16ー温泉郷ミカグラー
今回は二度目の和み?回です。
やはりどこの世界にも【秘境】というものは存在するようだ。人間界には【紅葉の里】があった。そして、そういった秘境はほとんど誰も知らないものだ。
また、秘境というものは放浪中突然辿り着けることもある。紅葉の里だってそうだった。
それに今回もそうだったのだ。
ただひたすらに港町を目指していた俺たちは、長い長い森を抜けようと奮闘していた。そして森を抜けたかと思いきや、そこにあったのは港町ではなく、幻想的な里だったのだ。
和風だ。日本の建築や桜の木、そしていたるところから煙が湧き出ている。それに硫黄の匂い。これは元の世界でも嗅いだことがある。
「温泉の匂い…?」
そう、どこからどう見ても温泉の煙、そして温泉の匂いだったのだ。
周囲を見渡したフェリアが思いついたように言う。
「もしかして…温泉郷?…噂にしか聞いたことなかったけど…。」
「温泉郷か…確かにその通りだな。丁度いい、ここで一泊するか。」
俺は後ろにいる二人にそう提案し、久々に見る和風の町を歩いた。昔行った京都のような街並みだ。とても懐かしい気分になる。
「まずは宿を探そう。多分二人は漢字が読めないだろうから、案内は俺に任せてくれ。」
そう言うと、俺は宿屋を探す。【料亭】【着物屋】【和菓子屋】などなどと色々な店が立ち並ぶ。京都の祇園のようだ。
そんな中、俺はその店の中にある、ひときわ大きな建物を見つけた。【温泉旅館ー十六夜亭ー】。俺たちが求めていたものだ。
俺たちは三人そろって十六夜亭に入った。すると間もなく、旅館の女将さんが俺たちを迎えてくれた。
「旅のお方ですね?ようこそ温泉郷ミカグラ、そして十六夜亭へ。」
「えっと、三人で宿泊。一泊したいんですが。」
「承知しました。すぐさま部屋をご用意いたします。」
俺たちは女将さんに案内されて、一番よさげな部屋に向かった。こんな秘境にはそうそう旅人も来ないので、部屋はだいぶ空いていた。
そして俺たちは三人揃って部屋を開ける。
「わぁ…!」
「凄い…!」
「畳だ…!」
俺たちは、それぞれ違ったコメントを漏らした。
その部屋は、三人にはかなり広いと思われる畳の部屋。真ん中には木製のテーブルと座布団、部屋の隅には竹まで飾られている。
「…あれ?この部屋ベッドが無くない?」
「ああ、あそこにある押し入れにある布団を敷いて寝るんだよ。」
「なるほど…極東の文化ね…。」
ソフィの疑問に日本の文化を教えて答える。やはり極東の知識は全くと言っていいほど無いらしい。
現在時刻は午前10時、成り行きで宿泊することにしたが、これからどうしようか。まだ全然時間がある。夜には温泉に入れるから良いものの、これからやることがなさそうだ。
…と、考えていた俺だったが、ソフィがある提案を持ち掛けてくる。
「ねえ、今からこの町を案内してくれない?」
♢♦♢♦
そして俺は、ソフィとフェリアにこの町【温泉郷ミカグラ】を案内することとなった。俺もこの町の事は全然知らないのだが、和文化を知らない二人よりは断然適任だろう。
俺は二人に色んな和文化を紹介して回った。服装、建築、礼儀作法などなど。
和食についても色々教えた。まずは和菓子屋。団子や大福といった和菓子を二人は美味しそうに食べた。俺もそれを久しぶりに食べてみたのだが、やはり和菓子は美味しかった。
そして昼食に彼女らが選んだのは【うどん】だった。天ぷらうどんや月見うどんなどを頬張る。
よく考えてみれば、人間界、というかエルゼンダルクには、麺類はパスタしかないのだ。ラーメン、うどん、そばは見たことがない。ソフィとフェリアも、うどんを新鮮そうな顔で食べていた。
その他にも、神社に参拝したり、またまたおやつを食べたり、自分へのお土産に小物を買ったりして充実した時間を過ごした。なんだか修学旅行の様だ。
