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(六) 異変

(六) 異変


 コンコンコン。


 ノックの音で目が覚めた。身体から酒は抜けたようだ。


「ヒロシくん、ちょっといい? 話をしたいんだけど」 


 ドアの向こうから課長の声が聞こえた。

 なんだろう? 雇用期間の延長の件かな?

 さっき本社の人に問い合わせるって言ってたし。


「はーい、いま開けまーす」


 俺は慌ててベットから起きてドアを開けた。

 開けたとたん、いきなり課長が俺の胸に飛び込んできた。

 ものすごい香水の匂いだった。クラクラする。

 両手を俺の背中に回し、すごい力でギュッとハグしてくる。

 まだ手をつないだことさえなかったのに、いきなり抱きついて

 きたよこの人。

 

「ちょ、ちょっと、カチョウサン……」


「ごめんね、私、あなたに謝らなくちゃならないことがあって」


 課長は俺の胸に顔を埋めたまま言った。


「えっ」


「ヒロシくん、私のこと助けてくれたでしょ?

 だから恩返しがしたくて、本社の人事に掛け合ってみたんだけど

 雇用の延長、駄目だったの……」


 うん、まあしょうがないよね。

 こういうことはカンタンに決められるものじゃないだろうし。


「私、ずっとあなたと一緒に居たかったのに」

 

「課長……」


「セリーヌ」


「えっ?」


「課長なんてイヤ、セリーヌって呼んで」


 彼女は埋めていた顔を上げて、上目遣いで言った。 

 ダメだ、ありえない。いきなり過ぎる。

 いくら命の恩人とはいっても絶対におかしいよ。

 それとも酒でも飲んで酔っぱらってるのかなこの人。


「お、俺たちまだ知り合ってまだ日が浅いですし、それに恋愛って、

 段階というかステップみたいなものがありますし」


「そんなの人それぞれじゃない! 私、あなたに初めて会った

 ときから、なにか感じるモノがあったの」


「……」


「寝たんでしょ? エルザさんと」


「あ、あれはその、彼女が強引に……」


 すると課長はいきなり俺をベットに押し倒した。

 覆い被さって、身体を密着させてくる。


「お願い、しばらくこうしていたいの」

 

 耳元で囁く彼女。凄まじい香水の匂い。頭がクラクラする。

 まるで幻惑の魔法みたいだ。思考回路が停止してしまう。 


「私じゃイヤ?」


 耳に息を吹きかけられた。

 俺のふとももに彼女の手が伸びてくる。

 そして次第に俺の大事なところにまで這い上がってきた。

 もうダメだ、誘惑に負ける。

 観念して身を任せようと思ったその時だった!

 

 ドーオオオン! ドゴオオン!


 突然、爆音がして船体が揺れた。

 なんだ、なにがあったんだ?


 ビィィィーッ ビィィィーッ ビィィィーッ

 

 船内に警報が、そして天井のスピーカーからは

 BALの声が響いた。


「船体に隕石が衝突、推進機関、緊急停止します」


 隕石? そんな馬鹿な!

 TAフィールドで船体は保護されているはずなのに。 


「ゴーレム格納庫、右舷ハッチ破損。格納庫内、気圧低下。

 乗員は直ちに破損個所の修復をして下さい」


 ヤバい! 空気が抜けたらみんな死ぬ! あわててベットから

 起きようとしたが……課長は俺を押さえ込んだまま離れない。


「か、課長?」


「行かないで」

 課長は少女のような甘えた声を出した。


「行かないでって……緊急事態ですよ」


「分かってる、でも……」


「すみません課長!」


 俺は課長を撥ね除けてベットから飛び起きた。

 パイロットスーツを取り出して急いで装着すると

 慌てて部屋を飛び出した。

 下層にある格納庫に行くと、既に船長が来ていた。


 ハッチに穴が開いている。直径50センチぐらいの穴。

 その向こうに真っ黒な宇宙空間が見える。


 船長はシーリング用のシリコン剤の入った投擲銃を穴に

 向けて何発も発射した。

 ゴルフボールぐらい丸い玉が隙間に当たり弾ける。

 破裂したシリコンがベチャっと潰れて広がり、

 穴がふさがってゆく。


 ビービー鳴っていた警報がようやく止んだ。


「空気の漏洩が止まりました。

 気圧上昇中、700ヘクトパスカル」

 

