第五話 親父の名前忘れてた。
【ユートピア兵士宿舎】
宿舎に戻るまでに頭が冷えた。
本当にさっきの俺は俺らしくなかったな。
「さて、これからどうするキット君? 」
「どうするとは?」
イースト地方行って裏切り者を探すんじゃないの?
メンドイけど。
「いや、今は裏切り者の情報が圧倒的に足りない。我々は裏切り者が何人いるかすら知らないのだならな」
あー、確かに。
裏切り者が複数いるならイースト地方だけ行けばいいって話にはならんよな。
それこそ、魔界帝国全部探さないといけない可能性があるからな。
……想像しただけで疲れる、そしてメンドイ。
前世の世界みたいに国境が無いだけマシだが。
魔界は魔界帝国しか国が無くて良かったよ。
移動するたびにいちいち出入国の手続きしてたらメンド過ぎる。
「そこで僕から提案だ。キット君は少しの間、戦闘訓練しないか? 失礼だが君は実戦不足たろ? 」
なんで分かったんだ?
確かに俺の戦闘術は親父とエルに少し教えてもらった程度。
ぶっちゃけ素人の護身術レベルだ。
「なんで分かったって思ってる? 分かった理由は歩き方だよ。君の歩き方は一般人のそれと大差ないからね」
歩き方で分かるのかよ!
兵士長さんスゲーぜ。
「ハッキリ言おう、今の君だと魔界騎士としては役不足だ。だから人間退治をする前に戦闘技術を磨くのがいいと思う」
スッパリ言い切ったよ兵士長さん。
まあ、メンドイけど訓練しないと昨日みたいになるからな。
「まずはユートピアの東、『レーニング』の町を拠点にして兵士達と訓練すると良い。魔獣を相手に戦いの経験を積むのも有効だろう。その間に裏切り者の足取りと人間の情報を僕達兵士が調べるよ」
うわー、メンドイ。
でも断れる雰囲気じゃないよな。
「あっ、あの……」
圧倒されてずっと何も言えんかったがやっと言えた。
「質問かい?」
「どうしてそこまで俺に良くしてくれるのですか? 」
有難迷惑だけど善意でしてくれてるからね。
でも魔界騎士ってだけで良くしてくれるにしては至れり尽くせり過ぎる。
「……キット君、魔王様が昔は魔界騎士だったのは知ってるかい?」
「はぁ、少しは」
何故このタイミングで親父の話が?
「昔、まだ魔王様が……アダルさんが魔界騎士だった頃にね、僕はアダルさんにお世話になった事があるんだよ」
そいや親父の名前ってアダルだっけ。
すっかり忘れてた。
てか兵士長さんは親父の知り合いだったのか。
「あの人に当時まだ新兵だった僕は、大事な事をアダルさんに教えて貰った。その恩返しがしたいってのが理由かな」
「はぁ、どうも」
……何て返事していいか分からん。
なんか体中こそばゆい感じがするぞ。
「もう一つ質問が。どうして俺が魔界騎士に任命されたんですか? 親父の息子って理由では魔界騎士には任命されないんですよね? 」
これは聞いとかないと。
マジで意味不明なんだよね。
俺よりも魔界騎士に相応しい人は沢山いるだろうって思うし。
例えば目の前の兵士長さんとか。
魔王の息子だから、元魔界騎士の息子だから、『不死身』だからだけだと理由が弱いと思うんだ。
「……それはアダルさんに直接聞きなさい。僕から言えるのはアダルさんは無意味な事は絶対しないってこと。キット君を魔界騎士に選んだ事には『不死身』以外にも理由がある筈だよ」
結局兵士長さんは教えてくれなかった。
まあ親父は無駄を嫌う人だから絶対理由はあるとは俺も思う。
いつか親父に直接聞くか、メンドイけど。
「……フッ」
何故兵士長さんに笑われた、俺!?
「すまない気を悪くしないでくれ。君が考え事をする姿が若い頃のアダルさんソックリでね。昔を思い出してたんだ」
「いえ、細かい事は気にしない主義なんで大丈夫です」
俺が親父に似てるか?
確かに親子だから似てるかもしれないが。
なんか嬉しような恥ずかしいような複雑な気分だな。
「今日はここに泊まりなさい。二階の空いてる部屋を使ってくれて構わないよ」
「ありがとうございます!」
ラッキー、宿代浮いた。
昨日は草原で気絶してたから今日こそはベットで寝たかったんだよね。
「明日は朝八時に中央広場に来てくれ。食事は食堂で用意させるよ」
「わっかりました! 」
さぁ早速部屋に行くかな。
フカフカのベットちゃん待っててね。
「……性格は母親似みたいだね……アダルさん」
……部屋を出る直前に俺の後ろから兵士長さんの独り言が聞こえた。
……俺の母親か。
俺の性格は母親に似てるの……かな。
まあ細かい事は気にしないのが俺だけどね。
オマケ
魔族と魔獣の違いは知性の有無。知性のある者は魔族、無いものが魔獣とされている。
一部、魔族と魔獣両方に存在してる種族もいる。(例、ドラゴンなど)
人間は知性がある為、魔界帝国では一応魔族として扱われる。(もっとも市民権は当然持ってない)
その為、人間も魔界帝国の法律が適用される。