90 濃厚
◯ 90 濃厚
結局、地球での祝日は、丸々アストリューで過ごした濃ゆい9日間として終りそうだ。ギリギリ目一杯地球時間で32時間ぐらいだろうか? 微調整出来るからあんまり気にしなくて良いんだけど、さすがに家族に会いたい。
今日は断罪の儀だった。僕は魔法の拘束は無くて、鍛えるように言われただけだった。何故だ……聞いてみたらこんな位は華麗に避けろ、という要求があったらしい。……赤い髪の人だろうか。要求が通る事は少ないはずなのにおかしいな。というか恥ずかしい。
マシュさんは後輩の育成にも気を使うように言われただけで済んだ。機械の支払い請求も通ったそうでホッとしていた。
メレディーナさんも物損は、全額戻ってくることになった。そういえば火災保険はこっちではないんだろうか。
何故かレイも後ろから満足そうな顔をして出てきた。何か訴えたんだろうか? 気が付かなかったけど。
「何か面白い罰が言い渡されたみたいだよ?」
レイが何か聞いて来たみたいで、嬉しそうに言った。
「誰か何か言ったのか?」
マシュさんが皆の顔を見て聞いた。
「試みるとか言っておられたが、珍しく要求が通ったようですな」
カーザナトゥルさんが、頷いて関心を示していた。
「アキ、何言ったの?」
「え、僕? え、とそれは……僕の要求なの? まさか、いや……」
焦った。通らない前提で言った事だからだ。
「なんだ、気になるじゃないか」
マシュさんも興味津々な顔で追求してくる。
「そうだよ、アキ何言ったの?」
「う、ん。僕に謝るか、僕にしたのと同じ態度で管理組合の委員に、文句を付けて来てって……」
「それは……」
カーザナトゥルさんが絶句した。
「要は組合の幹部に、喧嘩売ってこいって言ったのか」
マシュさんが、ちょっと青ざめながら確認して来たので頷いた。
「うわあ、面白そうだね。流石アキ、気が利いてるよ。楽しいイベントになりそうだね。これは見逃しちゃダメだよ」
レイは一人興奮して飛び跳ねている。
「何時やるんだ?」
マシュさんはもう、平静を取り戻していた。
「さあ? 午後からの予定は……あ、幹部会議があるよ! 出口で張ってみようよ」
目が活き活きとして、嬉しそうに提案して来た。
「それより、ギャラリーが多い方が良いんじゃないか?」
マシュさんも見る気満々だ。
「そうだね、メレディーナも誘ってみよう、マリーは来れるかな」
「いや、でもそのまま採用って事は無いと思うんだけど……」
僕はカーザナトゥルさんに、本当にそのまま通っているのか聞いてみた。
「ふむ、確かに。ちょっと知り合いに確かめてみますぞ」
「うーん、ボクもちょっと聞いてみよう」
カーザナトゥルさんも興味はあるみたいで、誰かに連絡を入れて何やら聞いていた。どうやら、僕に謝るのところが、借金を返すか、になっているそうで、幹部に喧嘩を売ったら借金返済が無くなるらしい。その代わり、ただでは済まないという事は分かる。これは……する人いるのかな。よっぽど上のやり方に不満がある人じゃないと無理だよね。
「これはする人いないと思うよ?」
僕は素直にそう思ったので、そのままを言った。
「うむ、私もそう思うがな……」
カーザナトゥルさんも同意見だった。
「えー、そんなのつまんない。一応は確かめようよ〜、ザックリーブに聞いたら会議後10分ほど時間を貰うかもしれない、って真偽の審判から連絡があったって」
レイが駄々をこね出した。
「そうか、可能性はあるんだ。見逃すのは嫌だし、有るか無いか分からないが、とりあえず張ってみるか」
マシュさんも行ってみるだけでも価値がある、みたいな事を言った。
「二人が行くなら、行ってみようかな」
今日の午後は何も予定は無いし。罰で喧嘩を売るってちょっと興味はある、自分で言い出しといてだけど。
「そうこなくちゃ。じゃあ、出発だねっ」
「ごほん、私も付いて行きますぞ」
「勿論良いよ、無くても恨みっこ無しだよ」
「勿論」
「無論」
「うん」
そんな訳で、異世界間管理組合の総本部会議室の前のホールで僕達は軽く変装して、会議が終わるのを待った。なんで変装するのか聞いたら、ノリだよとレイに言われた。よくわからないけど、まあいいか。確かに気分は盛り上がっている。そこに、マリーさんとメレディーナさんが滑り込んで来た。
更に会議の終る時間には、隠れる所が無いくらいにギャラリーが増えた。なんでこんなに人が集まって来てるんだろうと聞いてみたら、みんな興味津々だったみたいで、組合中の暇人が集まってるとの事だった。これだけいたら隠れる所も無いし、変装も意味が無くなっていた。あるかどうか分からない騒動を見に来るなんて、皆仕事はどうしたんだろう。
