(二) ごはん
(二)ごはん
俺のゴーレムのキャノピーには盛大にヒビが入っていた。
休憩が終わったら、また作業に戻らないといけない。
なので、とりあえずヒビに沿ってガムテープを貼って
応急処置をした。
ちょっとカッコ悪いけど、たぶんこれで大丈夫。
ふいに腹がグーっと鳴った。俺もメシにするか。
格納庫を出て階段を登り、船の上層にある食堂へ行くと、
エルザとミレイがキッチンでお料理をしていた……
つか解凍した冷凍食品を食器に盛っていた。
俺、冷食ってあんまり好きじゃないんだよね。
「レーション(戦場で兵士に支給される缶詰や保存食品)よりは、
ずっとマシだぜー?」
元軍人のエルザはそう言うが、正直ビミョーな味だ。
食えないほどマズいってワケじゃ無いけど。
ま、ゼイタク言っちゃダメだよな……こんな宇宙の果てで。
食べ物が載ったトレーをエルザから受け取り、食卓に着いた。
チキングラタン、オニオンスープ、パインサラダ、コッペパン。
どれも冷食である。あんまりウマくないんだよな。
もぐもぐ……あれ? ウマいじゃん!
腹が減っていたのでガツガツ食べた。
空腹は最高の調味料だよね。
しばらくするとアキオが食堂に入ってきた。
この船の副操縦士だ。彼と初めて出会ったのは二年前。
首都高の辰巳パーキングエリアだ。
アキオは2967年式の青のフェアレディZに乗っている。
「ガレージ喜多見」というショップで改造された700馬力の
モンスターマシンだ。
狂おしく身をよじるようにして走る彼のZは、湾岸線でも
環状線でも無敵の速さを誇っている。まさに伝説の走り屋だ。
アキオは食事を受け取り、隣に座ってきた。
「ヒロシおつかれ、ゴーレムの調子はどうだい?」
「俺の機体はとりあえず大丈夫だけど、
課長のは修理工場行きだなー。まだ隕石は降ってる?」
「降りが弱まってきた、もうすぐ止むと思う」
アキオはそう言うとグラタンを食べてからコッペパンを
かじった。
「そっかー、また作業を再開できそうだなー」
食べ終わった俺は、アイスコーヒーをすすった。
「早く地球に帰りたいよ」
アキオは小声で呟いた。首都高が恋しいのだろう。
俺も早く東京に帰って、愛車の「三菱GTO」を乗り回したい。
2995年式の白のGTO……中古屋で見て即決した。
ターボ付いてないけど、かなり速い。アクセル踏むと走り出す。
マジで。ちょっと感動。ノンターボだからパワーが無いけど、
中低速コーナーが続く環状線なら、アキオのフェアレディZに
だって負けない。
ムダな部品を外して軽量化してあるから榛名峠のダウンヒルでも
藤山豆腐店のハチロクより速いんだぜ?
この仕事が終わったら大金が手に入る。
いいタイヤ履かせて、サスとダンパーとマフラーも変えて、
リアウィングを付けて、ボンネットもカーボン製に交換するんだ。
食堂にまたひとり入ってきた。
筋骨隆々の大男、船長のゴードンさんだ。
スキンヘッド、浅黒い肌、精悍な顔つき、鋭い眼光。
ぶっちゃけ怖い。
土属性の魔法の使い手で、得意武器はバトルアックスってカンジの
コワモテマッチョおじさんだ。
「はーい、みなさん、おつかれちゃーん(cv:玄田哲章)」
「……」
「……」
俺とアキオは沈黙した。
「なによ、なにか言いなさいよ」
「……」
「……」
俺とアキオは沈黙を続けた。
「無視することないじゃない、やーねぇ!」
コワモテなのにオカマ口調。
見た目とのギャップがありすぎる。なんとかならないのか。
「ワタシ、アレクサンドル・ゴードン、十六歳の恋する乙女、
心はガラスのように繊細で傷つきやすいのよッ!」
ぶ厚い胸板に、毛むくじゃらのゴツい手を当てながら
わざとらしく言った。この芸風、なんとかならないのか。
「五十過ぎのオッサンが、なに言ってんだ!」
俺とアキオは声をそろえて叫んだ。
エルザとミレイも食事を持って席に来た。
「船長、フザけてないでメシにしようぜ?」
エルザが船長のぶんの食事をテーブルに置いた。
「キモ……」
ミレイはジト目で船長を見ながらつぶやいた。
「みんなヒドいわ! ワタシ、みんなを喜ばせようと
一生懸命がんばってるのにッ!」
エルザの隣に座りながら、船長は両手で顔を覆った。
「わかった、わかったから泣くな」
メソメソするオカマ船長の背中をエルザはバシバシと叩いた。
キモいけど悪い人じゃないんだよね、ゴードンさん。
肩書きは「船長」なんだけど、このオッサンも非正規の従業員。
いわゆる「雇われ船長」である。
操縦士としてアキオと共にこの船を操縦するのが主な役割であり、
また整備士の資格も持っていて、船の点検や整備なんかもしてくれる。
船長というより便利屋さん? いや雑用係かな?
