第六話 夢でもエルは怖い。
【兵士宿舎二階】
「エル、勘弁してー!!…………はっ! 」
……エル……は、いない……よな?
……なんだ夢か。
まさかエルから『極大火炎呪文』でお仕置きされる夢を見るとは……。
まさかエルがいないのに夢でエルに起こされるとは。
「……って時間は!? 」
確か柱に時計が掛けてあったよな!
……良かった、まだ時間あった。
俺は寝坊してなかった。
……結局エルに起こされたのか俺は。
トラウマになってるのかエルのお仕置きが?
……あり得るなマジに。
【中央広場】
「兵士長さん、おはようございます」
広場には兵士長さんとその部下の人達がすでにいた。
みんな早いな。
「おはようキット君。昨日言ったように今日はレーニングの町に行ってもらうことになるよ」
レーニングにやっぱ行かないダメだよね、メンドイな。
……空気読んで口に出さないけどな。
「レーニングの町には彼ら三人と一緒に行ってもらうよ。お前達、この子がさっき言ったキット君だ」
この人達と一緒に行くのか。
魔獣と戦わなくていいなら楽だな。
「ヘイヘイ、オレはクーゴだぜ。ヘイヘイ、よろしくキット! 」
『ゴブリン』の兵士さんはクーゴさんか。
ゴブリンの人はみんな小さいよな。
クーゴさんの身長も俺の腰ぐらいだし。
クーゴさんは兵士らしくないな。
なんか近所のお兄さんって感じだ。
「初めましてキットさん。私はサージョと申します。よろしくお願いしますね」
サージョさんは『デビル』か。
俺よりも身長はデカイな。
二メートル位かな?
デビルの女性ってスタイル良くってモデルみたいだな。
頭に生えた角がカッコイイ。
サージョさんはクーゴさんと違って真面目そうだ。
「……チョーハ……」
え? それだけ?
この『オーガ』さんは無口だな。
そしてサージョさんよりデカイ、俺の倍以上の身長がある。
持ってる槍とタワーシールドもデカイな。
「キットです。よろしくお願いします」
「三人ともキット君と仲良くね。キット君はクーゴ達の任務に同行するち形になるから」
ですよね。
俺だけの為に兵士さんが時間割いてくれないよね。
それよりも、
「兵士長さんは一緒に来ないんですか? 」
「僕はユートピアでの仕事があるから同行出来ないんだよ、残念だけどね」
やっぱり兵士長さんは来てくれないか。
若い頃の親父の話とか聞いてみたかったな。
仕方ないけどな。
【レーニングに向かう道中】
この馬車早いな。
前世の自動車並のスピードあるよな、多分。
馬が『ユニコーン』だからかな?
ユニコーンって凄いんだな。
「ヘイヘイキット。お前って魔界騎士なんだよな? 」
「え、はい。そうですが」
いきなりクーゴさんが話し掛けてきた。
この人ってノリ軽いよな。
「ヘイヘイ、やっぱ魔界騎士になると女にモテモテ? 毎日女を取っ替え引っ替え?」
「え? いやそんな事ないですよ」
魔界騎士になれば女の子にモテるの?
それは初耳だ。
もし本当にモテるならヤル気出すよ俺。
「コラ、クーゴ! キットさんが困ってるでしょ。」
「ヘイヘイ、いーじゃんかよサージョ。コミニケーションは大事よ? 」
「……」
クーゴさんとサージョさんは仲悪いっぽいな。
見るからに性格真逆だもんな。
そしてチョーハさんは何も言わない。
黙々と御者をしてる。
「……クーゴ、サージョ……」
いきなりチョーハさんが喋った。
なんかあるのか?
「魔獣ですか?」
「ヘイヘイ、そろそろ運動したいと思ってた所だぜ」
魔獣!?
嘘! 何処に居る?
……見渡す限りの草原の何処に魔獣が……。
「……来る……」
そう言うとチョーハさんは馬車を急停車させた。
あっ! 目の前にある丘が崩れる!
「ガアアアア゛!!! 」
丘の土の中から巨大な魔獣が!!
あれは『ベヒーモス』!
長い毛で覆われた体、太い四足、巨大な爪と牙と角、間違いないベヒーモスだ。
「ベヒーモスですか。サイズは十メートル以上はありますね」
「ヘイヘイ、やりがいあるじゃん!」
「……ベヒーモスはこの馬車より早い……逃げれないな……」
マジですか!?
ベヒーモスはセントラル地方でも最強クラスの魔獣だよ!
ってか三人共なんでそんなに落ち着いてるんですか!?
「キットさんは馬車から離れないで下さい」
「ヘイヘイ、キットはオレらの戦いっぷりを特等席で見てると良いぜ!」
「……」
そう言うとサージョさんは杖を、クーゴさんは片刃の剣を、チョーハさんは槍とタワーシールドを構えた。
お揃いの鎧が決まってるぜカッコイイー!
……て、現実逃避してる場合じゃなかったな。
「ヘイヘイ、頼むぜサージョ」
「分かってますよ『速度強化呪文』」
サージョさんはクーゴさんに強化呪文をかけた。
そして、そのままクーゴさんは正面からベヒーモスに向かっていった。
……って正面からは危険でしょ、クーゴさん!
ベヒーモスはクーゴさんの十倍はデカイんですよ!
「スーッ……ガアアアア゛!!」
ヤバイ!
あれはベヒーモスのスキル『炎のブレス』だ!
「…………」
「いきます『氷結呪文』! 」
俺の目の前に炎の津波が!
俺は思わず目を瞑る。
……熱くない?
