第9話:ゴブリン王の感激
②ゴブリン王の感激
まずい。このままでは、俺たちは滅びてしまう。“ゴブリン村の殲滅”というクエストが、王国から正式に発注されてしまったのだ。俺は、様々な情報に気を配り、配下達を上手くまとめ上げてきた。そうでなければ、弱小魔物である俺たちゴブリンに、ここまで大きな村を作ることは出来なかっただろう。
しかし、少しばかり腕の立つ名の知れた冒険者を半殺しにしたということで、正式に俺たちの討伐が決まったのである。人間に危害を加えれば、冒険者に殺される。そんなことが分からないほど、俺はバカでは無い。俺は嵌められたのである。
要は、半殺しにあったというそのBランク冒険者の自作自演である。
ゴブリンの村を正式に村と認め、取引を行いたいと、その男は申し出た。俺は、村として認められた事がうれしくて、すぐに村に招き入れてしまった。しかしそれは、その男の作戦だったのである。気付いたときにはもう遅かった。もともとその男が綿密に根回ししていたこともあり、たちまち俺たちは、人類にとっての害悪と認定されていた。その男の狙いは俺にも分かる。半殺しにされながらも、命からがら逃げ帰り、ゴブリン達の悪事をギルドに伝えた英雄。そしてあわよくば、殲滅戦に自らも参加し、功績を上げたいのだろう。
そんなくだらない野望のために、この村がつぶされてしまうと思うと、怒りがおさまらなかった。だがその怒りの主な矛先は、そんな事態をただ受け入れるしかないという自分の非力さに向けられていた。俺たちにもっと力があれば・・・。
だがそんな願いが叶うはずもなかった。せめて女・子供だけでも逃がそうかと幹部のメンバーと話し合っていたそのとき、奇跡は始まるのである。
4人の者たちがこちらにやってきた。ひとりは全身を豪華な鎧で包んでいた。ひとりは、顔立ちの整った綺麗な人間のメスで、手には杖を持っていた。後の二人は、狐人のメスだった。
警戒心をあらわにする俺たちの前に、堂々と歩み寄り、そして響き渡る声でこう言ったのだ。
「お前達、俺たちの配下になってみないか。もし承諾するのなら、安全な生活を保障しよう。」
もしそんな上手い話があるなら、一秒で乗る。それが嘘でないならば。
しかし、俺はだまされない。そもそも、俺たちなんかを配下にして何の得があるというのか。きっと、ろくでもないことに利用されて、捨てられるのがオチだ。俺は断固として断ろうと口を開きかけた瞬間、鎧の男は語りかけてきた。
「お前達の状況は理解しているつもりだ。疑い深くなるのも無理は無いだろう。だが、どのみち何もしなければ全滅は免れない。最後に俺たちに賭けてみるというのも、立派な勇気であると俺は思うぞ。」
この男のいっていることは、一理ある。なにも出来ずに全滅するくらいなら、少しでも生存の確率のある提案にのるというのは合理的な判断だ。幹部の中には、それでも不満を示す者もいたが、長らくの話し合いの末、その鎧の男――リュウ――の提案にのることにした。
結果的に、その判断は大正解だった。
その決定を下した瞬間、
「さあ、俺たちの住処、セブンスに案内しよう。」
リュウがそういった。
それに答えるように、リュウの右側にいた人間のメスが、杖をかざした。すると、瞬く間に巨大な魔方陣が現れたのである。それは、俺たちの村全てを覆うほどに巨大だった。魔方陣の内部は緑色の淡い光に満ちている。俺たちは驚きの声を上げた。
次の瞬間、さらに驚く事が起こる。
俺たちは全員、転移したのである。見たことのない場所に。500近くいた俺たち全員がだ。魔法に詳しくない俺でも、これのすごさくらいは理解できる。しばらくの間、あっけにとられて動けなかった。それはほかのみんなも同じようだった。
やっと少しだけ冷静さをとりもどし、周りを見渡す余裕がでてきた。太陽が照らし、澄み切った水が流れる大きな川と、その周りにそびえ立つ木々。
これまでのドタバタも忘れ、俺たちが抱いた感想はただ一つ。
美しい。
一切の汚れのない大自然。それに惹かれないゴブリンはいない。
俺たちが感動していると、それを遮るようにリュウはいった。
「材料はこちらで用意した。家はみんなで協力して建ててくれ。畑や果樹園の方は、俺たちがすでに用意しておいた。農業について教えるから、物覚えの良い若者を50体ほど選出してほしい。あとのことは順を追って指示する。」
それからの俺たちの発展はすさまじかった。リュウが使役する守護者達の支援は、今までの常識を覆すほどのものばかりだった。しかしながら一番すごいのは、リュウの持つ知識だろう。その知識は、どんな宝石よりも価値があると、俺は断言できる。
頑丈な家の建設の仕方、金属の加工法、効率の良い農業のやり方、水洗式という清潔なトイレなど、挙げればきりが無い。
村にいたときよりも、大幅に生活水準が向上した。さらに、農作物を調理して食べるということも驚いた。もちろん人間達が料理なるものを食べているのは知っている。しかしながらそれを実践するための知識や道具、時間が無かった。故に、俺たちとは無縁だったのである。
しかし、1度知ってしまったその味はもう辞めることが出来なかった。全身を駆け回るような幸福という感情。おいしい料理を食べているとき、それが一層強くなる。
とくに、ミオという猫人が作る料理は逸品だ。
俺たちの中で、ミオはアイドル的な存在となっている。
ちなみにアイドルという言葉もリュウから教わった。他の国の言葉らしい。
この町のすごいところはまだたくさんある。
まず、ここが地下であると言うことだ。さんざん驚かされてきたが、これを知ったときが一番驚いた。あの太陽も、守護者のひとりが作りだしたものらしい。だがまだ疑問はある。あの大きな川はどうなっているのかということだ。ここが地下2階という空間なら、川が流れているのはおかしい。だが、リュウはさも当たり前といった口調で説明してきた。
「川の上流と下流を、転移魔方陣でつなげたんだ。ま、やってくれたのは俺の優秀な守護者なんだけどな。」そういってリュウは苦笑した。
なるほど、俺たちをここに転移させたあの魔方陣をそういうふうに利用したんだな。無限に流れ続ける川の完成というわけか。
また、その川には、たくさんの生き物が住んでいた。水中にしか生息しない魔物もいた。それら全てをふくむ生態系までも、リュウ(の守護者)はコントロールしているらしい。
そういう者の、ふさわしい呼び方を俺は知っている。
・・・神だ。
だが俺はリュウの事を、様付けせずにそのままリュウと呼んでいる。
リュウはいったのだ。
「建前上、配下ということにしたが、お前達とは平等な仲間である。」と。
俺は、心から感動した。
何があっても、俺たちはリュウの役に立たなければならない。本気でそう思った。
リュウが命の恩人というだけに収まるはずもない。例えどのような状況になっても、リュウの味方でいると、この日おれは誓ったのである。