第五話‐①
『職の街 アステリ』を出て三日が経った。目的地である『風人の谷 ピネー』にはまだ、辿り着く事は出来ていない。
広大な平原で私、リリィ、クロトの三人は歩いていた道から外れ、休憩がてら腰を下ろしていた。
「…つまり、お前は異世界から来たという事か。…どうりで不慣れな感じがある訳だな。」
「不慣れも何も殆ど初めての経験ですよ…。」
休憩をしながら私はクロトに分かっている範囲だけれど勇者について話をした。勇者についてクロトは疑う事なく、逆に聞き入る位静かに聞いていた。
「これから行く場所も魔王を封印する為に必要な力があるっていう話。どんなものか分からないけど…。」
「お前が召喚された事によって開かれた遺跡、だったな。…俺も色々歩いてるがそんな話聞いた事がないな。」
「そうなんだ。…そうえばクロトも魔物狩り?なんだっけ。それも商人みたいに職業なの?」
「職業じゃない。俺は『剣士』で、魔物狩りもお前の言う『勇者』みたいなものだ。依頼で魔物討伐を中心にしていたら言われる様になった。俺以外にも依頼で魔物討伐を中心にしている奴等がいる。そういう奴等を総じて『魔物狩り』と言うらしい。」
「へぇ…そうなんだ。私がいた遺跡にいたのも依頼で?」
「あぁ。」
「そうだったんだ。あれから面識があったんだもんね…なんか凄いなぁ。偶然にしては出来過ぎてるというか……ね、リリィ。」
「…しい……、」
「え?」
「おかしい!!なんで着かないの!?」
キーンとリリィの声が鼓膜に響く。思わず耳を手で塞ぐ私を他所にリリィは持っていた地図に向かって怒りをぶつけ始めた。
「もう三日…三日よ!?あれからずっと歩いて、歩いて、歩きまくってるのになんでピネーに着かないの!?有り得ないんですけど!!」
「お、落ち着いてよ。そのピネー?って所だっけ?着くまで時間が掛かるんでしょ?それを見越して、沢山食材とか買い込んでたじゃない。」
「勿論見越していたわよ!?時間が掛かるとも言った。けど、私が予想していたのは一日。本来なら目的地に辿り着いている筈だわ!けど、実際どう!?周りは草、草、草!!何もない!村どころか人もいないじゃない!!」
「そ、それはそうだけど……。」
リリィの言葉に視線を周りに移す。確かに…リリィの言っていた通りあるのは草原が広がる平原地帯。村らしい場所もなければ人もいない。動物らしい動物もいない。
天気も良好で自然豊かに見えるけど……流石に私も連続して野宿は体力的にも精神的にも辛い。そろそろちゃんとお風呂に入りたい…。
「本当に地図の通りであってるの?」
「あってるわよ!ほら、あそこ見てみなさい!」
「あそこ?」
リリィが指をさした方に視線を向ける。その先には遠いけれど大きな山があるのが分かる。
「あそこは『ピネー渓谷』。文字通り、あそこに私達の目的地があるの。だから地図なんて頼らなくても、あそこに向かって歩いていけば自ずとピネーに辿り着く…筈なんだけど…!」
「…辿り着かないんだね。」
「そうよ!そうなのよ!?目的地が見えてるのに全然近づかないの!何故!?訳が分からない……!」
「そ、それだけ距離があるって事だよ。食材もまだある事だし、焦らず行こうよ?ね?」
本当は野宿は嫌だし、お風呂に入りたいけど……今は何よりリリィの怒りを治めるのが最優先だ。な、何か怒りを治める手段はないだろうか…話題とかでもいい。
「そ、そうだ。クロトはピネーに行った事ある?色々歩いてたんでしょ?」
「…いや、あそこはないな。あの辺はエルフが住んでいて、人はあまり近づかない。」
「エルフ?」
「私達とは違う種族よ。マルサみたいな感じ。見た目は違うけどね。」
初めて聞く単語に首を傾げていると話題が逸れたのかさっきより落ち着いたリリィが口を開いた。
「エルフっていうのは見た目は私達と殆ど変わらないけど、人とは違う能力を持ってるの。色々あるけど…その中で一番エルフらしいといえば『共鳴』かしら。」
「『共鳴』?」
「エルフ同士なら空中に漂う魔力を介して離れた場所からでも交信出来るの。ま、一種の以心伝心的な?」
「へぇ……超能力みたい。」
「ま、詳しい事はよく分かってないみたいだけどね。詳しく調べようにもエルフは縄張り意識が高くて、
他の種族との交流も殆どないから分からないんだよね。遠いピネーに行く為の辻馬車とかそういった手段がないのも交流がないからなんだよね。」
「な、成程…つまり私達みたいな余所者は敵視される可能性があると……。」
「ないとは言い切れないわ。私も色々旅してたけど、あそこには近づかない方がいいって昔から言われてたし、これから行くのも初めてだし……どうなるか私には分からないわ。」
「そ、そんな……。」
「まぁ、なんとなるわよ!何せマツリは勇者なんだから!」
グッと親指を突き上げ笑みを浮かべるリリィ。この先どうなるか分からないのに何故リリィはここまで元気で自信があるのか……私は不安で一気に冷や汗かいてきたよ。
クロトはクロトで表情変えないで何を考えてるか分からないし……あぁ、大丈夫かな、本当に……!
