第6話:冒険者として
―――冒険者として―――
冒険者として活動をはじめて一ヶ月が経った。俺とエンジュはすでに、Bランク冒険者になっている。Cランクまで行けば、かなりのベテラン冒険者と認識される。Bランク以上の冒険者は数えるほどしかいない。
最初の内は、身の程を知らない柄の悪い冒険者たちに絡まれることがあった。それは主にエンジュの美しすぎる見た目のせいなのだが、本人は気付いていない。
エンジュは何度もキレかけ、瞬殺の一歩手前までいったこともあったが、俺が命令してなんとか阻止した。エンジュは強すぎるので、普段は実力を隠してもらっている。それもあって、エンジュを狙ってくる馬鹿な奴らが絶えなかったのだ。しかしさすがにBランクまで上り詰めると、絡まれる事は無くなってきた。
今日は一仕事終えて、冒険者ギルドの席で夕飯を食べているところである。ちなみに俺は鎧なのでたべることが出来ない。だから、実際に食べているのは、鎧の口の部分に待機させているクリアスライムである。
食事をするフリ、という、不毛な時間を過ごしていると、ひとりの冒険者がこちらに話しかけてきた。ブラックローズのメンバーのひとり、グルシアンである。グルシアンは、縦横ともに大きい、熊のような大男である。ごつい防具を着け、手にはハンマーを持っている、Aランク冒険者だ。
「リュウ、調子はどうだ?あ、そうそう、お前からもらったポーションを飲んだら、腰の痛みが嘘のように消えて無くなったぞ。ありがとよ。もし良かったらもっと分けてくれないか?もちろん対価は支払う。」
グルシアンは勢いよく話しかけてきた。俺は冷静に簡潔に答える。
「対価などいらない。その代わりいつもの情報をくれないか?」
「お前はいい奴だなあ。そんなんで良ければいくらでもやるぞ。あ、もちろんお前に言われたとおり、このポーションの事は一切口外していないぞ。守るべき秘密は守る、それが俺の主義だからな。」
そう言って、グルシアンは、ガハハハと威勢良く笑う。たしかに俺も、こいつのそういうところを信用して取引をしているのだが。
ちなみにこのポーションは、プチ天使達が作ったポーションを、何百倍に薄めて、わざと効果を落としたものである。それでも国宝級の価値があるというのだから驚きだ。最初にこのポーションの存在をしったのがグルシアンで良かったとおもう。この噂が広まってしまったら、面倒なことに巻き込まれるのが目に見えているからだ。
「帝国と王国は、いつもの小競り合いを近頃また行うらしい。それと、例のゴブリンの村が一日にして消滅したという話があって、それの調査も実施されるようだ。これには極進会も出向くという噂がある。」
あ、それ俺たちの仕業ですね(笑)。まあ適当に話を合わせよう。
「ああ、特に理由もなくBランク冒険者を半殺しにしたというゴブリン達ですか。討伐のまえに、ゴブリンの村が何者かに襲われたということですか?」
「いや、それがな、争った形跡がほとんど無く、全てのゴブリンが消え去ったんだとよ。村単位の移動など聞いたことがないし、そもそもそんな大移動に気付かない訳が無い。一瞬にして消えたという点が不自然だということで、調査することになったわけだ。」
うん、確かにね、マジョールのプラチナ級魔法で一瞬でセブンスに転移したからな。不自然なのは当然か。
「ほう、それは興味深い。真相が気になりますね。また面白そうな情報が入ったらお願いします、グルシアンさん。」
「グルシアンでいいって言ってるだろ、リュウ。もちろんだ。これからもよろしく頼む。」
グルシアンとの取引は有意義である。これからも続けていこうと思う。ただ、すこし鬱陶しいのは周りの冒険者たちの目線である。Aランク冒険者であるグルシアンはもちろんだが、異例の速さでBランクまで上り詰めた俺たちにも関心があるようだ。
加えてエンジュという絶世の美女である。注目を集めないわけがなかった。最近ではもう慣れてきたので、割り切っているが。
そろそろ席を立とうと思ったそのときだった。妙に受け付けの方が騒がしい。ただでさえ血の気の多い冒険者たちが、驚きやおびえの表情をしながらわめいているのである。
どうやらこの町に、魔物の群れが近づいてきているらしい。
「もうダメだ、この町はおしまいだ。500を越えるオークの群れがすごい勢いでこっちに突っ走ってきている!」
「500?冗談だろ?そんな数の群れ、聞いたこともないぞ。」
「ああ、こんなときに限ってブラックローズが休暇を取っているなんて・・・。本当に終わったな・・・。」
「私は子供を連れて逃げるわ。男達は時間を稼いで!」
「何勝手なこと言ってんだ!俺たちに死ねと言ってるのか!」
これらを聞いただけでも分かると思うが、現在、ギルドとこの町は混乱状態に陥っている。
