129 実
◯ 129 実
「とりあえず、家は変わったから先に言っておくよ」
レイが神殿から家に帰る直前にそんなことを言った。
「変わったの? カシガナは?」
「えーと、位置は変わってないんだ。周りが変わったんだ」
「家の事は私が説明を致しますわ」
アイコンタクトでレイと変わったメレディーナさんの説明では、カシガナが魔力を貯め出したのを見て、元々裏にあった空き家を解体して、頑丈なセキュリティーに改造する予定になったらしく、買い取りを進めていたらしい。その後詳しくマシュさんが購入したあのエネルギー測定機で調べたら、カシガナの為には周り全部の環境を変える方が良いと判断し、目の前の状態になったらしい。
「周りの家が……」
「ええ、ここに住んでいた方達は、あちらの方へ移って頂きました」
そう言って、メレディーナさんは離れた場所を指さし、あの奥ですと言った。僕の住んでいる場所は街の中心からは離れていて、静かな住宅地だった。街からの道なりに何軒か固まりながら丘の上に向かって建っていて、その一番奥の集合宅が家だった。隣近所の人達はもう少し街よりの場所の、街を見下ろせる景色の良い方へと移って貰ったみたいだ。僕の家は丘の上でも頂上より奥に位置しているので、窓からの景色は街を見るのとは違って森の入り口を見る感じになる。
「あの木が立っている所からこちらには、人避けの仕掛けがしてあります。人を呼ばれる時は直接こちらに呼ばないと、迷われますので気を付けて下さいね」
「はい。あの、そんなに大変なんですか?」
カシガナの何がそんなにしないといけないんだろう。
「それは後でご説明しますわ。大丈夫ですよ、そう、たいした事はありません」
そうなのかな、なんだか大掛かりだけど……。
「周りを広げたのには訳があります。カシガナですが、この種はアキさんでないと反応しませんから、ここでアキさんが育てて下さい。神殿での栽培よりはこちらで一緒に育てた方が環境も良いでしょう」
そう言って、二つ目のカシガナの種を返してくれた。何となく分かった。
「ここで増やすんですね?」
「そうです。話しが早くて助かりますわ。ここで育てて実が出来たら収穫して頂いて、神殿へと届けて下さい。きちんと後で正式に依頼しますので、内容を決めて契約を致しましょう」
「はい。それなら出来そうです。でも増えたら……」
「大丈夫です。強力な助っ人が生まれます」
そう言って、メレディーナさんはカシガナの方へと連れて行ってくれた。三つ目の実が見える。中々成長しなかった三つ目の実は、オレンジくらいの大きさになっていた。よく見ると中身が動いた。
「妖精になるようです。もしかしたら、精霊かもしれませんが……今の段階ではそれに准じた者と思われます」
「はあ……」
僕は真剣に中を見たが、まだ、実が充分に育ってないせいで、透明度が低くてて姿は良く見えなかった。
「妖精の実……」
すごい、ファンタジーだ。確かに植物の妖精なら、森の中ってイメージだ。環境はその方が合ってそうな気がする。僕はそっと、無事に成長するように祈った。手に包むようにそっと触ってみる。ほんのり暖かい光が中から漏れた。うん、生きている。
「嬉しそうだな」
マシュさんがその様子を見ながら言った。
「それは、まあ」
「この庭はカシガナだけでなく、色々と植えて下さい。その方がカシガナも楽しめるでしょう」
五軒分の広さの庭を見て、メレディーナさんは微笑んだ。
「はい。そうします」
これだけ広ければ、何でも植えれそうだ。それに森の中にも沢山収穫出来る物がある。それを集めるのも楽しそうだ。家も大きく広げてて、収穫した物を貯蔵する場所まで作られていた。なんだか農家デビューするみたいだ。まあ、最初は家庭菜園の延長からになるけど、菜園班の皆にも手伝って貰えるし、良しとしよう。
「じゃあ、新しい契約の内容に変更だから、それを先にやってからマリーの料理を楽しもう」
マリーさんがキッチンでいい匂いをさせながら、何かを作っていた。
「うん、このリビング広いね……」
六人がけのテーブルに、ソファーセットを置いてもまだゆとりがある。
「ええ、マシュさんは家を引き払って移り住んでいただき、本格的にこちらで修行をして頂きますの」
「え? 修行って……あ」
思い当たった。メレディーナさんの表情からするに、片付けだ。
「マリーさんが監視をしてくれますから……たまに、アキさんもチェックして頂けると良いのですが?」
「はい、分かりました」
僕もリビングがあの状態になるのは困るから協力しなくては。
「良かったですわ」
マシュさんは居心地が悪そうだったが、どうやら少しはやる気があるみたいで、小さく頷いていた。
そのまま契約の話になった。まだ、一つ目の種を植えたばかりで、何時収穫が出来るか分からない事もあり、随時変更という形で収まった。カシガナの研究も本格的に始まっていて、契約のインクに入れる事まで試しているらしかった。生地の染色の際に入れても魔法の効果が籠った物が出来る、という話しが出た時は、マリーさんが目の色を変えていた。勿論、料理にも使えるし、用途が広くて正直どこに投入するか迷っているらしかった。勿論、僕は苦くない薬をまずは望む。
「まずはアストリューらしく癒しで使う事にしますが、次にどうするか……利益も絡んできますから研究の結果から、必要と思われるところへと少しずつ広げるつもりですわ。その際はアキさんとも相談をしますわね。使い道を分かっていれば、モチベーションも違って来ますから」
「は、はい」
取り敢えずは神殿とだけの取引をする専属の契約になった。悪用を防ぐ為に必要な手続きだと説明された。そのため、僕も含めて完全管理付きの保護までついた内容だ。でも、考えたら今までとそう変わらない気もする。
「それから、一番重要なお話がありますわ」
「まだあるんですか?」
「ええ、実はカシガナは他の物を成長、進化させる力を持っています。ですから、ここの環境は少しずつ変わると考えています。まずはこの森もカシガナが増えるたびに変わってくると思われますし……いずれはこの星ごと変えてしまう程のものを秘めているのですわ。まあ、そこまで力を付けるのは、何百年くらい先ですので心配なさらないで下さいね」
僕の顔を見て途中でクスリと笑いながら、メレディーナさんは言った。お、脅かさないで欲しい。
「じゃあ、その研究もするんですか?」
「そうですわ。契約しているアキさんも調べますわね」
「う、あえ、と、そっか、そうですね」
「時折、神殿の職員が調査の為に出入りしますが、それは仕方ないと思って下さい」
「はい。分かりました」
「レポートが増えるね、アキ」
「えっ?」
「ここの様子や、植えたもの、成長記録その他諸々やらないとダメだよ。菜園班での仕事の手伝いのとき、やってたあれだよ」
「ああっ! そうだったのか」
あれをやるのか……まあ大丈夫だろう。後でザハーダさんに手伝ってもらおう。項目作るの大変だし。
「大丈夫?」
「うん、なんとか。手伝って貰うし」
「じゃあ、用意出来てるみたいだから、テーブルに移ろうよ」
レイが、一番乗りで料理の方へと向かった。
「いい匂いですわ」
「どうぞ〜、召し上がってくださいね〜」
「ごちそうだな」
「いただきます」
マリーさんの料理は相変わらず美味しかった。フリーマーケットで布を売っていたおばあさんに教えてもらった、というレシピで作った料理は優しい味がした。




