜け出せたこともあり彼女には感謝しているが、この人の悪戯好きは度を越している。
僕がバイトしたいと言った時も、彼女の相棒?である編集長に無理を言ってここにねじ込み、彼の目頭に渓谷を刻んで爆笑していた。
もっぱらこの二人が顔を合わすのは、昼間の業務が終わってからが主であるが、まれに昼間にここにきて編集長を揶揄う事もある。
大学の講義が終わってからここに来る僕は、必然的に一番多く二人の戦争の被害を受ける事になる。
編集室の外でMrドアことトミーがコソコソと会社を出るのが見えた。アーカムでも有数の巨躯を誇る彼でもこの戦争には不介入を貫く。
僕は再度ため息をついた。
「二人ともそこらへんにしてください!この作業が終わったら僕は友人との予定があるんです。さっさと終わらせたいんです!」
柄にもなく僕が大声をあげると二人はピタッと口論を止める。一人は肩で息をして、一人はそれをニヤニヤと見ながら。
3人がこの会社に揃うと決まってこうなる。
そして編集長が口を開いた。
「…すまない。少し熱くなってしまった様だ。丁度いい、貴様にも聞きたいことがあった」
「僕のウィル君が言うならしょうがない、少しは話を聞こうじゃあないか」
先ほどよりかは幾分か柔らかい口調で編集長が話出す。
「知っての通り、先週の火曜日の朝、市警から入電があった。ミスカトニック大学の学生5名が先週から行方不明らしい。その5名の捜索記事の掲載と、情報提供の願いだ」
「その話なら私もさっき井戸端会議で聞いたよ。5名全員が馴染みのクラブで飲んでいて、そのあとに消息を断ったって話だよね? たしか…『ジョージのレストラン』だっけ?」
この話は大学でも話題になっている。
彼ら五人は男3女2の親が裕福な仲良しグループである。彼らの行きつけは『ジョージのレストラン』という会員制の店だ。『レストラン』なのに、会員制なのかと少し疑問に思ったが、このご時世、そう言う事なのだろう。
「その通りだ。彼らはその『レストラン』を出てから行方がつかめていない。一応聞き込みによって学生街の古ビルあたりにいた。と言うのが最後の目撃証言だが、本当かどうかは怪しい」
「若い男女なんだし、どっかで乳繰り合ってるんじゃないの?」
エリーがニヤつきながら言う。まぁ彼女の言っている事はないとも言い切れない。
全員で愉しんでいたら事が大きくなってしまい、出るに出られなくなった可能性もある。
「茶化すな。それだったら市警が各社に協力を求めないだろう。警察の内情をジムに聞いてみた結果、なんらかの事件に巻き込まれた証拠だけはあるとの解答ももらえた」
ジムというのは編集長の昔馴染みのアーカム市警で勤務する男だ。編集長の知り合いにしては珍しく、女好きの男である。僕は直接関わった事はそんなに無いが、中々の優男だったと記憶している。
「店から出る時の彼らの状況だが、彼らは目の焦点が合っておらず、何やら譫言を言いながら口からよだれを垂らしていたらしい。周囲はその様子から、ドラッグでもかましていると思って深くは関わらないようにしていたらしい。」
編集長がざっと話を終えると、エリーがようやく少しだけ真剣な顔に変わった。
「…へぇ、随分と興味深いじゃあないか。私が留守にしている間にそんな事があったなんてね、あ、ウィルくん!お土産もあるんだぜ!家に帰って来たら渡すね!すっごいモノだから期待してくれたまえよ!」
「貴様昼間のあれはもしかして…まぁいい、流石にこの町の飲食店で狼藉を働く者はいないだろうから、何か偶発的に起きた事件か、店で彼らを目撃した者達の考えるように、彼らが何か薬物でも使って気が触れたのか…もしくは何か全く別のモノが関わっているのか…というのがこの件を知る者の見解だ」
後半ちょっと怪しい感じがしたが、それよりも前半!お土産ってなに?メアリーがフラッとこの街を後にして2週間。連絡も無く突如帰ってきたと思ったらこれだ。いったい数時間前、編集長はどんな悪戯をされたんだろう。
「そんなにアタフタしなくてもいいよウィルくん!キミのはポールみたいに食べ物じゃないから!」
その言葉に編集長は舌打ちをして、コーヒーカップを片手に席を立つ。どうやらコーヒーを淹れるつもりらしい。その『食べ物』を思い出したのか、全力で顔をしかめている。
「まぁなんでもいいです。で、編集長が僕に聞きたいのはその学生達に変わった様子がないかって事ですよね?一応彼らの噂は良く囁かれてますよ。5人とも失踪する前キチンと学校に来てたので皆不思議がってましたし。全員薬物なんてやる様なアングラな感じもないですし、どちらかと言うと明るい人気者だったんで」
「ふーん。じゃあ薬物って線はなさそうだねぇ」
そう言って抱きついていたエリーは横の椅子に跨って、背もたれに体を預ける。
…大きな胸が背もたれで潰れて苦しそうだ。目線をちょっと上げると、彼女がニヤニヤしながらこっちを見てる。…鼻の下を伸ばしていたのがバレたらしい。揶揄われる。
「ふむ。じゃあ彼らが薬物を摂取していた形跡は取り敢えずなかったと言うことか。知らず知らずに摂取していた可能性はどうだ?」
編集長がコーヒーを淹れながらこちらに目を向ける。どうやらエリーとの戦争は終戦へと向かったらしい。
仕事中の頼れる雰囲気が出ている。が、僕はエリーに頬を突かれていて、彼女はウシシとニヤついている。それを見た彼の片目がピクピクとヒクついた。
「貴様は少しの間もマトモにできんのか」
「今回は私わるくないもーん」
こちらにウィンクしながら声を上げるエリー。とりあえず話を進めるべく、僕はため息をつきながらその手を優しく退けた。
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