食堂に介した五人……俺、エルザ、ミレイ、アキオ、ゴードン船長、
いずれも非正規の期間従業員で、クセのある連中ばかり。
あとは正社員のセリーヌ・ロッソ課長を入れて六人……
この船の乗員はこれで全員だ。
「あの……船長、課長は?」
「さっき呼んだんだけど、忙しいから食事はイイって。
なんでも本社に送るメールを書いてるそうよ」
「そうですか」
ゴーレムが破損したからな……始末書でも書いてるんだろう。
現場監督はいろいろと大変だ。
「ワタシあのオンナ嫌いよ、お高く止まってるカンジがするわ。
いつも自分の部屋でひとりでご飯食べてるみたいだし、
たぶんワタシたちと一緒に食事をするのがイヤなのね」
「そんなことはないと思いますよ。正社員なので、
いろいろとやることがあって忙しいんじゃないですかね?」
「ふーん、そうかしら」
俺がそう言うとゴードンは首を傾げた。
「課長は美人だからな、あの美貌に嫉妬してるんじゃないのか?」
エルザがからかうとオカマ船長は悔しそうな顔をした。
「ワタシだってお化粧すれば、あんなオンナに負けないんだから!」
「そうか、そいつはすごいな。なに言ってんだオマエ」
「これでもワタシ、新宿二丁目の女神って呼ばれてるのよ」
船長はポケットからスマホを取り出してエルザのほうに向けた。
画面を見たエルザは顔をしかめてドン引きした。
俺とアキオとミレイもスマホの画面をのぞいた。
コスプレをしたマッチョオヤジの姿が写っていた。
ピンク色のカツラを被り、真紅のドレスを着て、
手には宝石がいっぱい付いたステッキを持っている。
俺は思わず目をそらした。気持ち悪い、見なきゃよかった。
「どう、ワタシのコスプレ? カワイイでしょ?
愛の女神、リリカル・マジカル・フレイアちゃんよ。
このカッコでお店のカウンターに立つと、お客さん、
すごく喜んでくれるの」
お店って、どんな店だよ……ああ、二丁目だからオカマバーか。
つかそれコスプレじゃなくて仕事着じゃねえか。
「この仕事が終わったら一千万アースもらえるでしょ?
そしたらワタシ、新宿二丁目に自分のお店を作るの」
「は、はあ」
だめだ、この人。
「店名も決めてあるわ、ラビットハウスっていうの」
キン肉ハウスの間違いだろう。
「ヒロシちゃんとアキオちゃんもどう?」
「どうって……」
「ワタシのお店で働いてみない?」
「お断りだ!」
俺とアキオは同時に叫んだ。
そんなこんなで食事が終わった。
休憩時間はまだ三十分ぐらい残っている。
皆、それぞれの部屋に戻っていく。
俺も食堂を出て、自分の部屋に戻った。
船員にはそれぞれ個室が割り当てられている。
約十二畳ほどの広さの洋室だ。
シングルベット、ユニットバス、簡易キッチン、
事務用デスクにはテレビとパソコンが備え付けられている。
ごく平凡なビジネスホテルの一室ってカンジだけど、
俺が東京で借りてる六畳一間のボロアパートに比べたら、
はるかに快適で居心地がイイ。
歯を磨き、シャワーを浴びて、新しい作業着に着替えた。
食後、課長に呼ばれているので口臭や体臭が無いか入念に
チェックした。
目を閉じる……課長の笑顔が浮かんできて、またドキドキ
してしまう。なんだか青春ドラマの主人公みたいだな俺。
長い廊下を歩いて、船尾のほうにある課長の部屋へと向かった。
部屋の前に着くと、一度深呼吸をしてからドアをノックした。
「課長、ヒロシです」
緊張しながら言った。
「どうぞ、入って」
課長のキレイな声が聞こえた。
失礼します、と言いながら俺は課長の部屋に入ると、
バスタオルを身体に巻いた課長がベットのそばに立っていた。
シャワーを浴びたばかりだろうか? 髪が濡れている。
えっ? えーっ?
俺は慌てて背を向けた。なにこの急展開。
「し、失礼しましたッ」
焦って部屋を出ようとした。
「待って! どうしてもヒロシくんに……
ヒロシくんに見てもらいたいものがあるの」
見てもらいたいって、何を?
何を見てもらいたいんだ?
「私、その、ヒロシくんのことが……」
バサリ。
俺の背後で「布のようなもの」が床に落ちる音がした。
布のようなもの、ってことはバスタオルか?
ということは、バスタオルが床に落ちたのか?
ということは、今の課長は全裸なのか?
「ヒロシくん、こっちを見て」
課長は小声で言った。
「私を見て欲しいの」
見て欲しいって……見ていいのか?
いや待て、あわてるな。
俺みたいな冴えない男にホレる女子なんていない!
そうだ、これは何かの罠だ! 孔明の罠だ!
ヒロシはにげだした!
もちろん まわりこまれなかった!
自室に駆け込みドアを閉めて電磁式ロックを施錠した。
フッと緊張が解けて身体から力が抜ける。
ベットに倒れ込み、うつ伏せになった。枕に顔を埋める。
据え膳を食わずに逃亡した俺、マジ情けない。
課長に……いや、恋に焦がれるひとりの乙女に恥をかかせて
しまった。俺、嫌われちゃうかも。
でも恋愛って段階が大事だよね?
イキナリあんな事やこんな事しちゃうのはやっぱりオカシイよね?
ごろんと仰向けになって、鉄板むき出しの天井を見つめた。
とにかく後で謝りに行かないと……
でも何て言って謝ればいいんだろう? うーん、困ったなぁ。
思わずタメ息が出てしまった。
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