 BALの無機質な声が格納庫のなかに響いた。

 エアの漏れは収まったが、まだ宇宙服は脱げない。

 

 周囲を見回した。

 破損したハッチのすぐ脇にあった俺のゴーレムは横倒しになって

 倒れていた。よく見ると、

 床とゴーレムの間に何かが挟まっている。金髪と浅黒い顔……。


「エルザさん!」


 俺は慌てて駆け寄った。

 彼女は重量三トンのゴーレムの下敷きになっていた。

 宇宙服も着ていない。


「死んでる……そんな、エルザさん!」


「ヒロシ、エルザのゴーレムに乗って、そいつをどかすんだ」


「は、はい」


 俺はエルザ機のコクピットに飛び乗って起動させ、

 倒れていたゴーレムを掴んで壁に固定した。

 

 船長がエルザの死体に駆け寄る。

 首から下は完全に潰れていた。酷い姿だった。


 アキオ、ミレイ、課長がやってきた。


 無惨な姿になり果てたエルザを見て、みんな顔を背けた。

 しばらく沈黙が続いたが、やがて船長は静かに言った。


「医務室へ運ぼう、担架を持ってきてくれ」

 

 こうしてエルザさんの遺体は医務室の冷凍カプセルに納められた。

 死体袋に詰めてジッパーを閉めるまえに、船長はエルザの顔を

 悲しげに見つめた。

 俺、船長、アキオ、ミレイ、課長の五人が黙祷する。

 医務室の空気が……いや船内の空気が重いものへと変容してゆく、

 

「課長、空気の漏洩は収まりましたが、船外にはまだ亀裂があります。

 外に出て修理をしたいのですが」

 

 船長は課長に向かって図太い声で言った。


「分かりました、お願いします。事故のないように気をつけて」


 こうして船長と俺とアキオの三人は、溶接機と鉄板を携えて

 貨物室のハッチから船外へ出た。身体にはハーネスとワイヤーを付け、

 トカゲのように船体に張り付きながらゆっくりと格納庫の右舷に

 移動して、亀裂のそばにやってきた。

 船長は険しい表情でハッチの破壊箇所を見ていた。


「どうしたんです、船長?」

 そう言いながら俺も破壊面をのぞき込む。

 

「こ、これは?」

 俺は思わず息を飲んだ。

 横八十センチ、縦五十センチほどの、人でも通れそうなぐらいの

 大きな亀裂だった。


「どうした? ふたりとも?」

 アキオも俺たちの後ろから亀裂をのぞいた。


「マジかよ、なんだよこれ……」 

 絶句するアキオ。


 俺も船長もしばらく言葉が出ず、ただ呆然と破損箇所を見ていた。

 

「とりあえず塞ぐぞ」

 船長が言うと、俺とアキオは頷いて溶接作業に入った。

 盛り上がった亀裂をハンマーで叩いて平滑にしたあと

 シリコンゴムで亀裂を埋め、その上から分厚い鉄板を被せ、

 四隅にダイヤモンドドリルで小さな穴を開けてリベットを

 打ち込み溶接した。こうして亀裂は完全に覆われた。

 応急処置だが、航行に支障は無いはずだ。

 

「ご苦労だった、戻ろう」


 貨物室に入り、エアロックを経由して格納庫に戻ってきた。


「私は課長と話をしてくる。ふたりは自室で待機だ」


 船長は真剣な表情で言った。凄みを感じる。

 口調も普段とはまったく違う。これがこの男の本来の姿なのだろう。

 直立して敬礼したくなるほどの威厳がある。

 船長は格納庫を出て上層へと向かった。大きな背中を黙って見送った。

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