そして午後6時。俺たちは十六夜亭に帰って来た。丁度風呂時だろう。俺は部屋にあった黒い浴衣を手に、ソフィとフェリアを連れて風呂へと向かった。
俺は男風呂ののれんを潜ると、さっさと服を脱ぎ、風呂場への扉を開けた。そしてその光景に感嘆する。
「露天風呂…!」
俺の眼前に広がっていたのは、日本庭園を改良したような美しい露天風呂だった。桜の木も植えられ、その周辺の竹が良い雰囲気を醸し出している。
俺は木製の桶で体を流すと、露天風呂へとダイブした。適度な温度とバフ効果でも付きそうなぐらい気持ち良い。俺は体を伸ばして、風呂につかったままくつろいだ。
どうやら隣の女風呂にいるであろう女性陣も露天風呂に入ってきたようで、二人揃ってはしゃいでいる。
「わぁ!凄い、露天風呂だよ!」
「うわぁ…!ねぇ、さっさと入ろうよ?」
「え?まずは体を流してからじゃ…!」
「いいからいいから!」
「きゃッ!ちょっとフェリア?」
実に楽しそうだ。二人が楽しそうにはしゃいでいる様子が頭に浮かぶ。…想像しているわけでは決してない。
「…ソフィリア…あなただいぶあるのね…。」
「な、何がよ…。」
「何がって…その胸部についてるモノだよ。」
「ちょ、急に何言ってるの!?それにそれならフェリアだって!」
「ミッドガルズの女の子ってみんなこうなのかな…?」
「ちょ、止め!止めてってばフェリア!」
「…。」
俺は目を閉じ、平然な顔を維持しながらも、心の中では必死に自分に言い聞かせていた。
「(自制心だ。俺は黒龍にも打ち勝った男。これぐらいの誘惑など恐るるに足らず!)
俺がそう自分の中の悪魔と戦っていると、彼女らのはしゃぎ声がピタリと止まった。
「…あの向こうではエイトが私たちの声を聴きながら色んな想像をしているはず…。」
「…!…エイト君の存在を忘れてた…!」
「…ねえエイト!?どうせ今頃、壁に耳をくっつけて全力で盗聴したりしてるんじゃないの?その声だけで私たちの今状況を想像してたりしたら許さないからね!」
「……。」
否定はしない。肯定もしない。くつろぎすぎていて先程のはしゃいでいた声も今の問いも聞こえなかったということにする。俺の完璧なる作戦だ。
俺がそのまま沈黙を貫いていると、彼女らの声も完全にしなくなった。俺の反応を待っているのだろうか。それにしては長いような…。
「……。」
「エイト?」
「うわあぁぁっ!!お前ら何つーことしてんだ!」
俺が声のした方向を見ると、男湯と女湯を隔てる仕切りから、顔だけ出して男湯を除いているソフィとフェリアの姿があった。これだけ見れば完全な覗き魔だ。
「何って…返事がなかったから見に来ただけだけど…。やっぱり無視してたんじゃない!」
「無視だなんて!ただ反応したら勘違いされると…、」
「勘違い…、やっぱり想像してたんでしょ!」
「してないしてない!想像なんて…少ししか…。」
「…っ…!やっぱりしてたんじゃない!」
そう言うとソフィは怒りのあまり、身体を乗り出してまで俺に向けて怒鳴ろうとした。だが俺が顔を赤くしているのでも見たのか、ソフィは不思議そうな顔をした。俺は必死にソフィに忠告する。
「あ、ソフィリア!」
「ソフィ!そんなに乗り出すと…!」
「ふぇ…?」
俺とフェリアに指摘され、ソフィは自分の体を見た。俺を怒鳴りつけるため体を乗り出していたソフィは、胸が半分ほどまで見えていたのだ。スレスレまで見えてしまっている。
「…っ…!!!」
ソフィは羞恥に顔を赤く染め上げ、下にあったのであろう木製の桶を手に取った。それをプロ野球選手顔負けの投球で俺に向けて投げつける。
「この変態ッ!!」
「ちょ、待っ…!」
俺の言葉は最後まで続かなかった。俺の意識はそこで途切れている。ソフィとフェリアがほぼ全裸で倒れている俺を迎えに来たのは、それから一時間後のことだった。
次回からはアースガルズ編に戻りますよ。久しぶり(?)の対人戦闘です。