86 借金
◯ 86 借金
次の日、魔法生物について教わった。広く言えば魔法を使える生物は、人も含めて全部そういう部類になるみたいだった。一般的には魔法生物というとアストリューで暮らす人達にとって有益な種類をさして言うみたいで、その他はあんまり認知されてないとの事だった。更に契約を交わせるほどのものとなると数はぐっと減って、今の所は把握されてるのが三十数種類だと説明された。
「やっぱり動物系が多いわね。後、昆虫とかね、妖精とか精霊は気まぐれだから、中々打ち解けてくれないの……」
そう言いながら、リリーさんは隣にいたジャガーっぽい生き物を撫でていた。うーん、大型の猫科も可愛いな……とギャザーガルというここで進化したというその動物に見とれながら、僕は話を聞いた。大きめの牙がはみ出してる口元を見ながら、僕も契約出来るかなとか考えていた。世話が大変そうだけど……。
「可愛いでしょ〜、この子。ティテラっていうのよ」
「ティテラ、こんにちは」
挨拶してみたけど、ティテラは琥珀色の目でこっちを一瞥しただけで、後は目を閉じてリリーさんの手に頭を擦り付けていた。
「あ〜。気にしないで、この子も気まぐれだから」
「すごく大人しいですね」
「そうでしょ、この子とは主従契約だから、私の言う事は絶対なの。まあ、特に命令しないといけない事は殆どないけど」
「そ、うなんですか」
「まあね、こう見えてもわたし、結構強いから。動物は強い者には割と素直に契約してくれるの」
「はあ、全然そんな風に見えないですけど、すごいんですね」
僕はなんとか言えた台詞の後、つばを飲み込んでリリーさんを見た。何処の魔法少女だと言いたくなるほどリボンの沢山付いた黒とピンクの衣装を着てふわふわの髪型をしているが、爪は長く尖っていて赤い眼は瞳孔が縦に長く、何処からとも無く肉食系の感じがびしばし伝わってきていた。
「ありがと〜。まあ、この子は子供のときに拾ったから、人間には慣れてるの。普通成長したギャザーガルは契約は嫌がるものだし、だから子供のうちに慣れさせるの。でも、欲しがる人は少ないわね、餌が大変だから……狩りにも時々ストレス発散で連れて行ってるけど、よく食べるのよね」
それを聞いて飼うのは無理そうだ、とサクッと諦めた。
「手が掛かるんですね」
「植物も手が掛かるでしょ? でも、あなたの契約したカシガナは中々いけてると思うの……吸血カシガナ。倒錯的でわたし好みよ」
ペロリと長い舌で唇をなめてから、僕と目を合わせてきた。冷たい汗が背中を伝うのを感じつつ、初めてマシュさんとあったときの事を思い出した。この人の場合は素でこの感じみたいなんだけど……ベビに睨まれたカエルの気持ちって、こんな感じだろうか。
その後も外で偶然契約した際には、申し出が必要だとか細々した事を色々教えて貰い、妙な気疲れを感じながらも無事にアストリューの家に帰って来た。
「……家が、おかしい」
玄関前で固まったまま、思った事を呟いた。転移の場所が違ったんだろうか? 外観も大きさも変わっている。どうなってるんだろう? スフォラはここで合ってると返してくれているが……庭の方を見るとカシガナがあった。庭は変わってないみたいで、やっと自分の家だと分かった。
またマシュさんが変えたんだろうか? そんな事を考えながら、玄関のベルを鳴らした。いや、つい鳴らしたけど、自分の家なんだからそのまま入れば良かったと、鳴らしてから自分の間抜けさに気が付いた。言い訳するなら自分の家と思えないせいで、入りにくいんだけど。
「開いてるぞー」
「今度は誰?」
「さあ?」
ドアの内側から声が返ってきた。自分の家のはずだし、開ければ分かるだろう。僕は思い切ってドアを開けた。恐る恐る中をドアの隙間から覗くと、見知らぬ人達が忙しく動き回っていた。
