65 悪夢
◯ 65 悪夢
「残念ー、よく見たら一匹は人間でしたー」
「え、僕? 人間です」
はっ、突っ込む所を間違えた。匹じゃないんだよ人間は、と今更ながら心の中で突っ込んでおいた。
「何かいい匂いがするぞ」
鼻をひくひく動かして、ちょっと緩んだ顔をしている。
「可愛い〜、猫ちゃんお名前は?」
「オレ、宙翔……なんか酔っぱらうな」
どうしたんだろ、急に酔っぱらうなんて言ってる。確かに目がトロンとしてる。
「宙翔? しっかりして、何で」
なんか、変だ。あっ、もしかして。
「ちょっと、もしかしてマタタビ持ってる? やめてよ。しっかりして、宙翔」
僕は宙翔の腕を引っ張って、ふらふらと董佳様の方へと向かって行こうとするのを止めていたが、引きずられてしまっている。
「こっちよ、宙翔ちゃん? おいで〜」
手招きしながらマタタビを振っている。
「だめだよ。董佳ちゃ、董佳様、止めて下さい」
「あら、董佳の知り合いだったの?」
やっと、僕の方を見た。
「え、董佳様じゃない?」
「そう、あの子の知り合いなのね。それじゃあこの猫は連れて行けないのかしら……」
ちらりとこっちを見て、何か考えている。座り込んでゴロゴロと喉を鳴らしながら、マタタビを掴んで尻尾を揺らしている宙翔は、もう理性がなさそうだ。董佳様と似た女の子は何か思いついたように笑って、こっちに手を伸ばして来たと思ったら急に眠くなった、おかしい夢の中で眠るなんて……。そこで、意識が途切れたらしい。次に目が覚めると、どこのお屋敷かと思うほど豪華な部屋だった。
「あれ?」
確か、宙翔の家で宴会があって……そのまま泊まったはずだ。こんな部屋じゃないはず……どこだろう? ベッドから出ようとして気が付いた。あるはずのものが無かった。
「え……ない?」
影が無かった。夢でも見てるのかと……あーと、思い出した。そうだった夢を案内して貰ってたんだ。という事はまだ夢の中だ。スフォラもいない、どこに行ったんだろう。おかしいな、離れる事無いって聞いてたのにな。いつも一緒だったから離れると不安……いや、しっかりしないとだめだ。頬を両手でペシッと叩いて気合いを入れて、スフォラと宙翔を探しにいく事にした。
しかし、気合いだけは良かったけれど、ベッドから出れなかった。なんだっ、この格好は!? すけすけのピンクのベビードールらしきものを着せられている。フリフリのレースの付いたミニ丈のそれは、何度布団の中を見ても変わらなかった。
「ふっ、服は? どこだよっ!」
こんな姿は誰にも見せれない。と言うか誰に着せられたんだっ!? いや、知りたくない、早くここから出て行きたいっ。涙目になりつつ部屋の中を探したが見つからない。同じ様なすけすけのガウンは見つかったが、それを着るのも嫌なので、とにかくシーツにくるまって周りをもう一度見渡した。お、落ち着くんだ、そうだ夢なんだから、服くらい自分で出せるんじゃないかな? 着替えを願ってみたが何もおきなかった。無理なようだ。僕でこんなんじゃ、宙翔は大丈夫かな? 焦っていると扉からカチャという音がして、ゆっくりと開かれた。一目散でベッドの向こう側に走って逃げたが途中、シーツに足を取られて盛大にこけた。
「はわっ……いつー」
たいして高くない鼻だが打ち付けてしまった。
「まあぁ、お客様ーっ、大丈夫ぅ?」
野太い声を無理矢理高くしているような声が聞こえた。は、仕舞ったシーツが……シーツどころか丈の短いベビードールはめくり上がって中をしっかりと見せていた……。今更だが、ベビードールとおそろいのショーツを隠し、シーツをたぐり寄せてくるまった。
「ああん、隠さなくてもとっても似合ってるわぁ、大丈夫よぉ」
と、間近で声をかけられたので見てみると、どう見ても筋肉ムキムキの男性が、フリフリのエプロンを付けて下にはミニドレスを着ている。青い髭後がどうしてもぬぐい去れない違和感にとどめを刺していた。僕はそのドアップでの視覚の暴力に、リアクションが出来ずに打ち付けた鼻を押さえながら固まってしまった。
「さあ、目が覚めたのなら、こっちのお洋服に着替えましょうね〜」
