34 鈍感
◯ 34 鈍感
その後、温泉に浸かりに行くと、伊奈お兄さんに会った。浴場で洗った後、露天の方に行くと一人湯船に浸かっていた。
「こっちに居たんだね」
レイが伊奈さんに話しかけた。
「レイン殿、何時こちらへ」
「さっき着いた所だよ、どう? 調子は」
言いながら、温泉に浸かる。調度いい湯加減だ。
「かなり良くなり、殆ど元通りです。お守りのおかげで助かりました。重ねて」
「うん、それはもう良いよ、照れるよ〜」
伊奈さんの言葉が終る前に、レイが照れながら言った。
「ふむ、そうであればもう言いませんが、気持ちは分かって下さい」
「もう、分かってるよー」
伊奈さんが頷いてこっちを見た。あ、話しかけなきゃ。
[え、とあの、庇って下さったみたいで、ありがとうございます]
僕は頭を下げて伊奈さんにお礼をいった。
「いや、礼には及ばない。こちらこそ、出し抜かれ攫われる事になって、済まなかったと謝らねばならぬ。この様な場所ではちゃんと謝れぬが、後で謝罪を受けて欲しい、どうか今はこれで……」
と頭を下げはじめたので僕は慌てて、止めた。
[え、そんな事しないで下さい。あれは、あそこから覗いてた僕も悪かったですし……あんな事になるなんて分からなかったから……そんな謝らないで下さい]
「うむ、そう言われてもだな」
[それに、最終的には助けてもらったし、もう良いじゃないですか? ね?]
僕はレイに振った。
「んー、良いんじゃない? 本人が良いと言ってるし。ソウシは真面目だからね、いつもこんな感じなんだよ。もうちょっと気を抜いてていいんだけどね、こっちまで緊張しちゃうよ」
[そうなんだ。謝罪はもう良いです、充分です。……そういえばお守りってレイが作ったお守り?]
聞くと、僕が気を失った後の事を伊奈さんが教えてくれた。元々それを渡しに来ていた事も。
[そうだったんだ。じゃあ僕、レイにも助けられたんだね。どうもありがとう、気にしてくれてたんだ]
僕はレイに守られてた事に、嬉しさと感謝を込めて礼をいった。
「やっと僕の偉大さに気が付いた? ちょっと遅いよ、鈍いにもほどがあるよね」
ちょっと機嫌がいい感じで自慢げにそんな事を言っている。まあ、確かに鈍いけどね、言ってくれないのも悪いと思うんだよ。
「これで固い話はもう終りにして、温泉を楽しもうよ。折角なんだし」
「うむ、確かにここの湯を楽しまぬのはもったいない、千皓殿、もっと浸かる方が良いぞ」
[あ、はい、あ、呼ぶのはアキで良いですよ、伊奈さん]
「うむそうか、ではアキ殿、自分の事は蒼史と呼んでくれ」
[はい、蒼史さん、殿もいらないですよ、もう呼び捨てでも気にしませんから]
「そうか……アキ、これで良いか?」
[はい、それでいいです]
ちょっと硬さが取れて来たかなあ、名前からでもいいよね。
「ふむ、それならばアキも蒼史と呼び捨てでいいぞ」
[え、そっか、えと蒼史……]
最初って呼びづらいな、でもこれから慣れないと。
「うむ、それでよい」
「ぶ、ぷぷぷ、くくぷぷ」
[レイ、さっきから何笑ってるの?]
少し前から小さく笑いが漏れてくるとは思ってたけど、どうしたんだろう。
「いや、なんか可笑しいから、いや、何でも無いよ。ソウシ、ボクも殿はいらないよ?」
「う、レイン殿はしかし……」
「えー、ボクだけ仲間はずれ? 酷いよー、アキもそう思わない?」
「え? そ、そうだねこの流れからすると、レイも呼んだ方が仲間っぽいよね」
「ほらー、そう言ってるじゃない」
「…………」
ソウシさんが真顔でうろたえている。
「呼べないっていうのー」
ソウシさんが困った末に、どうやら覚悟を決めたらしく、
「いや、ゴホン、レイン」
と呼んだ。
「そう、それで良いんだよー、全く。ソウシの頑固さにはこっちが疲れるよ」
[呼び方って最初に決まると変えるのって難しいね]
「うむ、そうだな。少々難しいようだ」
「えー、簡単だよー。今日変わったじゃない、この調子だよ」
[うん、やろうと思えば出来るよね。関係改善には良いかも]
「そうだよー、難しく考えないのーソウシに影響されてちゃダメだよ、アキ」
[え、そうなの?]
「もー、気が付いても無いよ、心配だなこの調子じゃ。そうそう、メレディーナがアキに霊泉の感想をお願いしてたからしっかりと温泉味わうんだよ」
「え、感想?」
「そう、異世界が初めてだって言ったら是非感想をだって。ちゃんと感想をまとめて書いたら良い事あるよきっと」
[え、異世界……]
「……その顔はまさか、気が付いてなかったとか?」
[う、あ……]
なんて答えたら良いんだろう。確かに今、言われるまで考えても無かった。……そうかもうここは異世界になるんだ。
「呆れた。まさか気が付いてないなんて……地球にこんな所ある訳無いんだけどな。と言うかここまで鈍感だとは。……いや、これはひょっとしてある意味、大物なのかな?」
「うむ、今まで気が付かなかったのか。普通では中々無いと思うぞ、アキ」
「感想は碌なの書けそうにないねこれは……まあ、一応書いてボクにみせてよ」
[う、うん]
二人に呆れた顔をされて、急に恥ずかしさから居心地が悪くなってしまった。僕ってなんでこう決まらないんだろう。