「あのー、皆さんはどちら様でしょうか?」
思い切って聞いてみた。
「どちら様って、呼ばれたから来たのよ」
そう赤い髪の女の人が答えた。
「手伝いの子じゃない?」
緑の髪の女の子が、思いついた様に膝を叩いてそう言った。
「なるほど。紹介は後でゆっくりするとして、今はこの機材を組み立てるのが先決。さっさと手伝う」
勝手に何やら決めて、こっちの事を聞きもしないで話が進んでいる。
「えっ、でもここは「早く動くっ!!」」
僕が言い切る前に、栗色の髪の女の人が命令した。
「はっはい?!」
こんなはっきりと、命令なんてされた事がないせいで、つい返事をして仕舞った。
「しっかし、人使い荒いよな、主任」
栗色の髪の女の人が、僕に顎で荷物を運ぶのを指示しながら話を始めた。知らない人に顎でこき使われるなんて……悲しくなってきた。
「本当よ。この忙しいときに、余計な仕事をまだ持ち込むなんて、酷すぎるっ!」
赤い髪の女の人が、袋に入っていた部品を出してから、ゴミになった袋を丸めて壁に投げつけながら不満を言った。ああ、壁に傷が付いてないだろうか……。
「ちょっと、あんた。さっきから全然動いてないわよ?」
赤い髪の人が睨みながら僕に言った。今日はこういうタイプの人と会う日なんだろうか? いや、リリーさんはこんな感じじゃなかった、リリーさんがすごく良く思えてきた。
「ミレイの胸でも見てんじゃない?」
緑の髪の女の子が、からかい混じりにそう言った。
「ちょっと、やらしいわね!!」
それを受けて、赤い髪の女の人が、怒りの表情で手に持っていた物を僕に投げつけた。
「わあっ、あぶな……」
避けたけれど、床に散らばった何かに足を取られて後頭部から倒れた。その際に何かにぶつかり、ゴキンという金属的な音を聞いた気がした。痛みを感じる前に目の前が暗くなった。
目が覚めるとメレディーナさんの心配そうな顔が見えた。
「あれ? えーと」
いつの間に神殿に来たんだろう。どうだったけ?
「良かったですわ。目が覚めたのですね」
「そうだ、家が……あたっ」
動こうとしたら、強烈な痛みが走った。僕は頭を打った前の事を思い出した。でも何があったんだろう、こんなに体も痛いなんて。ぶつけたのは頭だったはずだ。
「アキさん落ち着いてください、怪我にさわりますわ」
「何で体が痛いんですか? 僕、頭を打ったと思ったんだけど」
「目が覚めたか? スフォラがいなかったら、今頃こんがり焼き上がってたぞ」
マシュさんが呆れた表情で言った。
「ええっ? どうしてそんな事に?」
「こっちが聞きたいぞ。ボヤ騒ぎなんて起こして、カシガナもビックリしたんじゃないか? 実が出来るときに、あんまり刺激は与えない方が良いんだがな」
「はあ、何かすいません。ボヤって何でそんな事に?」
「スフォラの映像を後で見る事になってる。が、彼女達の話が本当なら、お前が機械の弁償をしないとダメだぞ? 私と同じで借金まみれになるな」
何故か偉そうに借金の事を言ってきた。彼女達って家にいた人達だろうか……マシュさんの説明だと僕に責任を押し付けたんだろうな。どう考えても事故だと思うんだけど。
「機械は壊れたんですか? 僕の頭で壊れるなんて……」
「いや、その後に電源を入れたらショートしてボヤが起きたと聞いたけど、彼女達はお前が組み立てた所がおかしかったんじゃ無いか、と言ってるんだが?」
「え、僕は組み立てなんて出来ないですよ?」
「そりゃそうだろうな。心配せずともスフォラの映像は夢縁の誘拐からは、何かあった時の前後30分間記録する設定にしてある」