そう言ってフリフリのミニドレスを目の前に持ってくる。僕は無言で首を横に振ってシーツを更にしっかりとたぐり寄せた。
「い、いえ、あの、僕の服は……」
「あん、あんなの着てちゃだめだめぇ〜、折角の綺麗な足が隠れちゃうわ」
「でも、僕は男だし、そんな服はちょっと」
「そんな服だなんて……悲しいわ、折角あたしが心を込めて作ったのに」
そう言って涙を流し始めた。
「う、あ、や、可愛いと思うけど、僕には合わないよ」
「本当!? 可愛いと思ってくれるのねっ!」
僕の両手を握りしめて、目を潤ませながら感激したといった表情で、顔を近づけて来た。
「う、うん」
圧倒されて後ろに逃げ腰になっていたが、がっちりと両手を握られたままだったので逃げれなかった。
「いやん、うれしい〜! じゃあ、着てくれるわよね?」
たぶん、彼の最上級の笑顔で期待を込めていわれたみたいだが、見るのと着るのとはまた違うのだ。どういえば傷つけないでいえるだろうか……泣かれると顔が恐、いや……ごほん。
「い、や、でも僕は……スカートはちょっと」
「大丈夫よぅ、絶対に合うわ〜、あたしが保証するから、ね?」
「でも、友達を捜さないといけないし……」
背中に変な汗をかきながら、なんとか理由を絞り出す。
「あ、あの子猫ちゃんね? あの子ならさっき専用のお洋服を献上した所よ。とっても可愛くなってたわ〜、ね、あなたもこれを着て会いにいかなきゃ〜」
ああ、心配した通りになってたか……。助けに今からでも間に合うだろうか、いや、それよりこれを着ないと会えないとかは無いはず。いや、着ないとダメなのか? この感じは……。
「ス、スカートは恥ずかしいよ」
だめ押しで、もう一回拒絶してみる。
「そんな、恥ずかしがってちゃだめよ〜。何でもチャレンジよ! お友達も待ってるわ、ね」
「う、着ないとダメ?」
「ダ、メ、よ、さあ……」
そう言って、シーツごとベビードールを脱がされ、あっという間に赤のチェックに所々花の刺繍が施されたフリフリドレスを着せられた。これは巷で見た事のあるロリータとかいう分類では無かったか。更にボンネットとかいうのもかぶせられた。夢の中だからこの早業なんだと思うくらい、あっという間だった。
「ああん、やっぱり良いわね〜、若いからお肌がすべすべだわ、靴下も履かせるのがもったいないくらい足も綺麗し。いいわ〜」
そう言いながら靴を出して、これを履くように言われた。ここまできたら、言う通りにしないと前に進まない。
「う……」
少し高さのある靴なせいで歩きにくい。
「あん、もうダメよ。がに股で歩いちゃ〜」
「歩けないよ、この靴……」
歩きにくさに四苦八苦していると、歩き方のお手本を見せてくれたので、その通りに歩いてみた。
「まだまだダメだけどぉ、さっきよりは良いわ、合格よ〜」
最後にハートマークが付きそうな感じで言われ、更にウインクされた。何かいけないものを見た、そんな感じがして鳥肌が立ってしまった。
「ふう、やっぱりミニスカートよね。ちゃんとむだ毛も処理しといたから、出さなくっちゃね〜」
「はえ? むだ毛……?」
足を良く見てみると確かにすね毛だとかが見当たらない。
「え、といつの間に……」
「最初に着替えたときによ〜、だってとっても綺麗な足なんですもの〜。ちなみにあたしもやってるのよ」
そう言って筋肉隆々な足をくねらせつつ、ミニスカートをめくった。見えてはいけないものが見えた。なぜ、下着を着けていないのかものすごく問い質したい。そりゃ、そこも毛が取り除かれているけど、正直見て楽しいものでは……ハッと気が付く。まさか、そこもかっ!?
スカートの中を恐る恐る見てみたがショーツがあるため分からない……いや待て、こんな小さい下着なんてどこか見えるはずだそれが無い気がする。見る勇気が出なかったので、下着に指を入れて確かめてみた……つるつる!?
「…………」
目の前の男と目が合った。にっこりと笑っている……口を開いて何か言おうと思ったが、許容オーバーだったらしく、目の前が暗くなってきて目眩がし、ばったりと倒れて気を失った。




