33 宿
◯ 33 宿
サレーナさんについていった日本風温泉は、温泉街の様な町並みが再現された所から少し離れ、落ち着いた雰囲気のこじんまりとした宿で、隠れ家的な感じだった。
[はあ……日本みたいだ]
温泉街を浴衣に下駄を履いた姿の人が歩いているのを見て、感心してしまった。
「この一角は日本から来た方が管理してますので、こういう情緒のお好きな方はこちらに来られますね。四季も再現されてるとかで、今は秋ですね。10月頃でしょうか、美味しい物が多い時季ですね」
[はあ、道理でちょっと寒い感じがした]
昼間なのでまだましだけど、夜は少し冷えそうな感じだ。
「そうだね、こっちに来るとちょっと寒いね。ここもこだわりで、地熱の高い場所を選んで温泉を引いたって聞いたけど」
「ええ、そうなんですよ。何やらこだわりがあるようで、温泉卵とか、温泉饅頭を作るからとおっしゃって、それが無いとここは完成じゃない、とかなんとか。わたしには良くわからないのですが、そういうものなんですか?」
[えーと、そういうものと思います。まあ、こだわるところは人それぞれ、かな?]
そうこう言ってる間に宿に着き女将さんに紹介された。
「こちらは連絡したレイン様とアキ様です」
「まあ、レイン様にアキ様ですね。ようこそいらしゃいませ、月下猫宴の宿へ。早速上がって下さい、外は寒かったでしょう? どうぞ奥へ」
ちょっと恰幅の良い優しげな女将さんが、明るく迎えてくれた。うん、日本の宿って感じがする。
「こちらは女将の晏寿さんです」
[よろしくお願いします、女将さん]
「よろしくねー」
僕達は促されるまま玄関を入りスリッパに履き替えた。宿の名前の通り2匹の猫が迎えにきてくれた。お福さんは元気かなぁと、ちょっぴりホームシックに掛かりそうになりつつ、部屋へと案内してもらった。途中に足下の周りをくるくると走り回りながら付いてくる猫達に癒されながら、着いた部屋で浴衣に着替えた。
[レイはもう仕事は終ったの?]
「んー、まだもうちょっとかな。何? 心配してくれるの?」
[え、あ、やーどうなのかなと。神様の仕事って大変なのかなとか思ったり……]
「ん? ボクの仕事はそんなたいした事無いよ。時間がかかるけど今回で仕上げなくても良いし、これが終ってもしばらくここに通いになるのは確かだしね」
[そうなんだ……]
通うなんてホントは結構大変なのかも。
「まあ、神様っぽい仕事と言えばそうなのかなあ、一応お守り作りだし……メレディーナと一緒にだけどここの霊泉を利用して作ってるんだよ。特徴を生かして護符やら護り石やら色々作って管理員達に渡してるんだよ」
[へえー、お守り作り……]
よく神社で売ってるのを想像したが、ちょっと違うそうだ。
「あんなのと一緒にしないでよ! 全然違うんだからー」
拳を振り上げ、顔を真っ赤にして怒ってる。
[そ、そうなの? ごめん、よく知らないから]
僕は、慌てて謝る。
「そうだよ、ボクだってプライドがあるんだから、あんな量産品と一緒にしないで!! 効果が全然違うんだからね、そこは分かってよね」
どうやら何かが違うらしい。
[う、うん]
「これは講義をしないとダメだね……。確かあいつは……」
何やら、ブツブツ呟きだしたので、部屋に置いてあったお茶と温泉饅頭を食べてみる事にした。小さな包みを開けると、温泉マークではなく、猫の足跡の焼印が押された饅頭が出てきた。かわいい。
[ん、おいしい]
食べてみると程よい甘さのあんの中に栗も入っていて季節を感じた。庭を見ながら、紅葉の季節も綺麗そうだな……もうちょっと先だろうかと思いつつ見ていると、誰かが庭の手入れをしている。よく見ると着物を着た二足歩行の猫だった。人と同じくらいの背丈がある様に見えるのは気のせいだろうか。
「アキ、聞いてる? ねえ、饅頭片手に何見てるの?」
肩を揺すられてやっと脳内フリーズから帰ってきた。
[あ、レイ。今さっき、着物を着た猫が……]
さっき見かけた所を指さしたがもう居なかった。
「着物を着た猫? 確かここのご主人じゃないかな、庭の手入れが趣味だって蒼史が言ってたし」
[ほえ、見間違いじゃなかったんだ]
「そろそろ慣れると良いよ。異世界なら人型だけが覚醒者や、神って訳じゃないし、地球だってそうなんだしね」
そうか、そうだったんだ。気が付いてなかったよ。
[そうだね、頑張って慣れるよ]
そう言えば、伊奈さん達も元は狐だって言ってたな……ちょっと見てみたい。いつかみせてもらえる機会があるだろうか。




