異能力軍、戦前演説~5番隊の場合~
ござる……ござるが混ざっている……
冷気は溶ける様に消え、温かな風が草木を踊らせる。春。
そろそろ満開に成ろうか、と桜が残りの蕾を数えている。
心地好い風の中、日本特殊異能力部異能課、異能力軍は集会をしていた。
彼らはこれから要人警護を行う。
とある国の、異能力研究の偉人が来日するのだ。
そこに、異能力保持者を人と認めず、危険要因として排除を求める派閥。その過激派による様々な妨害行為が予想されている。
多少のものなら即時対処が可能なのだが、何せ相手が相手である。要人の身を危険に晒してしまえば、国際問題に発展する恐れがある。
更に身内に潜む工作員の存在も否定出来ない為、警備を任せる人員も厳選する必要がある。
現在の日本は、ようやく異能力保持者の地位が確立された段階だ。
世界規模で考えるならば最も早く順応したと言えるが、あくまでも代表達の過半数が肯定しただけだ。
まだまだ異能力保持者の存在を認めたくない派閥は多く、過激派団体だけでも百を優に越える数が確認されている。
人間とは厄介な物で、共通の敵が居れば、どれ程険悪な仲であろうとも手を取り合い結束するのだ。
考え得る全ての可能性を並べ、それらに対処する事が可能な人材。
イレギュラーな妨害にも、柔軟な対応をする事が出来る者。
皮肉な事に妨害対策は、異能力軍が対応する。
「皆、休め!
まもなく彼の御仁が訪れる。御仁は研究者、戦う術は持たず自衛も不可。
故に、我ら異能力軍5番隊が抜擢された。
異能力軍でも我等のみに可能な依頼だ。
最後まで気を緩めることは許されないと心得ろ!」
現在集まり整列しているのは5番隊だけである。
隊員全員が全く同じ体勢で直立、からの休めの姿勢。どこぞの体育大学を連想させる光景だ。
きっちりと制服を着こなし等間隔に整列、そして同じ姿勢。
この中に居る1人武士が居る。
最前列の中央に、髷を結い、刀を差した武士が居る。
異常な光景だが、誰も何も言わないので見なかった事にしておこう。
異能力軍5番隊。
彼らは軍内で最強の堅物、『隠れ鬼神』と称されている。
主な業務は防衛、戦地へ赴き対象を護衛。派手に暴れる他の隊を余所に、人々をしれ~っと守護する達人集団。異能力もそれに伴って防衛に向くモノが多い。
しかし残念な事に、世間的には地味過ぎて認知されていない。この事は彼らの為、軍の機密事項として扱ってほしい。
「さて、建前はこのくらいで充分だろう。
体勢は崩して良いぞ、しんどいだろ。
緊張は本番まで温存しとけ。
んじゃ、改めまして挨拶。
5番隊隊長、東亜聖羅。
お前達の上司だ。知っていてくれ。
時間も無いし、簡単に言うぞ。
今回は要人警護の依頼だ。
対象には、五郎左衛門の班を付ける。
胡弓、隆一、リタの3班はその周囲を警戒。
何かあった時は、五郎左衛門の指示に従ってくれ。
裕希班と零班は外周を頼む。
オレを含めて残った班で隙間を埋めるぞ。
概ねは事前に伝えた通り、細かい指示は現場で出すからそれに従ってくれれば良い。
まぁ、いつも通りって事だな。
それと、これは相手さんの要望の様なんだが、身辺警護の班は袴を制服として着てほしい。
8番隊から借りてきたから、後で適当に着替えてくれ。
護衛対象はかなりの親日家らしくてな、多分写真とかも頼まれると思う。
気が抜けるかも知れんが、仕事を忘れないようにしてくれ。
オレからは以上だ。
何か言いたい事ある奴、今のうちだぞ」
言いたい事を言い終わったら、すぐにマイクを置く。
5番隊隊長東亜は、この様な挨拶が苦手なのである。先に述べていた建前の挨拶も、数日前から副隊長と相談してカンペを作っていたのだ。
たった数分の挨拶が、彼にとっては護衛の仕事よりも大変らしい。
多少時間が余った様だ。
言いたい事のある隊員が、キレのある動きで挙手をしていた。
「隊長の所の息子さんって、学生代表の挨拶をするんスか?」
長くなるので、多くを割愛。
東亜の息子が、全国に5校ある異能学園、その中で最優秀成績グループに入っているのだ。
押さえてはいるが、隠しきれないドヤ顔を見せて答えた。
「いや、空雅は喋らないらしい。挨拶は班長の杢馬君だったはずだ。
そうだ、4番隊の華夜ちゃん。あの娘も一緒のグループだぞ。
無理矢理にでも学園に編入させた甲斐があったな、宮村経由で感謝が伝えられたぞ、やったなお前ら!
