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(九) 二人


(九) 二人


 空腹で目が覚めた。

 ずいぶんと寝込んでしまったようだ。

 時計を見る……時間ちかく経っていた。

 

 コンコンコン!


 ふいに部屋をノックする音が聞こえた。


「おーいヒロシ、そろそろ飯の支度をしようぜ」


 ドアの向こうからアキオの声がした。

 そうだった……俺、料理当番だった。すっかり忘れてた。


「ああ、今行く」

 あわてて服を着込んで部屋を出た。

 

「ハラ減った、さっさと作っちまおう」


 外で待っていたアキオはそう言いながら食堂へ向かった。

 俺も後に続いて食堂に入ってエプロン付けて料理開始!

 料理と言っても、缶詰を開けて鍋で煮て、冷凍食品を解凍して、

 食器に盛り付けるだけの簡単なお仕事です。


 こうして出来上がったのは、クラムチャウダー、ピザトースト、

 ポテトサラダ。うーん実に粗末なメニューだ。

 でも食料の備蓄が少ないし、しょうがないよね。

 地球に戻ったらタテだかヨコだかわかんないステーキ食うんだ俺。


 五人分の食事をテーブルに並べてから、俺は船内放送用のマイクで

 呼び出しを掛けた。


「食事ができました、みなさん食堂にお集まり下さい

 食事ができました、みなさん食堂にお集まり下さい」  


 大事なことなので二回言いました。

 

「先に食っちまおうぜ」


 アキオはそう言いながらピザトーストにかぶりついた。

 俺もクラムチャウダーを啜った。味が濃く、コッテリしている。

 だがアサリのダシが効いていてウマい。何杯でも食える気がした。

 およそ十二時間ぶりの食事……五臓六腑に染み渡る。


「船長たち、遅いなぁ、何してるんだろう」


 アキオがぼそっと呟いた。

 そのあと十分ほど経ったけど、誰も食堂に来ない。

 船長、課長、ミレイのメシがすっかり冷めてしまった。

 

 ふとエルザさんの死に顔を思い出して、俺は不安になった。

 名状しがたい恐怖が心中に渦巻いてゆく。

 

「心配だな、ちょっと様子を見てくる」

 俺は立ち上がって食堂を出ようとした。


「待て、俺も行く」

 そう言いながらアキオも席を立って俺に付いてきた。


 二人で通路を歩き、船長の部屋の前に立った。

 ドアをノックする……返事がない。嫌な予感がする。


「船長、ヒロシです、大丈夫ですか?」


 もう一度ドアをノックするが、やはり返事は無い。

 

「どうする? 入るか?」


 アキオが聞いてきたので、俺は無言でうなずき、

 そっとドアノブに手をかけた。

 電磁式ロックは……かかってなかった。

 すんなりとドアが開く。

 刹那、強いアルコール臭がを突いた。


「うっ、酒くさっ」


 アキオが顔をしかめる。

 中を覗いた。

 床にはたくさんの酒瓶と、そして大男がうつ伏せで転がっていた。


「船長!」


 あわてて駆け寄って船長の肩を揺さぶった。反応は無い。

 首筋に手を這わせ頸動脈の脈動を調べて、俺は愕然とした。


「脈がない」


「呼吸はどうだ?」


 アキオに言われて、俺は船長の口元に耳を当てて呼吸を確かめた。

  

「だめだ、息をしてない……死んでる」

 頭を左右に振った。


「そんな、船長……」

 アキオが悲嘆の声を上げる。


「と、とにかく医務室へ運ぼう」


 担架で船長を医務室に運び診察台に乗せた。

 着衣の乱れや外傷は無い。なぜ死んだのだろうか?

 船長の部屋には酒瓶がたくさん転がっていたことから、

 急性アルコール中毒の可能性が高いが、

 俺は医師ではないので死因の特定など出来ない。

 毒物混入による他殺……という線もあり得るのだ。


 死因も、そして死亡推定時刻も全く分からない。

 ただ船長の脈を調べたときに、肌が冷たかったことから、

 死後かなりの時間が経過しているのは確かだ。

 船長を死体袋に詰めて、冷凍カプセルに入れた。


 エルザさんに続いて、今度はゴードン船長が死んだ。

 もはや事故死というレベルの話ではない。

 殺人鬼は間違いなく居る。課長やミレイは無事だろうか? 