会議が終わった。皆がゴクリとつばを飲み込む。会議室前はシーンと静まり、事の成り行きを見守った。
そこに、今朝の真偽の審判がやって来て、会議室の中に入って行った。一人しか居なかったという事は、やはり喧嘩を吹っかける人は居なかったという事だ。
急に会議室前の人達ががっかりした様にそれぞれ話し出し、やっぱりなぁとか、無理だと思ったとか色々言っていた。皆それぞれゆっくりと解散し始めた時、中から幹部の人達が出て来た。外の様子にちょっと驚いていて、何事があったのかという表情だったが、すぐに審判の姿を見て理解し平静さを取り戻していた。
その中の一人が、こっちに向かって歩いて来た。マリーさんくらい背が高い……もっとあるかも。近くに来るとすごく威圧感があった。鍛えられてるって感じの体つきだし、イケメンというかモデルって感じの人だ。
「よう、レイ。元気か? この騒ぎはお前か?」
レイの前に膝をついて目線を合わせて聞いている。
「やあ、ザックリーブ。元気だよ、そっちは?」
「元気だ。質問には答えような」
そう言ったかと思ったら、レイの両頬を両手でつねりながら引っ張っている。
「いででででで、むやぁー」
レイが叫んでいる。
「お久しぶりですわね、ザックリーブ」
「メレディーナもいたのか」
「ええ、興味深いですからね、無謀を通す気概のある者がいれば或はと……期待は裏切られましたが、これはこれで楽しめましたわ」
「ふむ、そうか。それで質問の答えは?」
レイの頬を離してにっこりと笑い、もう一度聞いていた。意外と表情豊かな人だ。
「ボクじゃなくて、アキだよ。審判に要求したんだ、組合の幹部に文句付けて来いって」
頬を両手でさすりながら、涙目で説明していた。
「ぷはっはっ、そんなバカを要求したか、で、何処にいるんだ? そのバカは」
豪快に大口を開けて笑いながら聞いた。
「目の前ですわ、ふふふ、相変わらずですわね」
メレディーナさんが僕の肩に手を置いて言った。
「お前か。オレはザックリーブだ。よろしくな」
立ち上がったザックリーブさんはやっぱり大きかった。
「は、はい。鮎川 千皓です。よろしくお願いします」
僕は見上げながら自己紹介した。
「で、何で、そんな事を思いついたんだ?」
この人も好奇心をその目に浮かべながら聞いて来た。やっぱりあの要求は変だっただろうか。まあいいか、僕はただ、不満なら言うべき所に言った方がスッキリすると思ったからだし、僕にしたように文句を言って来いと言ったのは、怒ってるというせめてもの意思表示で、本当に採用されるなんて思ってなかったのだから。その事をいうと、なるほどなとザックリーブさんは頷いていた。
「それをバカ正直に、採用するリシィタンドもどうかと思うが……いや、これだけ興味を引いたんだ、またあるかもしれないな」
「審判も何か思うところがあったのでしょう。それに、仰る通りこれだけ注目されるのですもの、恒例にして欲しいくらいですわ」
「なんだ、気に入ったのか」
「そうだよ。こんな楽しいイベントはここ最近、無かったからね」
レイが頷いてるメレディーナさんの隣で言った。
「イベント扱いかよ」
呆れた様子でザックリーブさんはレイを見た。
「そうね〜、あたしがいた頃にこんな面白い事が始まってたら、止めなかったかもぉ」
「げっ、元次狼か!? お前っ……」
ザックリーブさんはチャイナドレス姿のマリーさんを見て、ショックで次の言葉が出ず、口をパクパクと魚のごとく動かして指をさしているだけだった。
「ザックったら〜、あたしが綺麗になったからってそんなに驚いて〜。照れちゃうわっ」
体をくねらせながらザックリーブさんにウインクをしていた。
「変わった事は変わったが……」
ザックリーブさんはマリーさんの様子に力なく答えようとしていたが、後の言葉が出てこないようだった。頭痛を堪えるかのように頭に手を添えて、苦痛の表情でマリーさんを見ていたが、諦めたのか、ため息を盛大に吐いていた。
「もう、なによう〜、そのため息は。折角の再会をもっと喜んでよ〜」
マリーさんが唇を尖らせながら、ザックリーブさんの態度を非難した。
「そうだよ、折角来てくれたのに。メインディッシュは食べ損なったけど、この再会はまた楽しいよね?」
レイが同意を求めてザックリーブさんを見上げた。
「……濃すぎる再会だな」
その時、斜め後ろから大きな音がした。振り返ると、メレディーナさんが誰かの顔面に、膝蹴りを入れていた。ええっ!? 何が起こったんだ?