良かった。マシュさんも人が悪い、借金だなんて脅して。まあ、そんなすぐバレる嘘をついたんなら心配はなさそうだ。
「まあ、責任逃れだなんていけませんわね。それにアキさんに罪をなすり付けるなんて……しっかりと処罰を与えて下さらないといけませんわ」
メレディーナさんも怒ってくれている。
「そのつもりだが、どうもそういう交渉は苦手でな。出来ればたっぷり反省させたいんだが……」
と、メレディーナさんに目をちらりと向けていた。
「あら、いいですわね。マシュ様、ではまずは、映像を拝見いたしましょう」
そこにレイがやって来て、一緒に確認した。僕は途中で映像を見る事が出来なかった。ショートした機械から火が出て床に散らばったゴミに火が移った後、更に自分が燃えそうになってるところなんて無理だ。火がまわりきる前に水が天井から降って来るまで一分にも満たない時間だったが、僕には長く感じた。レイが実況中継よろしく、目をつぶっている間の事を言ってくれてたから、なんとか分かったけれど……見れたものではなかった。
「「「…………」」」
マシュさんは頭を両手でガリガリと掻きながら不機嫌丸出しになり、メレディーナさんは眉間に皺を寄せて何やら考え込み出した。レイは、僕の顔をみて心配そうにしていた。
「あんなに頭を打ちつけたら、普通は介抱するべきだと思うんだけど、放置だったね」
レイがぼそりと言った。
「その前に、あんな事で当たり散らすだなんて、信じられませんわ」
メレディーナさんが眉間をさすりつつ、目を閉じ言った。
「あいつら、配線も滅茶苦茶だ。よく、爆発しなかったよ。誰だ? 教育した奴は」
マシュさんが何やら怒っていた。
とっくに時間は過ぎていたけど、スフォラはまだ記録を撮っていたらしく、ボヤの後の彼女達の話し合いを聞く事が出来た。
「マシュさんって主任なんだ……」
僕はどうでも良いことを思いながら、その映像を見ていた。
「その言い方は何か引っかかる言い方だな」
「えっ、いや、そんな事無いです。すごいなと思っただけです。本当です」
マシュさんは今、不機嫌さが最高潮みたいで、ちょっとした事でも突っかかってきそうな雰囲気を醸し出していた。地雷を踏み抜かないようにしなくては……。僕は頬が引きつるのを感じながら、愛想笑いを返した。
「今はアキさんにあたっても、意味がありませんわよ? それこそ、この方々と同じ穴の狢と見なしますわ」
メレディーナさんが助けを出してくれて、ホッと胸を撫で下ろした。
「こんな奴らと一緒にしないで貰おうか? ここまで八つ当たりする沸点は低くない」
映像を指差しながらそう断言していた。
「分かってますわ。少々頭に血が上りすぎているようでしたので、窘めさせて頂いただけですのよ。彼女達の言う今度も、と言う言葉が気になりますわ」
「常習犯なら被害者がまだいるという事だからね、これはちゃんと捜査を入れた方が良いね」
レイが真面目な顔をして、何やら書類を書いていた。
「管理員にこのような方々が紛れるなんて珍しいですわね?」
メレディーナさんがレイに向かって聞いた。
「本当だね……幾ら人手不足だからって、審査はちゃんとして貰わないと。上に苦情を入れておくしか無いね」
「ふふふ、私と同じ素敵な借金生活を味合わせて上げよう……一年中監視付き、外出も申請しないと出来ない不自由さを教えてあげよう……くっくっくっ」
どうやら、マシュさんが壊れたようだ。最初に会ったときみたいに何やら正体不明のオーラを纏っていた。
「まあ、それに関してはいい先輩ですわね」
ものすごい嫌味なはずだけど……言ったメレディーナさんに不敵に笑い、頷き返すマシュさんがいた。二人のやり取りは理解出来なかったが、昔に何かあったんだろうな。




