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勇者は、後のマツリ!  作者: くるす
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第四話‐⑤



息を潜め、クロトさんが先に動く。


「俺が出て奴が動いたら出てくるんだ。その後はさっき言った通りに。」

「わ、分かった!」

「じゃあ……行くぞ!」


穴から出ていくクロトさん。その瞬間、聞こえてきたのは鳴き声だった。


グァアアアアアア!!


雄叫びに近い鳴き声に私は穴から外を覗く。すると少し離れた場所にいた魔物が勢いよく先に出て行ったクロトさんに向かって走っていく。


「クロトさん…!」


勢いよく迫ってくる魔物に対してクロトさんは持っていた剣を構える事なくじっと立っていると。そして走ってきた魔物が襲う様に前足を振り上げた瞬間、クロトさんは地面を蹴った。

ひらりとまるで羽が宙を舞う様に跳躍したクロトさん。魔物の攻撃は空振りに終わり、跳躍したクロトさんはその先にある高い木の枝に乗っかった。

す、凄い……人ってあんなに高く跳べるものなの……って、ハッ!!こうしちゃいられない……!い、言われた通り、言われた通りにしなくては…!


「こ、こっちを見なさーい!!魔物めー!!」


クロトさんに視線を向けていた魔物。その注意を私に向ける為に私は穴から飛び出し、大声を張り上げた。そのお陰か、魔物はクロトさんに向けていた視線をゆっくりと私に変えた。


グァアアアアアア!!


「ッ…!!」


響き渡る鳴き声。あまりにも大きな鳴き声は空気を振動させ、ビリビリと私の身体を震わせる。

怖い。怖すぎて足が震える。……けど、立ち止まっていてはダメだ。もっと私に集中させるんだ。クロトさんの存在を忘れる位……!


「私を食べたかったら…私を捕まえてごらんなさーい!!」


背を向け、森に向かって走り出す。ごらんなさいってなんだ、ごらんなさいって…!

ドンッ、ドンッ!と地響きに似た足音が走る私に迫ってくるのが背中を通じて分かる。お、追いかけてきてる!怖い、怖い…!けど、大丈夫。私は囮だ。このまま私に集中して追いかけさせて、隙を見てクロトさんが魔物の尾を切れば……!


「うわっ!!」


瞬間、走っていた足先が突出していた木の根に引っ掛かり、身体が前へと倒れる。全速力で走っていたせいか思い切り地面へと倒れてしまった私は全身に痛みを感じながら起き上がった。


「痛…!……もう!なんでこんな所に転ばせる様な物があるの!?…ハッ!!」


叫ぶと同時に周囲が大きな影で覆われる。耳に入る獣の鼻息に私は腰を地面につけたまま、視線を上に向ける。


グァアアアアアア!!


「ひぃ!!」


目の前にある巨大な魔物。耳に響く鳴き声と飛んでくる唾に私は身を屈める。

だ、ダメだ。このままじゃ……このままじゃ…た、食べられるーーーー!!!…………と思った瞬間、


「え、」


目の前にあった強大な身体がゆらりと横に傾いた。そして、黒い小さな影が巨大な魔物の身体に飛び乗ると手にした剣を振り上げ、剣の切っ先が弧を描いて魔物の身体を大きく斬った。

