第四話 焼き肉定食は美味しい、でもエルの料理はもっと美味しい。
【次の日の朝】
…………………うぅ……ここは?
って俺はサーベルウルフに負けて!?
……サーベルウルフはいないよ……な?
……東の空に太陽が青く輝いてる。
てことは朝か。
そっか、サーベルウルフに頭部を破壊されて気を失ったのか。
……相棒は!!?
良かった、俺の足元にあった。
大丈夫か相棒?
……大丈夫って言ってる気がする。
良かった相棒。
俺の体は気絶してる間に復活は終わってるな。
防具と魔法袋は……よし、防具はキズが少しあるくらいだな。
盾が少し凹んだがこれも気にしなければ大丈夫だろう。
魔法袋も無事だ。
まぁ、『不死身』で良かったかな。
あー、安心したら腹減った。
昨日は気絶して晩飯食いそこねたからな。
よし、ユートピアに戻って飯を食おう。
その後に兵士宿舎に行こう。
【ユートピア、とある定食屋】
「お待たせしました、こちら焼き肉定食です」
おー、待ってました。
ゴブリンのウエイトレスが元気よく持ってきてくれた。
腹減ったから今日は朝から焼き肉定食にしたぜ。
肉の焼けたジューシーな匂いが腹まで届きそうだ。
では、
「いただきます」
まずは肉から。
パクッ!
ウマイ! 肉が硬すぎず柔らかすぎない。
噛むたびに口の中に肉汁の旨味が広がる。
味付けがシンプルに塩だけだがそれが良い。
塩のしょっぱさ、ほのかな甘みが肉の旨味とよく合ってる。
次は付け合せのサラダ。
これもウマイ! シャキシャキした食感とみずみずしさが口の中を洗うようだ。
ドレッシングはクドすぎなくてコレも良い。
次はスープ。
これは何のスープだ?
っ! 見かけでは分からなったがこれは魚介スープだ。
魚のうま味がタップリ凝縮してる。
でも魚特有の臭みは無い。
たぶん香草が入ってるのかな?
濃厚だけどクドくは無い。
このスープもウマイな。
ご飯は特盛りだがドンドン腹に入る。
肉汁を染み込まして食べるからご飯も旨い。
【朝食後】
ふーっ、ごちそうさま。
満腹、満腹。
「ゲップッ!」
いけね、下品ってエルに怒られる。
……エルは一緒じゃ無かったんだよな。
この店の定食も良かったけど、エルの作ってくれた料理が一番だな。
昨日、旅立ったばかりだけどエル元気かな?
……腹も膨れたし頭を切り替えて兵士宿舎に行くか。
【ユートピア兵士宿舎】
「初めましてキット君、僕は兵士長のゲンヨウだ。昨日はせっかく来てもらったのに済まなかったね」
「初めましてキットです」
良かった、昨日は兵士長さんが宿舎にいたよ。
兵士長さんは『ゴースト』なのか。
体がユラユラ揺れてスケてるな。
眼鏡が似合うナイスミドルな人だな。
「さて、君は魔界騎士で間違いないよね。一応身分証を見せてもらって良いかな?」
「身分証?」
アレ? そんなの持ってたか?
「たぶん魔王様から渡されてる筈だけど?」
親父から?
ひょっとしてアレか?
アレなら魔法袋の中に入れっぱなしだ。
「このカードですか? 」
「それそれ、それが魔界騎士の身分証だよ」
この小さいカードは身分証だったのか。
「疑うような真似をして悪かったね。今回の事件は裏切り者が何処に居るか分からないからね、確認はしとかないと」
それは理解できる。
なにせ裏切り者の情報は全く無いからな。
「さて、何処から話そうか。ちなみにこの部屋は特殊な魔法で遮音されてるから盗み聞きされる心配はないよ。この部屋は兵士の為の相談室だからね」
兵士のプライバシーを守る為の部屋なのか。
だから兵士宿舎に俺は呼ばれたのか。
「まずは人間の討伐状況から話そう。人間の討伐自体は実はそれほど苦戦してないんだ。人間が我々魔族ほど強く無い者が多いからね。人間の魔法も魔界の魔法に比べたら弱いし」
そうだよな、人間の身体能力は魔族に比べたら劣るだろう。
魔法は魔界と人間界では違うとエルが言ってたしな。
……ただし、人間の怖さは純粋な強さではない。
「問題は魔界で発見される人間が日に日に増えてる事だ。さらに人間も学習してるのか潜伏の仕方が巧妙になってきた。倒すより探す方が難しいんだよ」
そう、人間の怖さは数と狡猾さ。
前世の人間も肉体は貧弱だったが数と知能を最大の武器にして地球の支配者になったんだよな、確か。
「魔界は広い。魔獣に襲われるリスクはあるが平原や森、山など潜伏する場所は沢山ある」
魔界は地球より広いが、魔族の人口は地球より少ない。
潜伏されたら探すのはメンドイよな。
「しかも裏切り者の情報はほとんど無い。裏切り者は次元穴を発生させたら直ぐにその場を離れてるようなんだ」
……本当に臆病な裏切り者だな。
「では裏切り者の事は全く分からないんですか?」
「いや大雑把には動きは分かったよ。人間が現れる場所は最初はこのユートピアのある『セントラル地方』だった。それが最近は東の方で人間が目撃されている。裏切り者は『イースト地方』に向かいなが次元穴を発生してるみたいだね」
そうか裏切り者は次元穴を発生させながら移動してる。
人間の目撃情報を追いかければ裏切り者がいるよな。
「済まないけどこれ位しか情報が無いんだ。キット君には人間の目撃情報を頼りにイースト地方に向かって貰うことになるよ」
メンドイな情報が少なすぎて。
これだけで探すのはかなり難しくね?
