14 母
◯ 14 母
いつの間にか家の玄関前に着いていた。僕は、ごくりとつばを飲み込み、玄関のドアを開けた。
「ただいまー」
靴を脱ぎ、入っていくと母さんがいた。
「お帰りなさい」
「あれ、今日は仕事は?」
うちは共働きだ。
「早く帰らせて貰ったの、千皓とお話ししなくてはね」
「母さん」
ダイニングテーブルに向かい合って座った。
「父さんに言われたのよ。ちゃんと千皓からも聞きいたのかって」
「父さんが?」
「この前の植木鉢が割れてたの、父さんだって告白してたわ、黙ってて済まない、ですって。後で謝ろうと思ってたけど、いつの間にか千皓のせいになってたから、悪いとは思いつつそのままにしてたそうよ。まったく大の大人が……」
「あれ、父さんだったんだ」
驚きだ……。真犯人の告白があったなんて。っていうか黙ってたなんてひどいよ父さん。
「僕、てっきり玖美が割ったと思ってた。なんかすごく僕のせいにして来てたからそうだとばかり……」
「そんなに母さん怖いかしら? みんなしてそんなに避けられるなんて」
思ってもみない事を突然言われる。
「いや、そんな事は」
「その泳いでる目は何? こっちを見て言いなさい」
うああ、怒らせた?
「そんなことないよ」
「棒読みね」
そんなに睨まないで下さい。胃の辺りがぎゅっとなってきたような、きっと父さんも同じ事を言われたに違いない。父さんの間抜けー。僕は、早々に白旗を揚げる事にした。
「ごめんなさい。昨日もひどい事いってごめんなさい」
僕は反省の意を込めて頭を下げた。決して母さんの目が怖いから顔を逸らしたかったわけじゃない……と思う。はあー、と母さんが溜息をついた。それだけで、びくっと反応してしまった。
「顔を上げなさい」
「はい」
「悪い事してないなら、そんなに怖がる事無いでしょう? 何したの?」
「何にもしてません」
言った瞬間、ギロリと目力が増した視線と目が合った。ただその、怒ったときの母さんの視線が怖いだけです。悪い事はしてません。本当なんです。僕が音を上げかけた時、やっと目が離された。助かった。あの目は怖すぎる。
「それで、昨日のお金は千皓のお金じゃないのね?」
「玖美にはお金は渡してないよ、父さんに預かってた本代だし、渡せないよ。貯金もギリギリだし」
「そうね、友達と貯めてるんだったわね」
「うん、高卒頃には免許を取りにいく約束だし、携帯代も払ってるし」
でも、肝心の約束したシュウはもう、いないんだ……。昨日と今日では貯金する気持ちが変わって来てる。どうしよう? いや、一人でも免許は取りに行こう。最後の約束だし。
「どうしたの? お小遣い足りないの?」
突然黙ってしまった僕に、母さんが聞いて来た。
「そんな事無いよ。大丈夫だよ」
僕は首を振って否定した。
「そう?」
「うん。心配ないよ、玖美のお小遣いまでは出ないけどね」
「そうね、玖美はどうしてあんな事を……昨日、父さんと言ってたんだけど、反抗期かしらって」
「反抗期?」
「そう。高校受験のストレスもあるだろうし、家族で支えないとね。まあ、後で玖美にも聞いてみるわ。昨日は話も聞かずに悪かったわ、母さんこそ、ごめんね」
「うん」
母さんはキッチンに向かって行った。僕はホッとして体の力が抜けた。そう言えば、こうやってちゃんと母さんと話をするのはひどく久々な気がする。こうやって時間を取るべきだったんだな、誤解される前に。
父さんが本代のおつりは使って良いとか言ってたのは、もしかして罪滅ぼしだったんだろうか? 僕、騙されてる? 玖美といい、父さんといい手玉に取られてる様な……いや、気のせいだきっと。いや、やっぱり後でトシに相談しよう、客観的な意見が欲しい。