 安否を確かめなければならない。俺たちは医務室を出た。


 ミレイも課長も食堂には来ていない。

 とても嫌な予感がする。俺は早足で通路を歩いた。


 アキオはミレイの部屋の前で立ち止まり、ドアをノックした。

 応答はない。何度も叩いたが、沈黙したままだ。

 

 俺は急いで課長の部屋に行った。ドアが少し開いている。

 背筋が冷える。心臓の鼓動が増してゆく。


 隙間から中を覗いた……床に誰かが倒れていた。

 赤髪の女性だった。


「嘘だろ……」


 俺はドアを開けて、課長のそばに寄った。

 ショックで声が出なかった。脈も呼吸もない。完全に死んでいる。

 頬にそっと手を当てる……すっかり冷たくなっていた。


 課長をベットに乗せた。外傷は無く、死因は不明だ。

 俺は課長の遺体を抱きしめた。心の中に悲しみが広がってゆく。

 

 犯人は誰だ? 連続殺人の犯人は……アキオか? 

 いや違う。もしもアキオが一連の犯罪のホシであれば、

 食事の時に毒を盛って俺を殺そうとしたはずだ。

 あるいは寝起きを襲うことも出来たはずだ。

 そうなると犯人はミレイか? 

 でも、あんな繊弱そうな少女が犯人だというのか?


 俺はポケットから銃を取り出した。銃把を握る。

 エルザさんから拝借したベレッタM999だ。

 セーフティを解除する……これでいつでも発砲できる。

 

 ふと背後に気配を感じた。振り返ると部屋のすぐ外に

 アキオが立っていた。


「ヒロシ、ミレイは部屋に居なかった。課長は……」

 そう言い掛けたところで、アキオは絶句し、

 俺が持っている拳銃を見てじりじりと後ずさった。


「死んだよ」

 俺は静かに言った。


「ヒロシ、おまえが殺したのか? その銃で?」

 震え声だった。


「違う、俺じゃない。

 俺が来たときには既に死んでいたんだ」


「じゃあ、なぜそんなものを持ってるんだ?!」

 アキオの顔がこわばっていく。


「エルザさんの部屋にあったので借りたんだ」

 俺はゆっくりと立ち上がった。

 銃口を下に向け、敵意が無いことを示す。

 

「ヒロシ、おまえが犯人だ」


「なんだと?」


「ミレイが犯人だとはとても思えない。

 あんなか弱い女の子に人を殺せるわけがないからな。

 残ってるのはおまえだけだ!」 


「待て、話を聞け」


 アキオは逃げ出した。俺も後を追いかけたが、

 彼は素早く自室に入り込んでしまった。


「聞いてくれ! 俺じゃない、俺じゃないんだ!」

 

 俺は閉ざされたドアの前で必死に叫んだ。

 

「ヒロシ、今まで一緒に走ってきたのに、

 友達だと思ってたのに」


「俺たちは友達だ……

 今までも、これからもずっと友達だ」


「黙れ! この人殺しが!」


「俺は殺してない!」


「あと六日で警察の船と合流する。

 そしておまえは逮捕される。

 間違いなく死刑になるだろうな!」


 いくら言っても、もう信じてもらえないだろう。

 悲しいが仕方がない。

 こんな状況では、どのように論じようとも

 アキオは聞き入れてはくれないだろう。

 俺はため息を付いた。


「分かった、ずっとそこに居ろ。

 絶対に部屋の外には出るなよ。

 食い物が欲しくなったら言ってくれ。

 あとで部屋の前に置いておく」


「……」


「とにかく生きて帰ろう。

 また一緒に首都高を走ろうぜ、アキオ」


 中から返事はなかった。

 俺は堅く閉ざされたドアの前から立ち去った。

 

 ミレイを探さなければならない。

 亜麻色の髪、大きな瞳、体つきは小柄で細く、

 まだあどけなさが残っているような子だ。

 彼女が犯人なのか? 

 しかし、あんなに華奢な少女に人が殺せるのだろうか?