斬られた瞬間、魔物の身体から弾けた様に血が吹き出した。


グァアアア……。


弱まる鳴き声。動かしていた手足が徐々にゆっくりとした動きになり、そして完全に動きが止まった瞬間……魔物の姿は光の粒となって消えた。


「…た、倒した…の?」

「あぁ。」


私の呟きに魔物を切り伏せた黒い影…クロトさんが答えた。

剣を腰にある鞘に収めながら魔物が出した血の上を気にする事なく歩くクロトさん。そして私の傍まで来ると静かに手を差し出してきた。


「立てるか。」

「…ありがとう。」


クロトさんの手を取り、引っ張られる様に立ち上がる。そして再び目の前の光景に視線を移した。

さっきまで死ぬかと…食べられるかと思った。けど…消えた。作戦通りクロトさんが魔物の背後に回り、尾を切って、隙を作った瞬間、急所を狙って倒した。

その流れは私にとっては一瞬の出来事で……まるで映画のワンシーンを見ていたかの様だった。死にかけたのに……凄い場面に立ち会えたと感動すらしている。

いや、それどころか……、


「ふ、ふふふ。凄い…凄いね!?倒しちゃったよ!?」

「…面白いか。」

「面白いっていうか凄すぎて…嬉しい?楽しい?…よく分からないけど凄く興奮してる!!」

「…そうか。」

「…また、貴方に命を救ってもらったね。ありがとう、クロトさん。本当助かりました。これもクロトさんの作戦のおかげだね!」

「……本当に信じてたのか。」

「え?」


心底驚いた様な声音で話すクロトさんに私は首を傾げる。どういう事なのか言葉を待っているとクロトさんは視線を外しながら口を開いた。


「俺が逃げるとは思わなかったのか。お前を囮にして、逃げるって……。」

「……思いませんでしたけど…?ていうか考える暇なんてなかったよ。あ、でも最後の方は流石に食べられるかと思ったかな。けど、それでも…、」

「?」

「クロトさんが逃げるとは思わなかったよ。囮になって逃げられたのもクロトさんがいるからって信じてたから……だからそういうのは思わなかったよ。」

「………。」

「それに現にこうして倒してくれた訳だし……私もクロトさんも無事だし万事解決!」

「……やっぱり変わってるな。」


ふと緩めた様に表情が柔らかくなるクロトさん。強い人だ。それでいて思っていた以上に優しい人だ。

クロトさんは自分より他人を優先する私を変わり者だと言うけれど、その理屈で考えれば街の為に凶暴な魔物に一人で挑もうとしていたクロトさんも相当な変わり者だ。

けど、私はそういう変わり者は……嫌いじゃない。


「…にしても……どうやって言い訳しようかなぁ……。」


これから街に戻る。そしてこれから起こる出来事を予想しては気が重くなる。

何せエレクシールが無くなったのだ。私は気にしていないけれど……もう一人、かなり気にしている人物の事を考えると気が重くなる。


「ハァ……リリィ、怒るかなぁ…。」






●●●


「…………。」

「…リリィ…?あの…ご、ごめんね?」


あれからクロトさんと別れた私はリリィのいる宿屋に戻り、すでに起きていたリリィに事の顛末を説明した。

きっと怒るだろう…そう思っていたけれど、それ以上にショックだったのかリリィは頭を抱えながら机に突っ伏してしまった。

まさか怒る、ではなくて落ち込んでしまうなんて……こっちの方が胸が苦しい。いっその事怒ってくれた方が良かった。


「リリィ…本当にごめんね。無断で使ったのは申し訳ないし、そのせいで手に入る筈だったお金も手に入らなくなったし…その、色々ごめん…。」

「……マツリ…。」

「は、はい…!」

「……貴方って子は………流石は私の見込んだ勇者!!」

「………へ?」


大声と共に顔を上げるリリィ。その顔は怒りや落ち込んだ表情と違い、明らかに嬉しそうな笑顔だった。予想外の反応に戸惑ってしまう。


「あ、あの…リリィ。お、怒らないの?」

「怒る?何故怒る必要あるの?だってマツリはクロトの怪我の為に使ったんでしょ?」

「そ、そうだけど…。」

「素晴らしいじゃない。確かにお金は必要よ。けど、それ以上に大事な物はある。それを見過ごさず、手放さず、助けてこそ勇者のあるべき姿!流石というべきだわ!!」

「リリィ…。」

「まぁ、今回は特に仕方がないわよ。悔しいけど、クロトを仲間にするのは諦めましょ。条件を満たせない訳だし。」

「ご、ごめん。」

「だから、マツリが謝る事じゃないの。むしろ勇者としては最高の行動よ。胸を張りなさい。……さて、次の目的地に向かう為に仲間は欲しかった所だけど時間もないし、最後に挨拶をして行きましょう。」

「……そうだね。」


荷物を纏めて私達は宿屋を後にした。

最後の挨拶…か。いくら仲間にしたいと思っても条件である三千万ベルを用意する事が出来なかったし、仲間になってくれる訳ないよね。少し寂しいけど……リリィの言う通り仕方ない事だ。

それに私は、あの時エレクシールを使った事を後悔はしていない。だから…いいのだ。クロトさんが無事だったのだから、それでいいじゃないか。

これでお別れは少し…寂しいけど……これで良かったんだ。せめて最後にお礼だけは言おう。何度も助けてくれてありがとう、と改めて伝えよう。

そう思いながら私とリリィは今日も賑わう酒場に向かった。






●●●


「これは一体どういう事なんだ!?」

「「は?」」


酒場に入った瞬間、私達に詰め寄ってきたグラニフさんが開口一番に言い放った。突然の事にこちらがどういう事なのか、互いに視線を合わせながら首を傾げるとグラニフさんは再び口を開いた。