オークごときにこれほど恐れるとは・・・。もっと手を抜いた方が良さそうだな。もう十分目立ってしまっているが、これ以上は活動に支障が出そうだ。
どうせ俺たちにも声がかかるのだろうと、そのまま席に座っていると、聞き覚えのある大声がギルドに響き渡った。
「なんだなんだ?オークごときでうろたえやがって。俺がいるんだから勝利はもう決まったようなもんだぜ。ガハハハハ。」
先ほどギルドを出て行った、グルシアンである。すぐに殺される雑魚役のような台詞を言っているが、実際、本当に強いのがこのグルシアンである。
「そうだ!グルシアン様だけは残ってくれていたじゃないか。まだ希望はある!」
「決めた。俺は戦うぞ。みんな、グルシアン様に続け!!」
「「「「「おおおーーー!!!」」」」」
まあこのあたりのノリは、さすが冒険者というところか。
「リュウさん!」
こちらに向かってトタトタとかけてきたのは、受付嬢のリオンさんである。
「リュウさんも、戦いに参加してくれませんか?」
どうやら俺はリオンさんに気に入られているようなのである。たびたび、話しかけるための話題を見つけては、俺に笑顔で歩み寄ってくる。嫌な気分ではないのだが・・・。そのときの、他の冒険者たちの目線が問題なのである。リオンさんは、明るくてかわいい、ギルドのアイドル的存在なのである。そんな人から少し特別な扱いを受けている奴がいたら、嫉妬してしまうのも仕方ないのかもしれない。
しかも、俺にはエンジュもいる。リオンさんとエンジュがにらみ合って火花を散らせていることも、嫉妬を増大させる要因となっている。もう慣れたから半ば諦めているが。
「もちろんですよ。微力ながら協力させていただきます。」
「ありがとうございます!リュウさんがいれば100人力ですよ!必ず無事に帰ってきてくださいね。」顔面いっぱいのスマイルをこちらに向ける。
(チッ。しね、死んでしまえ。)
(オークにつぶされろ、そして内蔵をばらまけ。)
(ナイフ買ってこようかな。あと猛毒も。)
冒険者たちから漏れ出した心の声がどんどん過激になっている。
俺とエンジュはすぐにギルドを出た。
「よう、リュウ。また会ったな。俺とお前がいれば何も怖いものはねえぜ!
あ、あと、え、エンジュさんも。よ、よろしくお願い致します。」
お前エンジュの時だけ口調変わりすぎじゃね?最後のとこなんかマックス敬語だし。どう見てもエンジュは年下だぞ!
エンジュは黙ってほほえみながらうなずいた。
それをみたグルシアンは、タコのように赤くなって、目線をそらしてしまった。こんな大男でさえも乙女みたいな反応だ。エンジュ、その美貌だけでも天下をとれる気がする。
結局集まったのは、俺とエンジュ、グルシアンの他に17名である。
役割分担だが・・・。
グルシアンが先頭で暴れる。俺たちがサポートする。他のひとたちは通り抜けたオーグを食い止める。
というシンプルなものになった。まあわかりやすくていい。
ただし、今回は厄介な点がある。オークよりも遙かに警戒すべき敵がいるのである。
オークの騒ぎが始まってからずっと、俺とエンジュは監視されている。上空を飛ぶカラスの魔物によって。
この狙ったようなタイミングから言って、監視役のカラスの主人が、今回のオーク進行を引き起こした犯人であると推測できる。目的は不明だが、俺たちはさらに実力を出せない状況になっているのである。全力で、“手加減”しなければならない。オークを倒すことなんかより、それの方がよほど難しい。
そんな事を考えていると、広範囲に及ぶ土煙とともに、オークたちがやってきた。グルシアンは、雄叫びを上げながら、群れに突っ込んでいく。さすがはAランク冒険者というべきか、オーク達はなすすべなく蹂躙されていく。ポップコーンのようにオーク達が空中を舞う。それを見ている他の冒険者たちも、あっけにとられている。
そんな中、俺とエンジュは精一杯苦労した。エンジュは、一生懸命、やわらかい結界を張っているし、俺は全力手加減パンチを繰り出している。たまに、オークに吹き飛ばされて、痛そうに転げ回ったりしてみる。めっちゃ疲れた。
こうして一時間後、主にグルシアンの活躍により、目立った被害もなくオーク達の撃退に成功した。現在は、町を無事に守りきったことの祝賀会が行われている。今回の主役は間違い無くグルシアンだ。グルシアンへの信頼は、この一件でウナギ登りになったようだ。だが俺とエンジュも、何度も吹き飛ばされながらも町の防衛に最後まで協力し続けたということで、ちょっとした英雄扱いになった。まあこういう感じの目立ち方は、むしろ歓迎すべきだろう。苦労して手加減した甲斐があったというものだ。
さて、まだ本当の戦いは続いている。監視されっぱなしで終わる俺たちでは無い。すでにあのカラスの追跡は終え、首謀者たちの居場所にクリアスライムを送り込んである。ねこそぎそちらの情報をかっさらっていくとしよう。