(四) そして宇宙へ
(四)そして宇宙へ
俺はベットに寝ころんでクッキーを食べながら、
タブレットを取り出して「カーグラフィックWeb」の
記事を読んでいた。
3016年式の日産GTーRニスモの特集記事だ。
チタンとカーボンの超軽量ボディ、高出力電動モータと
速度感応型エアロパーツで武装した世界最速の市販車
である。出力1500馬力、最高速度は時速500キロ。
ドイツのニュルブルクリンク北コースを1周4分台で
駆け抜ける。マジで。ちょっと感動。Gスーツ着ないと
たぶん死ぬ。
「ぴんぽんぱんぽーん! こちら船長でぇーす!」
突然、天井のスピーカーからオカマの奇声が聞こえて
思わずベットから落ちそうになった。
「えーとぉ、まもなく本船はエディ5150から
離脱するので、みなさん操縦室に集まってくださいねー!
ぴんぽんぱんぽーん!」
一週間ほど滞在したこの小惑星ともいよいよお別れだ。
エディ5150は土星の衛星軌道上、つまり土星の重力圏の
なかにある。なので、この重力圏から脱出するためには
時速二十二万キロまで加速して航行しなければならない。
全員Gスーツを着て座席に縛られることになる。
重力圏外に出るまで、時間にしてせいぜい十五分ぐらい。
その間、自分の体重の三倍ぐらいのG掛かる。
この船にも「重力制御装置」が付いてるので、
乗員への負担はかなり軽減されるんだけど、
それでもかなりいキツいんだぜ?
全員、操縦室にあるバケットシートに座って
ベルトをしめてガッチリと身体を固定した。
「みんな、準備は良いわね? 行くわよッ!」
船長が言うと、みんな緊張した面持ちでコクリと
うなずいた。
「カシナート号、発進ッ!」
船長は操縦桿を引いた。
ふわりと浮いたあと、船は徐々に加速していく。
全体がガタガタと揺れている。
操縦室にある大型液晶スクリーンを見た。
エディ5150が、みるみる小さくなっていく様子が
映し出されている。
俺たちが掘ったデカい穴も小さくなっていく。
これで宝島ともオサラバだ……船はさらに加速してゆく。
強烈なGに耐えながら小惑星が遠ざかるのを見つめた。
「土星の重力圏を脱出、機関出力停止、慣性航行に入ります」
船を制御している人工知能「BAL」の無機質な声が響いた。
ああキツかった。
みんなシートベルトを外し、Gスーツを脱いだ。
俺とアキオは走り屋だから少々のことではへこたれないし、
屈強な船長や元軍人のエルザは平然としているが、
華奢なミレイはゲッソリしていた。無理もない。
課長は……あれ、へっちゃらな顔してるよ、マジか。
意外と強いんだな。船旅には慣れてるのかも?
船長とアキオは「グーグル・ユニバース」という
宇宙マップを見ながら、月までの航路について
あれこれと話し合っている。
これから月面都市ムーンシティに帰港するまで一ヶ月。
その間、俺たちは特にやることがないので、
医務室にある冷凍睡眠カプセルに入って、クマみたいに
冬眠することになる。
一ヶ月間みんな起きてると、スゲー食費が掛かるし。
だいたいそんなにたくさんの食料とか積んでないし。
えっ? 船の操縦は誰がやるんだって?
月までの操船は制御コンピュータのBALにお任せだ。
ナビ画面を見ながら航路をセットしておけば、全自動で
月まで飛んで行ってくれる。
どう? 楽チンでしょ? 便利だよねAIって。
じゃあ操縦士とか要らないじゃん! と言いたいところだけど、
そうはいかない。法律によって正・副、二名の操縦士の乗船が
義務付けられている。
惑星からの離陸や着陸、狭隘な宇宙港に出入りする時などは、
船体の微妙な姿勢制御が必要で、これは人間にしか出来ないし、
もしもAIが何らかのトラブルでブッ壊れたりしたら、
船を手動で飛ばさなきゃならない。
なのでやっぱり操縦士は必要だ。
でもあと百年ぐらい経って、もっと技術が発達したら、
航行から採掘作業まで全部キカイ任せになっちゃうかも。
そんなことをボーっと考えてた。
「よし、これでオッケーっと」
オカマ船長はナビを見ながら航路をセットした。
「課長、航路のセット完了したわよ」
「ご苦労さまでした船長。みなさんもお疲れさまでした。
これで仕事は完了です」
セリーヌが丁寧な口調で言った。
「あとは冷凍睡眠カプセルに入って、冬眠するだけね。
でもそのまえに……みんなでパーティしない?」
船長が言うと、操縦室のみんなが一斉に注目した。
「お酒、少しならあるわよ? まえにアタシが勤めてた店から
失敬してきたの」
「お、気が利くじゃねえか船長」
エルザが嬉しそうな顔をした。
「そうだね、もう仕事も片づいたし、いいかも」
アキオも賛同した。
ミレイは何も言わずぼーっとしている。
課長は渋い顔をしていたが、
「まあ、いいでしょう、ただしあまり羽目を外さないように」
と言って溜息をついた。
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