「お前達、どうやって手懐けた!?金か?金を用意したのか!?まさか…三百万用意出来たのか!?一日で!?」

「えっと……話が全く分からないんですけど…、」

「そうよ、そうよ。ちゃんと私達にも分かる様に説明してくれない?」

「ふざけるなよ!説明が聞きたいのはこっちだ!何故クロトがお前達の仲間になると言ったのか、ちゃんと説明しろ!!」

「「はい?」」


今、この人はなんて言った?クロトが私達の仲間になる?……一体どういう事?


「それは…違うと思いますけど……。」

「確かに私達は三百万ベルを用意する事は出来たけど、実際は用意する事出来なかったし……条件に合う事はしてないわよ?何言ってんの?」

「とぼけるな!!俺だって…俺だってそれなりに金を集めた。だが金を集めたのにクロトは仲間になるのは、お前達の方だって言ってたんだ!」

「えぇ……?」

「お前達、一体何をしたんだ!?どうやってあのクロトを仲間にした!?」

「ちょ、ちょっと…!」

「いきなり女子に詰め寄らないでくれる!?鼻息荒いし、臭い!!」

「なんだとー!?!」

「お、落ち着いて!私達も何の事だかさっぱりで……、」

「うるさい!!何故お前達なんだ…!クロトの価値を知らないお前達が何故選ばれるんだ…!クロトは……いだだだだだだ!!」

「「!!」」


突然痛みで悶絶するグラニフさんに私とリリィは驚いた。いきなりどうしたのかと視線を辿るとグラニフさんの腕が、ある人物によって後ろ手に捻り上げられていた。

その人物の登場に私とリリィは更に驚いた。


「く、クロトさん!」

「………。」

「い、いだだだだ!!は、離せ!離して下さい!!」

「…ハァ、」


痛みで悶えるグラニフさんの懇願めいた言葉にクロトさんは小さく溜め息をつきながらグラニフさんの腕を離した。「死ぬかと思った」と涙目になりながら腕を擦るグラニフさんを他所にリリィは私より先にクロトさんに詰め寄った。