「さて、休憩もここまでにして……今日こそピネーに辿り着いてみせるわよ!おおーーー!!」
「ハァ…辿り着きたいけど、辿り着きたくない……。」
「どっちだ…それは…。」
●●●
時刻は夜。空は紺色に染まり、流れる灰色の雲の向こう側には砂粒の様に散りばめられた星が輝いている。
少し冷たい夜風が吹くと目の前にある焚火の火がゆらりと揺れる。今日は昨日と違って風が少し強い気がする。
そんな、野宿三回目である。
「なんで…なんでなのよーーー!!!なんで辿り着かないの!?あれからどれだけ歩いたと思ってんのよ!!なんでまた野宿しなきゃいけないのよーーー!!!」
「お、落ち着いて!ほら、今日は森の近くまで来た事だし…少しは進歩したよ!ね!?」
「森なんて今までも何回もあったじゃない!!何度も通り越して、何度も草原を歩いて、野宿して……もう嫌ぁあああああ!!!」
「ほ、ほら!とりあえず何か食べよ!?食べたら少し落ち着くよ!ね?」
「…うん…食べる……。」
私の言葉にリリィは小さく頷くと手渡した缶詰の蓋を開けた。中身は確か…鶏肉に似た様な触感の肉が入った物だ。事前に買っておいた食材の一つで鞄の中には同じ物が後六つ入ってる。
…つまりまともに食事が出来るのは後二回。それ以上になると食料を現地調達…調理するという事になる。
けど現地調達するにしても食料になる動物らしい動物は今の所一回も見ていない。平原は勿論、何度も通り越している森の中でさえいなかった。もしかしたら食べられそうな草や木の実があるかもしれないけど……それもあるかどうか分からない。
飲み水にしてもそうだ。あらかじめ買っておいた飲み水も残りは少ない。それを調達するにしても川らしい場所もなければ湖もない。せめて人がいそうな村や町があればいいんだけど……そういった場所も見当たらない。
「…アステリに戻るといっても結構歩いてるし、戻るにも限界があるよね。」
「そうね…。戻ったら先に私達が倒れる事になるわね。」
「だよね……。なんで着かないのかな…。」
「そんなの私が聞きたいわよ…。ていうか昨日も似た様な会話してたわね。」
「それだけ疲れてるんだよ。お風呂にも入れてないし……。」
「そうよね…女として三日もお風呂に入れてないのは辛いわよね。濡れた布でも限界があるし…髪の毛もちゃんと洗いたい。」
「ゆっくりと湯舟にも浸かりたいよね。寝る場所も地面なんかじゃなくて、ちゃんとした布団で寝たい。」
「布団被って寝たいわよね。分かる。分かるわよ、その気持ち。」
「「ハァ…、」」
「…いい加減寝ろ。明日も歩くんだろ。」
「「そうする…。」」
言った所でお風呂に入れる訳でもなければ布団で眠れる訳もない。クロトの言葉に私とリリィは渋々固い地面に横になる。
野宿一回目はあまりにも固い地面と初めての野宿という事で中々寝付けなかったけれど、三日目となると疲労ですぐに眠たくなる。これが慣れというやつなのか……嫌な慣れだな。
重たくなる瞼に逆らう事は出来ず、私は瞼を閉じた。薄暗かった景色が瞼が閉じられた事により真っ暗な世界へと変わる。
ダメだ…眠たい……。…明日には…たどり着ける…よね……。
昨日も願った言葉を心の中で呟くと私は襲い掛かる眠気に逆らう事なく、意識を飛ばした。