「あと今後のために人間を見とくかい?」
「え? 人間がここにいるのですか? 」
「裁判にかける為にユートピアに連れてきた人間がいるんだよ」
マジか。
少し確認しときたいことがあったんだ。
いい機会だよな。
「俺、会ってみたいです」
「なら、これを渡しとくよ。これは翻訳の魔法が掛かった『翻訳クリスタル』。人間の使う言葉は我々と違うからね。今後も使う事があるだろうから五つほど渡しとくよ。ちなみに使い捨てじゃないから安心して」
「ありがとうございます」
スッゲー便利だな。
これをタダでくれるとは兵士長さん太っ腹!
【ユートピア刑務所】
刑務所って初めて来たけどイメージしてたよりずっと綺麗だな。
それに『魔法灯』で結構明るい。
そいや前世の蛍光灯って魔法灯に似てたな。
魔力使うかの電気使うかの違いはあるけど。
「着いたよキット君」
……檻の向こうには人間の青年がいた。
身なりは薄汚れてる。
前世では俺も人間だったけど改めて見ると変な感じだな。
「※※※※※※※※!!」
何言ってるかサッパリ分からんな。
「キット君、さっき渡した翻訳クリスタルに魔力込めて使うんだよ」
「はい」
兵士長さんはそう言うと自分の翻訳クリスタルに魔力を込めた。
俺も翻訳クリスタルに力が流れ込むイメージで魔力を込める。
……クリスタルが光った。
「※※※※い化物ども、オレを出せ!!」
青年の言ってる事が分かるようになったな。
……そうだよな、青年から見たら俺たち魔族は化物に見えるよな。
「駄目だ人間よ。略奪と殺人を犯した者を出す事は出来ない」
「はっ、化物が人間様に偉そうにするんじゃねぇ。いいから出しやがれ」
兵士長さんは威厳たっぷりに言い切った。
それに言い返す人間。
……人間ってこんなに自分勝手で傲慢だったけ?
それとも前世の人間とは違うだけか?
「人間よ、お前は魔界帝国の法によって裁かれる。それまで大人しくしてろ」
「うるせー! 化物の法で人間様を裁くとかいってんじゃねぇ! いいから早く出せ幽霊野郎!」
残念ながら魔界帝国の憲法で、
「知性ある者は種族に関係なく平等である」
と定められてる。
人間も知性があるから平等に法の裁きがあるぞ?
「兵士長さん、少しだけ彼と話して良いですか?」
「構わないが余り刺激しないように。人間は凶暴で凶悪だからね」
分かってますよ。
でも確認しないと。
これは必要な事なんだ。
「……なんだよ、骸骨の化物?」
「……アンタは罪の無い人から略奪して、傷つけて、殺して心が痛まないのか?」
……これだけは聞かないと。
「はぁ? 化物から奪おうが殺そうが心が痛むわけねぇだろうが。てめぇら化物はオレの為の獲物なんだからよ」
……………よし、スッキリした。
前世の記憶のせいで人間と戦うことに迷いがあった。
だが、これで大丈夫。
今ハッキリした。
……コイツら人間は俺たち魔族の敵だ。
「答えてくれてありがとう人間。ついでに一言……地獄に落ちろ、クズ野郎!」
「化物が! 人間様に向かって!!」
人間が何か言ってるが俺の耳にはもう届いてない。
もう用は済んだからな。
「行きましょう兵士長さん」
「……刺激しないようにって言ったよね?」
「すいません、でも……」
「いや良いんだキット君。僕も少し怒ってる。……あれは絶対許してはいけない生き物だ」
あれは決して許してはいけない。
俺も赤の他人がどうなろうがそれほど興味無い。
それでも傷つけて殺して平気ではいられない。
だが人間は心が痛まないと言い切った。
……これで、人間と戦う時は迷い無く殺せる。
人間が魔族を殺すのに罪を感じないなら俺も人間を殺すのに遠慮はしないぞ?
……俺がこんな事考えるとは……今日の俺は俺らしくないな。
オマケ
魔界の町には大きな塀で囲まれており、村では魔獣避けの魔法が掛けられた柵で囲まれている。入口には常に兵士が待機していて定期的に見回りしている。
『首都ユートピア』
魔界帝国の首都で政治、経済の中心地。
魔王が住む魔王城が首都の北側にある。また魔王城は国会議事堂も兼ねている。
ユートピアは魔界で最も発展した街である。
名前の由来は初代魔王が 『ここ永遠に平和が続く理想郷となれ』 という願いを込めて命名した。