「ちょっと!一体どういう事なの!?」

「どういう事…?」

「私達の仲間になるって言う事よ!いや、別に嫌じゃないのよ!?むしろ願ってもない事だし、嬉しい事だわ!ありがとう!!」

「リリィ、話が脱線してる。……でも、本当なの?私達の仲間になってくれるって……。」

「あぁ、本当だ。」


あまりにも迷いもなくハッキリとした答えるものだから、狼狽えてしまった。


「ど、どうして……?私達、条件の三百万は用意出来なかったよ?」

「そ、そうだ!金を用意していないのに…どうしてだ!?クロト!納得のいく説明をしろ!!」

「………。」


何故仲間になろうとしたのか説明を求める私とグラニフさんの言葉にクロトさんは懐に手を突っ込むと、そこから小さな透明の瓶を取り出してグラニフさんに渡した。

透明な空き瓶を渡されたグラニフさんが「なんだこれ」と凝視しながら首を傾げる中、私はその空き瓶に見覚えがあり「あ」と声を漏らした。


「それって……エレクシールが入ってた瓶…?」

「エレク…シール…?」

「ハァ?アンタ、商人の息子なのに知らないの!?最高級で且つ高レアアイテムである回復薬よ!?ずっと旅をしていた私でも知ってるのに……、」

「し、知ってる!名前だけだがな…。」

「そのエレクシールがどれだけの価値か知っているのか。」

「か、価値?………ご、五十万位か…?」


あ、私と全く同じ反応している。これは本当にエレクシールの存在を知らないみたいだ。

クロトさんの問いかけに困惑しながら答えるグラニフさん。そのグラニフさんにリリィは勝ち誇ったかの様に笑みを浮かべるとグラニフさんに詰め寄った。


「本当に何も知らないのねぇ~。いい?エレクシールの価値は最低でも……五百万はあるのよ!!」

「な、ご、ごごごごご五百万!?回復薬でか!?!」


あ、ここも全く私と同じ反応だ。……本当にエレクシールの事を何も知らなかったんだなぁ……グラニフさん。

予想外の価格にグラニフさんは言葉を失う中、クロトさんはグラニフさんが持っていた空き瓶を手に取ると再び懐にしまった。


「これにはエレクシールが入っていた。売るなり、換金するなりすれば大金も手に入るというのに……それを俺なんかに使った。」

「クロトさん…。」

「お前にこれ以上の価値のある物を用意出来るか?出来るというのなら今すぐ出してみろ。」

「~ッ!!!クソ!も、もういい!勝手にしろ!!」


グラニフさんは悔しさと恥ずかしさで顔を赤くすると吐き捨てる様にして私達の前から去って行った。バンッと酒場の扉が乱暴に閉められるのを確認すると隣にいるリリィが「ふふふ」と小さく笑い始めた。

いや、小さい笑い声から大きな笑い声へと変えた。


「ふふ…ふははははは!!見た!?さっきの奴の顔!?いい気味よねー!!!」

「う、嬉しそうだね…。女子らしからぬ顔と笑い声だったけど……。」

「嬉しいし、愉快だわ~。最高の気分よ~!だってアイツ会った時からムカついた奴だったから奴の悔しそうな顔を見るのは最高だし、それに…クロトが仲間になってくれたしね。諦めてた分嬉しいわよ。」

「そう、だね…。」


リリィの言葉に私は静かに立つクロトさんに視線を向けた。相変わらず何を考えているのか分からない無表情だ。だから余計に聞きたかった。


「その…本当にいいの?私達の仲間になって……。」

「条件に出された金額分は貰ったからな。」

「で、でも…無理とかしてない?嫌なら嫌って言ってくれてもいいんだよ?」

「嫌だと言われたいのか。」

「そ、そんな事はないけど……むしろ仲間になってくれて心強いというか…私も嬉しいし。けど、無理してまで来てほしいとは思ってないから……、」

「……別に無理はしていない。それに嫌とも思っていない。だから、気にするな。」

「でも…、」

「まぁまぁ。クロトもこう言ってる訳だし、いいじゃない。あ、そういえばちゃんと自己紹介してなかったわね。私は天才美少女魔術師、リーアナ・リリス・アプコリィ。リリィって呼んで。」

「アプコリィ…?」

「あら、知ってるの?」

「…金にがめつく、片っ端から依頼をこなす我儘な魔術師の名前がそうだった気がする。」

「…リリィ。」

「金は大事だし、私は我儘とかじゃありません。出てる依頼がしょぼいから、もっとマシな物を用意しろと怒ってただけですー。」


それを我儘と言うんじゃないだろうか……ま、まぁリリィらしいと言えば、リリィらしいけど。


「…えっと、私の名前は花笠マツリ。その…よろしく、クロトさん。」

「…さん付けはいい。……それで、これからどこに行くんだ。」

「お、それ聞いちゃいます?ふふふ~。」


事が進み上機嫌なリリィはクロトさん…じゃなくてクロトからの言葉に懐から一枚の地図を取り出すとそれを広げた。


「次に向かう場所はここ!『風人の谷 ピネー』よ!ここから結構距離あるから、万全な準備で行きましょう!!」

「『風人の谷 ピネー』…?」


リリィが言う目的地は地図の上部…北にある場所だ。今いる場所より確かに距離はありそうだ。


「ここには『風の遺跡』があるの。ほら、前に言った事あるでしょ?勇者が召喚された事によって各地の遺跡が目覚めたって。…その一つがここ。」

「そういえば…言っていた様な気がする。」

「魔王を封印する為の力がある筈よ。それを早速頂きに行くの!マツリの勇者としての活動第一弾よ!!」


拳を突き上げ満面の笑みを浮かべるリリィ。それを何も読み取れない無表情で見つめるクロト。二人の温度差に思わず笑ってしまうとリリィの手が私の手を取った。


「さぁ、行くわよ!時間は有限なんだから!」

「え、もしかしてこのパターンは……って!だから引っ張らないでっていつも言ってるじゃない!リリィーーー!!」


毎度お馴染みのリリィの強制連行。けどいつもと違うのは後ろからクロトもついてきているという事だ。

新しい仲間が出来た。その人は何を考えているのか読み取れないけど……強くて、危ない時は助けてくれて、心強くて……何より優しい人だっていうのが分かる。

これから行く遺跡はどういう力が宿っているのか……未知数だけど、二人となら乗り越えていける様な気がする。そんな気がするんだ。










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