 とてもそうは思えない。

 だが、エルザさんも、船長も、そして課長も死んだ。

 アキオが犯人という可能性は限りなくゼロに近い。

 そうなるともう他に犯人はいないのだ。

 とにかくミレイを探して話を聞かなければならない。

 

 俺は船内を歩き回った。

 人の気配が無く、静まりかえっている。

 空調の吹き出し口から聞こえる風音が妙に大きく聞こえる。

 ドアを開け閉めする音、自分の足音が大きく響く。


 上層の操舵室、医務室、食堂、キッチンには誰も居なかった。

 そして船長、エルザ、ミレイ、俺の部屋もくまなく探したが

 人影は見当たらなかった。


 念のため、俺はもう一度、課長の部屋に行った。

 気になったのだ。

 バスルームやクローゼットの中を調べた。

 だが誰もいなかった。誰かが隠れていた形跡すら無かった。

 床で倒れていた課長をそっと持ち上げてベットに寝かせた。

 安らかな死に顔だった。見ているうちに涙が出てきた。

 落涙が彼女の頬をぬらす。

 

「課長、初めて見たときから、俺はあなたに惚れていました。

 また一緒に仕事をして欲しいと言われたとき、

 本当に嬉しかったです。

 でも、こんなことになってしまって……

 俺、あなたを守ってあげたかった、ずっと一緒に居たかった」


 胸が詰まり、言葉が出なかった。

 冷たくなった彼女を抱き、流れるような赤髪をそっと撫でた。

 冷凍カプセルに入れなければならないが、

 今はミレイのほうが気がかりだ。

 一刻も早く探し出さなければならない。

 

 部屋を後にした俺は、船尾にある機関室に行った。

 中は薄暗く、唸るような低音が鳴り響いている。

 空調機、浄水設備、重力制御装置、発電機などが設置されており、

 配線やパイプ類が張り巡らされ、計器パネルがずらりと並んでいる。

 見ているだけで眩暈がしてくる。


 天井や壁にあるパイプは、複雑に絡み合いながら床に設置された

 機械類に繋がっているが、ふと、その機械の隙間から人影のような

 ものがチラチラと見え隠れしているのに気付いた。


「ミレイ?」


 人影におそるおそる近づいた。

 

「俺だ、ヒロシだ」


「来ないで」


 微かな声……間違いなくミレイのものだった。

 小柄な彼女にしか入れないような僅かな隙間だ。


「こんなところに隠れてたら危ない、部屋に戻るんだ」


「いやよ」


「俺が守ってやる。アキオも生きている。

 もし俺が信用できないならアキオの部屋に行って

 一緒に隠れていればいい。とにかくここは危険だ」


「アキオが犯人かも知れないじゃない!」


「それはない、断言していい」


「じゃあ課長? あの人が殺人を犯すとはとても思えない。

 正社員だし、私たちの監督役なのよ」


「課長は死んだよ」


「えっ?」


「死因は分からない。課長室の床に倒れているのを

 俺が見つけた」


「そんな、課長まで死んだなんて……犯人は誰?

 あたし、船長が死んでるのを見たのよ!」


「……」

 

「あたしの描いた漫画が見たいって言ってたから、

 見せてあげようと思って船長の部屋に行ったら、

 床に倒れてて冷たくなってた」


 どうやらミレイは、俺やアキオよりも先に、船長の死体を

 見つけていたようだ。


「課長に知らせようと思って課長の部屋に行ったの。

 でもドアが開いてて、中に課長は居なかったわ」


「……」

 ミレイは課長の死体は見ていないようだ。


「もし本当に課長が死んだのなら、もう、あなたとアキオしか

 残ってないじゃない! それとも幽霊にでも殺されたっていうの?」

 

「俺もアキオも犯人じゃない、とにかく自分の部屋に戻るんだ!」


 俺は隙間に手を入れてミレイの腕を掴んだ。


「いや、放して!」


 ミレイは嫌がって抵抗するが、やむを得ない。

 俺は彼女の細腕を強引に引っ張った。


「痛い、やめて!」


「ここに居ちゃダメだ! 

 いつ犯人に襲われるか分からないぞ!」


「部屋に隠れたって、鍵を掛けたって、安全じゃないわ!