「メレディーナちゃ〜ん、久しぶりじゃの〜」
膝蹴りを貰い地べたに倒れふしながらも顔を上げて、その人物はメレディーナさんに挨拶した。
「組合長……お久しぶりですわね」
メレディーナさんはゴミを見るかの目線で、腹這いで近づいてくるその人物を見つめていた。結構、お年を召している方だけど、敬老の精神は……皆、放ってるのできっとこれが普通なんだろう。
「うえぇ、ルーゼじいちゃん来てたの?」
レイが、驚いていた。
「おお、レイちゃんもおったのか。綺麗どころが一緒におると眼福じゃのう、寿命も延びるわい」
そう言いながら、メレディーナさんの足にしがみつこうとして、避けられていた。なるほど……。
「で、そこの可愛こちゃんが、レイちゃんの新しい弟子かいの」
そう言いながら僕の方を見て立ち上がり、メレディーナさんに再度抱きつこうとして足を蹴られていた。
「そうだよ、アキだよ。僕が育ててるんだ」
「そうかそうか、ちゃんと育っとるかの?」
メレディーナさんに殴られながらもレイに聞いていた。今や、攻防はヒートアップしていた。メレディーナさんの強さはこのせいなのかな、と思いつつ見ていた。
「勿論だよ」
レイが胸を張って答えた。
「そうだったのか、なんか余計に心配だな」
ザックリーブさんが、ぽつりと言った。
「酷いよ、ザックリーブ〜。今度こそ大丈夫だよ、ばっちりだよ。本当だよ。ね、メレディーナ」
レイは拳を振りながら、熱心に詰め寄って訴えていたが、今一いい反応のないザックリーブさんに業を煮やしメレディーナさんに振った。
「そうですわね、ザックリーブ。あなたの心配は今のところは杞憂ですわ。私が保証致しますわ」
にっこりと微笑みながら、メレディーナさんは何処からか取り出した鞭でご老体の人物を縛り上げていた。何故か嬉しそうな顔をしているご老体の顔が目に入った。
「今のところは……か。ちゃんと頑張ってるんだな、偉いじゃないか。疑って悪かったよ」
ザックリーブさんはそう言ってレイの頭を撫でた。
「そうだよ、ボクだってやるときはやるんだからね」
レイはちょっと剥れながらも答えた。
「そうか、レイちゃんも成長したのお……儂はこの異世界間管理組合の組合長をしておる、ルーゼプト ヘッドゥガーンじゃ。アキと言ったのう、頑張るがよいぞ」
今や鞭で縛られ顔に新しく赤い手形が付き、正座をさせられている組合長に挨拶された。
「……はい。組合長、頑張ります」
あれだけ殴られたり蹴られたりしてたのに、怪我の一つもないご老体に、妙な畏怖を感じながらなんとか答えた。そう言えば、組織のトップは変態のじいさんだって言ってたな、とレイの言葉を思い出し確かにその言葉の通りだと思った。