正直、オレとしては息子より華夜ちゃんが学園生活を楽しんでる方が嬉しく思う」
これも詳しくは割愛。
特殊な事情で軍と学園の両方に在籍している少女が居るのは、異能力軍周知の事実。
彼女に世話を焼き焼かれた人物は数知れず。一部トラウマを植え付けられた者も居るが、基本的には愛されている。
5番隊の隊員の殆どは、華夜の事が大好きなのである。自分達の経費を4番に所属する華夜の為に使ったり、華夜の好きなアーティストを呼び寄せたりと、時々暴走だってする。
世代的にも、ちょうど娘に居ても可笑しくないこともあり、5番隊には自称父親と自称姉が大量に居る。
その様な欠点さえ無ければ、異能力軍5番隊は優秀で扱いやすい、とても模範的な部隊なのだ。
「まだ時間あるな。
━━━…もしもし? 空雅? 華夜ちゃんは居るか? あぁ、代わってくれ。……華夜ちゃん、ちょっと何か言ってくれないか?」
息子に電話を掛けた隊長は、近くに待機しているであろう華夜に取り次ぎを求める。
実の息子にこの対応である、別に愛していない訳ではない。ただ華夜の方が好きなだけである。息子は息子できちんと愛しているが、もうそんな年齢でも無いのも事実だ。
二三言交わすと、電話をスピーカーに切り替えて、マイクに近付けた。
「華夜ちゃんに代わるぞ
『━━…アーアー、聴こえてっか?
アタシだ。華夜だ。
どうせアレだろ、聖羅さんのスピーチが続かなかったんだろ。
え~っと…応援してるぞ! 頑張れ!
ん? あ、うん……分かった。
悪い、電話バレたから切るわ。
あっ、今日のアタシは学生だからな!
怪我だけはすんなよ、ホント頼むから怪我すんなよ!
そこに水門護さん、居るだろ。
何かあったら電話してくれ。
じゃあな!━━……』
お前ら聴いたか?
今日はオレらが、ただの気の良いオヤジとアネキでは無いって所を、華夜ちゃんに魅せるぞ!」
何事も無い5番隊だであれば、能力は申し分無く、部隊は非常に洗練されている。
だが、特定の要因が絡むと変わる。変わってしまう。
宮村 華夜。彼女が絡むと、5番隊はアホになる。
面倒な話になるので分かりやすく簡潔に言うなら、やはり彼女が絡むと単純になるのだ。
華夜の頑張れ、の一言でモチベーションを爆上げした5番隊は、作戦を開始した。
5番はその後、日本最強のボディーガードとして世界に名を轟かせたのだが、別のお話。
そんな事よりも、妨害の対処で怪我を負った隊員に華夜が説教をしたせいで、羨ましく妬ましく代わってほしくて暴走した結果、一週間ほど華夜から避けられてしまった事が堪えたらしい。
隊長はそれなりに親バカです。
演説とかは苦手なタイプで、隊員もそれを理解しています。なので許して上げてください。良い奴なんです。
喋らせるかどうかで悩んだ結果、台詞がなかった武士。
気に入っているので紹介しますね。
水門護 五郎左衛門と言います。
武士の家系に生まれ育ち、幼少より厳しくしつけられた彼は、少々頭が固くなってしまいました。
その結果、色々あって髷を結い、袴に刀を標準装備とした人物が出来上がりました。
弱き者を放って置けないタイプの人間で、彼の味方は非常に多いのです。
よし、満足です(*≧∀≦*)
1〜9までのシリーズです、良ければ覗いてやって下さい。