140 事情
◯ 140 事情
「緊急連絡なんて、直接してくるんじゃないわ」
董佳様は不機嫌だった。黒スーツの人達と一緒になってこっちを見ているが、話は事情聴取ではない気がする。
「はあ、すいません」
気が動転してたかも……。
「何事かと思えば、質の悪い冗談みたいな映像まで送って来て……食事中だったのよっ!」
ドンっと机の上を拳で叩いて抗議された。確かにあの映像は、女の子にはきついかもしれない。
「それは、ごめんなさい」
「私のエビ天が……」
悔しげに唇を噛み、握りしめた拳を震わせながら俯いた。
「エビ天、天ぷらだったんですか?」
僕の言葉に少し顔を上げて、
「落としちゃったじゃないの!!」
こっちを上目遣いに睨みながら言われた。思い出したのか、なんだか涙目だ。
「すいません」
好物だったんだろうか。何となくそんな感じだ。
「謝ってばっかりね。でも、真剣さが足りないわ!」
怒りの視線で射抜かれそうな勢いだ。
「う……反省してます」
頭を下げて謝った。
「まあ、探してた女がいたから、今回はそのくらいで許してあげるけど、次は許さないわよっ!!」
頭を下げてからしばらくして、お許しの言葉が聞こえてきた。
「はい、ありがとうございます。……それで、昨日の人達は誰だったんでしょうか」
恐る恐る、昨日から疑問だった事を聞いてみた。董佳様は腕を組んで横目でこっちを睨んでいたが、さっきよりは視線の鋭さが抜けた気がする。
「……その前に昨日の説明が先よ。どのくらい知っているのか聞いておくわ」
「あ、はい」
僕は学校帰りに、後ろからタオルを顔に押し付けられたところから話した。
「何よ、要領得ない話ね」
「だって、全員名前も知らない人ですよ?」
「あんなに怨んでるのに本人がこれじゃ、なんだか可哀想になるわね」
そんなことを言われても、こっちは本当に心当たりもないのだから仕方がない。
「多分、人違いか、受付の人が変な事を吹き込んだと思うんですよ。映像を見たけど、元受付の人はやっぱり変な事を言っているし」
「映像持ってるの?」
「え? あ、はい」
「それを見せれば説明なんて要らないでしょ、さっさっと見せなさいよ」
あんた馬鹿でしょうと目が語っている。
「事情聴取だから要らないのかと……」
こんな経験初めてだから勝手が分かってないんだよ……と心の中で言い訳をした。
「つべこべ言わないのよ。間抜けなんだから、もう」
映像を見た董佳様は、何にも知らずに殺されるとこだったのね、と哀れみの視線を送って来ていた。そうですよ、だからもう少し優しくして下さい。
映像を見た後、それをコピーされて彼女達の説明を受けた。最初に声をかけて来た女の人が、松宮 摩耶で、ジェッダルのファンクラブのリーダー的存在だ。他の人達はファンクラブの一員だそうだ。
松宮はこの事件で使われたシールの図案を最初に考えたとされる人物だった。そこから先の改良にはこの様子からして関わってないと見ているそうだけど、とにかく捕まえられて良かったと言っていた。メンバーの潜伏先も知っていると見て、更に調べが行われている最中だそうだ。
夢縁の元総合案内の受付の人は石島 カレンで、この他にも怪しい所に色々と情報を流していた可能性が出て来たので、もう一度調べ直すと言っていた。ところでこの人、マリーナにヘッドバットを食らったと主張しているけど、何か知ってるかと聞かれた。僕は知らないと正直に答えた。あの時は火をつけられて死ぬかもと思っていたのだから、そんな事までは記憶にない。
二人ともこの後は記憶を消されて、おとなしく生活するように処置されると聞いた。そうなんだ。裁判みたいなのは無いのか聞いたら、白か黒かは会って観ればすぐ分かるのにそんな無駄はしないと返された。確かにそうかも……。
松宮 摩耶に関しては、父親の経営していた印刷会社もシール作成に関与しているから、まだまだ調べれば何か出てきそうだと言っていた。スポンサー関係も洗っているけれど、架空会社ばかりで手がかりが掴めないらしい。ジェッダルの件では生命エネルギーを主に集め、ゲームでは資金を集めていた様子だけれど、肝心のものが何処に持ち去られたのかが分かっていないみたいだった。
「最近、日本の神界でも霊泉の一つが失われるという事件があったのよ。どうも、あの謎の瘴気の固まりのせいだって事は分かったのだけど、源泉から枯らせるなんて碌でもないわ。復活にどれだけ時間がかかるか分からないわ」
「霊泉を狙っているんでしょうか?」
そんな話は初耳だ。
「アストリューも狙われたと聞いてるわ、何か聞いてない?」
董佳様は真剣な表情だ。
「僕はその時は……」
さて、どう説明すればいいんだろう。
「え、と、いたんですけど、その、仕掛けた人にボコボコにされて寝てました」
「そこは根性で見ときなさいよ」
董佳様は横目で軽く睨みながら、文句を付けて来た。
「いや、無理ですよ……」
当時の事を思い出し、体がブルリと身震いした。
「どんな顔してるのよ、そいつは」
「何か、操られてたから仕組んだ人とは別みたいで、調べてるみたいですけど、異世界間管理組合の本部に連れて行かれて……こっちでは詳しくは分からないんです」
「使えないわねぇ」
呆れたようにいわれ、ため息をつかれた。
「はあ、すいません」
「ボコボコってどのくらい?」
「失明手前の歯が折れて、頬骨にヒビと両腕の複雑骨折だったかな」
そんなくらいだったっけ? あれは思い出したくないよ。
「生きてて良かったわね。それは映像無いの?」
そんな感想を言って、映像を求められた。
「……見ない方がいいですよ、エビ天より酷いですし」
サレーナさんを泣かせてしまったし、やっぱり女の子にはきつい。
「そうなの?」
「スプラッター映画並みです」
「あら、平気よ」
「僕が嫌です」
目を逸らしながら答えた。あんな映像は見ない方が精神衛生上いいに決まっている。
「意気地がないのね」
「はい」
なんと言われようと、あれはあんまりお勧めしないよ……僕も極力避けたい。
「余計に見たくなって来たわ。ケチらずに見せなさい」
命令になって来た……そんなに言うなら仕方ないかな、でも。
「夢に見ますよ?」
知りませんからね?
「ダメなら途中で止めればいいでしょ」
「はあ」
そんな訳で視聴会が始まった。董佳様は当分ミンチは見たくないわね、と言っていた。やっぱり刺激的すぎたみたいだ。主に黒スーツの人達の顔色が悪い。
「ところで、知り合いだったって事でしょ、なんで好きだなんて事になるの? この前は何かあったの?」
す、鋭い……目を逸らしたが、追求を躱せなかった。仕方なくボヤ事件を見せた。
「この、栗色の髪の女を調べて」
見つけたといった表情で映像を止めさせて、食い入る様に見ている。
「はっ、了解しました」
黒スーツの男が返事をした。
「知り合いですか?」
「んー、勘かしらね……叩けば埃が出るはずよ。どこかで見た気もするし」
首を傾げながら何処だったかしらと、思い出そうとしていた。董佳様は映像に何かあると勘が働いたんだろうか……。神界の事はまだまだ謎だ。




