逃避行
街を抜け
草原のような田を越え
細い道を抜け
山を越えて
あなたの家を越えた
バスに乗り
電車に乗り
風に乗った気になるけれど
言ってしまおうか
行ってしまおうか
逃げてしまいたいのだが
許されないだろうか
誰かが僕を待っていたりするのだろうか
必要とされても
それを満たせるものがこの手にあるだろうか
もう無理だと
山を越えて
黄色の田を越え
川を越え
ひたすら線路の上で揺られ
眠い目で流れる景色を見つめた
ああ
僕は今どこに向かおうとしているのか
描いた思いはいつしか萎み
無力で無能な自分を呪う
言ってしまおうか
行ってしまおうか
砕けそうな思い捩じ伏せて
まだもう少し
あと少し
もう少し
誰の為に?
報われないとしてもいいはずだった
感謝されなくてもいいと
分かっていた
ただの自己満足だと
独り善がりな夢 満たすため
孤独を選び
居場所を後にして踏み出した
何の為に?
刈られた田を後にして
山を越え
川を越え
海を越え
揺れながら眺める車窓の外
何処までも空は広がる
いいのか?
これでいいのか?
悔いはないのか?
だがこれ以上どうしろと言うのだろう
分からないんだ
どうして?
悲しいぐらい空は青くて
思い出すのは後にしてきたのもばかり
あの人の温もり 蘇っては
目から滲み出すものをとめられない
抱き締められたくて
すべてを放り投げてしまいたくなる
帰る場所はいつでも温かいのに
これから
どこまで行くのだろう
言ってしまおう
行ってしまおう
もう戻らなければいい
囁く声のまま
ひと時の夢だったのだと思え
きっとすべて元に戻る
眼を閉じてしまえ
不安定な雲の上
おぼつかない足元
踏ん張る力は弱い
それはまるで産まれたての仔鹿
だから電車に乗った
反対方向目指す行き先
揺れる景色に流れる時間を映して
山を越え
田を越え
知らない街を抜け
どこまでも揺られている
今も この瞬間も
「ちゃんと戻って来いよ?」
繋ぎ止めているのはその声だけ
言ってしまおう
行ってしまおう
本当に?
分からない行き先
どの駅に向かえば景色は変わる?
山を越え
川を越え
陸橋を渡り
明るい街を抜け
あなたの家を越した
もうここはすっかり遠い場所
なのにどうして思い出すのは
背を向けた方向なのか
逃げた
逃げた
楽になりたいから
だけど
どこまで来ても
忘れることはできない
振り返らなくても
いつも後ろに広がるは同じ風景
眩しい草原のような田
鮮明な色の山
包む広い空
「戻らなければ迎えに行くぞ?」
ああ そうだね
どれだけ山を越え
田を越え
川を越え
街を後にしても
悲しむ人を忘れられはしない
冗談めかしたその言葉に
今だけは甘えてもいいか?
少しだけ
あともう少しだけ