恐る恐る目を開けると盾を前に構えたチョーハさんと氷の壁に囲まれたサージョさんが。
……二人が守ってくれたのか。
クーゴさんは!?
……いない、クーゴさんが。
「ヘイヘイ、お腹がガラ空きだ」
いた!
クーゴさんいつの間にベヒーモスの下に?
『速度強化呪文』でスピードが上がってるにしても早すぎるよ!
「ヘイヘイ。オレの得意スキルを喰らいやがれベヒーモスちゃん、『疾風斬り』! 」
「グゥ゛ッッ!!?」
ベヒーモスは腹を斬られて痛そうにしてる。
「クーゴ先走らないで下さい! 『炎呪文』」
流石本職の兵士サージョさんだ。
俺の『炎呪文』の七、八倍はありそうな炎を軽々と放った。
「グゥ゛!」
……あんま痛そうにしてないなベヒーモス。
「やはりベヒーモス相手に『炎呪文』は相性が悪いですわね」
マジかよ!? あれ程の『炎呪文』で効かないなら俺のだったら全く効かないよな。
「ヘイヘイ。サージョは下がってオレのカッコイィー活躍見てなよ」
「調子に乗らないで下さい!」
「……」
スゲー、ベヒーモスを前にして口喧嘩してるよ二人共。
そして相変わらず無口だなチョーハさん。
「グゥ゛、グワアアアア゛!!」
ゲッ! 突っ込んできた!!
あんな巨体にぶつかったら馬車ごとバラバラにされる!
「……下がれ……」
チョーハさんが前に出た。
まさか受け止めるのか?
無茶過ぎるでしょ!
痛った!!
メッチャデカイ激突音が耳を刺した!
「……」
マジっすか!?
防ぎったよチョーハさん!
チョーハさんの何倍もの体格のベヒーモスの体当たりを止めたよ!
「……」
そのままチョーハさんは持ってる槍でベヒーモスの足を突き刺した。
「ガアア゛!」
……痛そう。
てかクーゴさんもチョーハさんも普通に攻撃してるけどベヒーモスの体毛って鋼鉄並に硬かったよな?
「ヘイヘイ、オレを忘れるとは生意気な魔獣だぜ」
クーゴさん、いつの間にベヒーモスの背中に?
「ヘイヘイ、背中にキッツい一撃ブレゼントだぜ!」
「ガアアアア゛!!!」
見事に剣が刺さったな。
クーゴさん小柄だけど結構パワーあるよね。
「ヘイヘイ、サージョ。イカしたトドメを決めなよ!」
「指図しないで下さいクーゴ! 『雷呪文』!」
なんであの二人は喧嘩しながら戦えるんだ?
サージョさんが杖から放った雷撃はクーゴさんの剣に直撃した。
てか、また移動してるしクーゴさん。
本当にいつの間にサージョさんの横に?
「ガアアアアアアアア゛ッッ!!!」
剣を伝ってベヒーモスの体内に雷が巡ってるな。
本当に痛そうだ。
ベヒーモスはその巨体を地に着けた。
凄いな本職の兵士さんは。
俺が戦ったら間違いなく瞬殺されて復活待ち確定だよな。
「ヘイヘイ、ベヒーモスの角と毛皮は高く売れるし持ってくか? 」
「馬鹿言わないで下さい。我々は公務中ですよ!」
「ヘイヘイ、ジョークジョーク。あんまカッカするなよ」
「……」
また喧嘩してる。
飽きないのかな?
チョーハさんは相変わらず黙々と馬車の点検してる。
何だかんだバランス取れてるよなこの三人。
……ちょっと羨ましいな。
俺にも仲間が出来たら、こんな風になるのかな。
「クーゴ真面目にやりなさい! 『炎呪文』、『雷呪文』、『氷結呪文』! 」
「ヘイヘイ、当たらないぜサージョ! 」
……やっぱこんな風になりたくないや。
「……」
そしてチョーハさん魔法が飛び交っても黙々と仕事してる。
一番凄いのはチョーハさんだな、間違いなく。
「ヘイヘイ、キット。今度はキットの実力をオレらが見る番だぜ」
「へぇっ? 」
この人何言ってんの!?
「そうですね。キットさんの実力も把握しとく必要はありますからね」
サージョさん、さっきまで喧嘩してたのにクーゴさんに同意しないで!
「……」
チョーハさんお願いだから今だけは何か言って! てか二人を止めて!
「大丈夫です。キットさんは『不死身』でしたよね?」
何で知ってんすかサージョさん!?
「ヘイヘイ、骨は拾ってやるぜ」
上手いこと言ったなクーゴさん!
「……二時の方向……サーベルウルフ……数は五……」
チョーハさん喋ったと思ったらそれですか!?
つか、またサーベルウルフかよ。
サーベルウルフに俺は縁があるのか?
「ヘイヘイ、キットやっちまいなよ」
「キットさん焦らず冷静に対処しましょうね」
「……」
……逃げ道、無いな。
今回は戦わずに済みそうだったのに。
ちくしょー、ヤケだー!
「コンチクショー!! 」
絶対この後は復活待ち確定だなコレ。
本当にコンチクショーだよ!
……結果だけ言うとサーベルウルフにズタズタにされて、間一髪でクーゴさん達に助けてもらった。
オマケ
『ベヒーモス』
十メートルを超える巨体に巨大な角を持つ魔獣。現在キットが居るセントラル地方では最大級の魔獣だ。
その巨体での体当たりやスキル『炎のブレス』を得意とする。何より厄介なのは固有スキル『鉄毛』。
この固有スキルでベヒーモスには生半可な攻撃や魔法は効かない。
平均的な兵士や冒険者だと最低十人以上での討伐が推奨されてる。