表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

(十一) 新しい人生(最終話)


(十一) 新しい人生



 ロイドは愛車の三菱GTOで深夜の首都高を疾走していた。

 助手席には赤髪の美女が座っている。

 純白のGTO……高層ビルの谷間を縫うようにして作られた

 高速道路を、激しいスキール音を鳴らしながら爆走している。

 テールランプが、赤い軌跡を描きながら夜の闇を切り裂く。



「いろいろあったね、カレン」

 助手席の女に向かってロイドは話しかけた。


「そうね、でも今はとってもシアワセよ」

 カレンはそう言うとロイドの膝の上にそっと手を置いた。


「ね、もっと飛ばしてよ」

 フツーの女の子はこういうことは言わないが、カレンは特別だ。


「了解、課長」

 ロイドは笑いながらハンドルを切った。

 環状線からレインボーブリッジを経由して、長い直線区間が続く

 湾岸線へと向かった。


「そんな呼び方やめてよ、もう社員じゃないんだし」


「ははは、ごめんごめん」


 ロイド……以前はヒロシと名乗っていた男は、自身がかつて乗っていた

 鉱物資源運搬船「カシナート号」のことを思い出していた。


 課長はBALに命じて、アドンとサムソンが乗ったゴーレムを遠隔操作

 させて強制的にカシナート号の格納庫へ戻らせた。

 そして拳銃を突き付けながら二人をゴーレムから降ろすと、

 ロープでガンジガラメにして、ボスのシーマという女とともに冷凍

 カプセルにブチ込んで無理矢理冬眠させた。


 悪党どもを冷凍させた後、ヒロシとセリーヌ、そしてミレイは

 警察の巡視船と合流するまでの間、顔を突き合わせながらあれこれと

 思案した。


 そして熟考した結果、幾ばくかの鉱物を失敬して、シーマ達が乗ってきた

 マダルト社の船に乗り移ってトンズラするという暴挙に!


「あの時は、欲に目がくらんでしまった。俺たちも立派な泥棒だな」


「そうね……でも警察の到着を待って、全てを打ち明けたところで、

 信じて貰えるかどうか分からなかったし」


「警察も信用できないからなぁ」


 ティルトウェイト社の連中は警察に賄賂を渡して根回ししてる

 可能性があった。そうなれば真実は闇の中。いかに俺たちが会社の

 悪業を裁判所で主張したとしても相手にもされなかっただろう。

 

 それに会社の命令だったとはいえ、セリーヌは多くの人間の命を

 奪っている。彼女は間違いなく解体工場行きだろう。


 俺やミレイも、あらぬ濡れ衣を着せられて投獄されたかもしれない。

 何しろ相手は巨大企業ティルトウェイト社だ。

 優秀な弁護士を雇ったり、裁判官を買収したり……

 それぐらいのことは造作も無くやってのけるだろう。

 

 マダルト社の船で火星へ行った俺たち三人は、火星の首都、

「マーズ・シティ」の郊外にある賃貸マンションを借りて、

 およそ二年ほど隠れ住んだ。


(ちなみに火星は、テラフォーミング計画により大気や土壌が

 人工的に生成され、今や地球と遜色ないレベルの住環境が整備されている)


 生活資金は潤沢だった……それも一生遊んで暮らせるぐらい。

 失敬してきた鉱物をブローカーに密売することで莫大な金を得たのだ。

 金さえあれば、衣食住に困ることは無い。

 IDカードやパスポート、保険証、免許証なども、いくらでも偽造できた。


 二年の隠棲の後、ヒロシとセリーヌは東京行きの宇宙鉄道888号が

 停車しているプラットホームに立った。ミレイが見送りに来てくれた。

 彼女は火星での生活が気に入ったようで、もうしばらくここに住みたいと

 言い、別れ際、ミレイは薄っぺらい漫画本を一冊、ヒロシに差し出した。

 ヒロシとアキオをモデルにしたBL本だった。

 ヒロシは苦笑しながらそれを受け取ると、セリーヌと共に888号に乗った。


 宇宙鉄道の旅は順調だった。

 偽造パスポートがバレるんじゃないかと二人は内心ヒヤヒヤしていたが、

 なんの問題も起こらず、彼らは無事、東京の地に降り立つことができた。

 そして偽造したIDカードのとおりに、ヒロシはロイド、セリーヌは

 カレンと名乗って、新しい人生を始めた。

 

 ロイドは持ち前のゴーレムの操縦技術を活かして、ゴーレム闘技場

「キング・オブ・ゴーレム」でファイトマネーを稼ぎながら過ごしている。

 セリーヌはロイドの妻として彼を支えた。


 その後、ミレイも火星から地球に戻り、今は池袋にある男装喫茶

「コード801」で働きながら、プロの漫画家を目指して修行している。

 

 鉱物資源運搬船カシナート号は完全に消息を絶った。

 なにしろ宇宙は広い。マジ広い。いかに科学技術が発達した現代であっても、

 行方不明の船舶を見つけるのは困難なのだ。


「たぶん今頃は太陽系の外でしょうね」

 カレンは笑いながら言った。


 二人は車を降りて、山下公園に向かった。ベンチに座る。

 横浜港の夜景が目の前に広がっている。

 海から吹いてくる夜風が冷たい。二人は体を寄せ合った。


「あの船ではいろいろとあったけど、でも……」


「でも?」


「いや、なんでもない」

 ロイドはモジモジしながら俯いた。


「なによ」


「いや、その、だから……俺は君と会うことができた」


「……」


「これからも、ずっと俺のそばに居て欲しい」


「ええ、もちろんよ」

 

 カレンはロイドの首に両腕を絡ませ、執拗にキスをした。

 あまりに執拗だったので、ちょっとうんざりするロイド。

 そんな彼の顔を見たカレンはサディスティックな笑みを浮かべた。


 船の汽笛が遠くから聞こえた。輸送船が出港するようだ。

 あの船は、これからどこへ行くのだろうか。

 

 夜の海の暗さに、ふと宇宙船に乗っていた時のことを

 ロイドは思い出していた。



「鉱物資源運搬船」完

.

.

.

.

.

.

.

.

.

.

.

.

.

.

[EOF]

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