 電磁ロックなのよ!? 船の制御コンピュータを

 操作できる人間なら簡単に開けてしまうわ!」


 俺はミレイの言葉を聞いてハッとした。

 そうだ……安全な部屋など、この船のなかには存在しないのだ。

 ふいにアキオの顔が脳裏に浮かぶ。彼は大丈夫だろうか。


「うわぁぁぁ!」


 突然、悲鳴が通路の方から聞こえてきた。

 低く唸る機械音をかき消すような絶叫だった。


「アキオ?」


 嫌な予感がした。

 機械室の壁にあるBALの端末に話しかける。

 

「BAL、船内の生体反応をスキャンしろ! 

 いま船内に何人いる?」


 このカシナート号には、対侵入者用の警備装置がある。

 船内のいたるところに設置された光学カメラ、

 サーモグラフィー、 超音波探知機、心音や呼吸音などを

 拾う特殊な集音装置を駆使して、何人の人間が船内にいるのか

 BALがチェックしている。

 

「生体反応スキャン……スキャン完了。

 生体反応を二つ検出しました。

 いずれも、この機械室内です」


「そんなバカな」


 機械室に響きわたるBALの声を聞いて、俺は愕然とした。

 BALは決して嘘は言わない。

 つまり、もう俺とミレイ以外の生存者はいないのだ。


「アキオ、やられたのか……いったい誰に?」


 コツン、コツン、コツン……


 足音。

 機関室の入り口、通路のほうから微かな足音が聞こえてきた。

 誰かが、いや、何か歩いている。生物では無い何かが。


「うそ、うそでしょ……」


 ミレイはあわてて隙間から飛び出して、俺にギュッと

 しがみついてきた。


 足音が近づいてくる。

 少なくとも人間ではない。生物ではない。

 この世の者ではない何かが、船内にいる。

 そして俺たちを殺そうとしている。

 

 俺とミレイは機関室のドアの隙間から、

 そっと通路のほうを窺った。

 通路は……どういうわけか天井の電灯が消えていて

 真っ暗だった。機関室の外は濃い闇が広がっている。

 どこまでも続くような濃く深い闇。

 その漆黒の中に何か小さな光が揺らいでいる。


 二つの赤い光……眼だ。

 獣のような眼が足音と共に近づいてくる。

 無明の闇の中を、まっすぐこちらに向かってくる。

 得体の知れない化け物が、殺意を持った化け物が……。


 恐怖が臨界に達し、二人で機関室の階段を駆け降りて

 下層へ向かった。

 機関室から船尾側のエアロックに入り、中にある予備の

 パイロットスーツを慌てて装着し、で真空の貨物室へと

 通じる隔壁を開けた。


 俺たち二人は、高々と積み上げられたコンテナの脇を

 必死になって走り抜け、船首側のエアロックを経由して

 ゴーレムの格納庫に逃げ込んだ。


「ミレイ、ゴーレムに乗るんだ。この中なら安全だ」

 

 亜麻色の髪の少女はこくりとうなずいて、鋼鉄の巨人に

 乗り込みグラスキャノピーを閉じた。

 どんな化け物だろうと、こいつにはかなわないだろう。

 

 俺もエルザさんのゴーレムに飛び乗った。

 

「さあ、来るなら来い!

 エルザさんを、船長を、課長を、アキオを殺した化け物め!

 俺が引導を渡してやる!」


 ゴーレムを起動し、腕部にドリルアームを取り付けた。

 

「ヒロシ」


「どうしたミレイ?」


「レーダーに反応……大型の船舶が急速に接近してるわ」


「宇宙警察の巡視船か? いや、いくらなんでも早すぎる」


 俺はゴーレムから飛び降りて、格納庫の壁にある

 小さな窓から外を覗いた。


 銀色の貨物船が徐々に近づいてくるのが見える。


「巡視船じゃない、どこの船だ?」 


 その貨物船は右舷に横付けしてきた。

 船体に何か文字が書いてある。MADALUTO……。


「マダルト社の船だ!」


 その瞬間、頭の中に散らばっていたジグソーパズルの

 ピースが結合しはじめた。何かが見えてきた気がする。

 同時に、エルザさんのノートパソコンに保存されていた

 ニュース記事も思い出していた。


「ヒロシくん……」


 ふいに綺麗な声が聞こえた。そして香水の匂い。

 おそるおそる後ろを振り向いた……。

 そこには、赤髪の女が立っていた。

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