42 変調
◯ 42 変調
そうこうしているうちに、体の方と調節するから、と僕は意識を眠らされた。気が付くと三日も経っていると説明された。体が痛いしうまく動かせない……どうやら体の方はまだ本調子ではないらしい。というか、それだけ体が弱っていた証拠だと説明された。
「瘴気で傷ついたというのもあるけど、大体は呪いのせいでエネルギーが体に回って無いのが原因だね。一旦体から離れたから良く分かるんだよ」
レイが心配そうに見ながら説明してくれた。体が重いのはそういう事らしい。本人が気が付かないくらいゆっくりとエネルギーを盗られ、少しずつ弱っていたせいで、急に体に戻るとその違和感が良く分かるとの事だった。
「痛みは死にかけた後の付属品、拒絶反応みたいなものだ。これ以上早く治療を進めるともっと痛みが増すから、これが限度だ……本来なら死んでておかしくなかったんだから、これくらいは耐えろ」
マシュディリィさんに何か資料を見ながら言われたが、今日はなんだか落ち着いているし別人のようだ。前はすごく恐ろしい感じがしたけど、なんだったんだろう。
「驚きましたわ、こんなにお体が弱っていらっしゃるとは……聞いてはおりましたが酷い事を。もう少しこちらで療養して行って下さいね」
メレディーナさんが眉をひそめ少し怒りをみせたが、僕を見て優しく励ます様に滞在を進めてくれた。
「はい、ありがとうございます。そっか、こんなに体が変だったんだ」
「そうだよ、自覚した? とりあえずはもうちょっと、意識が体と馴染むまでゆっくりしてると良いよ」
今日はゆっくり病人らしく、ベッドに横たわっていた方が良いと言われ、そうする事にした。痛みに顔をしかめつつベッドから手を出そうとしたけど、その動作すら億劫で、特に右側が痛くてそっちは断念してしまった。左手を見ながら、突き指は治ってると確認出来たくらいだ。瘴気の傷痕は薄らと残っていたが、これも日が経てば綺麗に治ると言われ、胸を撫で下ろした。
次の日には大分なじんだのか、なんとか起き上がる事も出来るようになり、一旦、地球の病院と繋いで家族と会う事になった。
「繋ぐ?」
なんだろう。
「そうだ、隣の部屋を地球の病室と繋ぐ。今回は世界を跨ぐが、ここの施設でも使われてるはず……知らないのか?」
マシュディリィさんが何か作業しながら、呆れた様にこっちを見ている。
「アキはすっごく鈍いから、気が付いてないと思うよ」
レイが横から含み笑いしながら指摘する。う、またからかわれそうだ。
「い、言われてみれば、移動が早い気はしてたけど」
いつの間にかそんな物を利用してたらしい。
「あれ、ちょっとは気が付いてたんだ」
「僕だって少しくらいは……」
疑ってる目線にあっさり負けて僕は言い訳を中断した。はい、本当は気が付いてませんでした。すみません。がっくりと頭を下げて項垂れた姿勢で反省してみた。
「まあ、反省はもう良いよ。鈍いのは充分、分かったからね」
地味に傷つくかも、本当過ぎて。
「ほらほら元気出して、家族に会えるんだよ、喜んで。それだけ回復したんだから、ね?」
「うん、そうだね」
家族の顔を思い出してちょっと元気が出て来た。自然と顔が笑顔になる。
「うん、その調子だよ。それから彼は、向こうでキミの担当医師ってことになってるから、紹介しとくね」
と、地球と繋がったのか、誰もいなかった隣の部屋からこっちに誰か入って来た。
「やあ、君がアキ君? 噂通りだね。私は陽護 啓太郎。君の担当医師として派遣されたんだよ。よろしく」
そう言って手を出して来たので、握手しながら僕も挨拶した。
「あ、はい。鮎川 千皓です。こちらこそ、よろしくお願いします」
優しそうな人で良かった。しかも、背も高くてイケメンだ。さぞかしもてるだろうな、というのが第一印象だ。……ところで手は何時、離してくれるんだろう。
「あ、の、離して下さい……」
とりあえず頼んでみたが聞こえてなかったかの様に、しっかりと両手で左手を掴まれつつ撫で回されはじめた。
「いや、もうちょっとこの感触を……」
この人は……やばい、背中に寒気が走った。
「おい、変な病気を移すなよ?」
マシュディリィさんが顔を歪めて、何かずれたことを言っている。
「こら! お触りは無しだって言ったでしょー」
レイが慌てて注意しているが、
「これは挨拶だよ、人聞きの悪い」
全く意に介していない。
「離して下さいっ。いっつ……」
手を引っ込めようと体を動かした拍子に、痛みが襲い呻いてしまった。
「ああ、ごめんよ。どこが痛いんだい?」
言いながら、体に触りだした。
「うわあぁ」
そのまま、ベッドに乗っかって来ようとしたところを、メレディーナさんが後ろから陽護医師の頭をそこにあった高そうな花瓶で殴りつけた。すごい音がしたけど、花瓶も頭も壊れてなさそうだ。……これも魔法だろうか?
「患者が痛がってるのに何をしてるんですか!」
力技なんて使えなさそうな感じなのに、陽護医師を引きずりおろし、声を上げて怒っている。
「いや、私の患者を良く診ようと……」
メレディーナさんの眉がこれ以上無いくらい上がった。う、母さんのあの目くらい怖いかもしれない。陽護医師もまずい事が分かったのか黙った。
「今後一切、アキ様に触る事は許しません。契約……いいえ、懲罰です。従ってい頂きますからね」
声自体は押さえられてはいたが、迫力は充分込められていた。そのまま陽護医師はどこかに引きずられて行った。まともじゃないのは分かった。しばらくして戻って来た陽護医師は僕に触る事ができなくなっていた。触ろうとすると弾かれ、それを見て僕はやっと安心した。
「お体は大丈夫ですか?」
メレディーナさんはさっきの感じは無くなり、いつもの優しい雰囲気に戻っていた。怒ると怖い事は覚えておこう。
「はい、もう大丈夫です」
「ごめん、結婚して子供も出来たみたいだから、あの病気も治ってるかと思ったんだけど……」
レイが人差し指で頬を掻きながら、謝って言った内容に驚いた。
「え、奥さんがいるんだ」
「そうなんだよ。まあ、あれも本気じゃないと思うから、大目に見てやってよ」
「まあ、そうでしたの?」
メレディーナさんも呆れながら聞き直している。
「浮気か? 奥さんに知られたくなければ実験につき合え」
マシュディリィさん、それは脅しでは……。
「誤解ですよ。患者を愛でるのが僕の仕事ですよ」
自信たっぷりに陽護医師が答えた。それも何か違うんじゃないかな……大丈夫かなぁ。




