127 禁術
◯ 127 禁術
「よし、来たぞ」
また学校だ。池田先輩の見ている学校は歪んでいて走りにくい。追いかけっこの始まりは演劇部の部室からのスタートだ。
「角田、そっちに回れ!」
僕の逃げるスピードに合わせる感じで、じわじわと包囲網が狭められて行く。ゆっくりと捕まえる動きの腕をかいくぐり、階段を駆け下りた。
「池田さん、階下に逃げました」
「意外としぶといな」
「俺たちの事は分からないんですよね?」
「そうだが、どうした」
「何か目が合った気が……」
「気のせいだろ、そっちから挟み込んでもう少し追いつめろ」
「はい」
会話が聞こえる。僕は、階段下の道具入れの中に隠れていた。
「はあ、はあ……は……」
危ない、目を合わせてしまった。でも、気が付いてないみたいだ……。董佳様に正式に囮調査を依頼された。怜佳さんの守護で契約をさせられても解除できるように、分からないくらい慎重に防護膜が体(夢意識)に張られている。スフォラはいない。とっさに隠れたが、余り意味は無い。
「見つかりません」
「どこかに隠れてるな……そっちだ」
池田先輩の夢の中だ。何処に隠れてもすぐに見つかる。僕は声が聞こえていたが、あえて飛び出さずにドアが開くのを待っていた。彼らの声は聞こえない振りをし、声も出してもいけない。結構難しい。
レイには断っても良いと言われたが、どのみち先輩達には毎晩追いかけられるのは変えられないので引き受けた。
僕はドアが開かれて大げさに手を挙げて脅してくる先輩達を見ながら、これ、笑っちゃダメだよねと思いながら後ずさった。我慢出来ずに後ろ向きで笑いを堪えていたら、怯えて泣いていると勘違いしたみたいで、今日はこれで追いかけっこから解放された。何時まで続くんだろう。
「大丈夫?」
「うん、なんとか。笑わずに済んだよ」
追いかけっこは僕に合わせてだし、大げさなリアクションが何かのコントの様で、笑いを堪えるのに苦労した事をいうと、心配は今の所は無いねと胸を撫で下ろしていた。
宙翔もあれからもう少し、情報を集めてくれて多くの灰色の影の出ている学校名を何校か挙げてくれたので、雨森姉妹に伝えた。宙翔が協力してくれてる事で怜佳さんは始終ご機嫌で応対してくれた。
囮と言っても調査が目的の為、危険はそう無いと思う……契約の際は誰か他の人物が出てくると考えられていて、誰が指示しているのか少しでも情報を探る為だった。念の籠った呪符を駆使して僕を喚び出す術を使っているので、入手元も調べれたら一番良いのだけど、うまくいくかは分からない。時々レイが外から夢を覗いてくれているので、危険なときはすぐに助けては貰える。
現実では、僕の酷い噂が流れ始めた。トシが心配して教えてくれた内容は、僕が佐々木さんを脅して付き合いを強要をしようとしたとか、脅迫してお金を巻き上げようとしたとか、全く身に覚えのない事だらけだった。クラスの皆がヒソヒソとこっちを向いて話していて、居心地が悪かった。
当の佐々木さんは何か言いたげだったが、周りの人が僕に近づかないように、そして僕を遠ざけるようにしていた。僕ってそんな風に見えるだろうか?
金曜日の今日、とうとう先生に呼び出された。
「部活は決まったのか?」
「まだです。演劇部は佐々木さんが入った時点で締め切りだと、池田先輩に言われたので……」
「そうか、そういえば佐々木と付き合ってたって言うのは本当か?」
「いいえ、佐々木さんとは付き合った事は無いです。部活をお互いに決めてなかったので探すのに一緒になっただけで……演劇部はここで募集を紹介されたので行ったのですが、もうすでに一年生と二年生の何人かが入った後だったみたいで、縁がなかったみたいです」
「おかしいな、痴話げんかして出て行ったと聞いたぞ? それにお金を脅し取っていたんじゃないかって噂だ。それは無いと思ってはいるが……部室でこんな女のいる部なんて願い下げだとか言ったと聞いたぞ。」
僕は口を開けて本気で言ってるのだろうかと、先生の目を見た。僕の顔を見て先生はすぐに苦笑いを浮かべて、
「無理だな、逆ならあり得る」
と、言って直ぐにその質問を取り下げた。先生、それもなんだか問題ですよ? しかし、その無茶な脚本は誰が考えたんだろうか……。
「佐々木さんは中学の時の友人が入っていたので、入部を決めたんですけど……その話は聞いてないんですか?」
「ふむ、微妙な話だから女生徒に質問出来んだろ? 今はそういう敏感な事は言えない時代だから……だがその質問は出来るな、一回聞こう。済まなかったな」
「はい。失礼します」
僕はアストリューに戻ってすぐに噂と呼び出しの事を皆に言った。
「無理な噂だね……。それとも人は見かけによらないとでも言ってるのかな」
「わざとらしい噂ねえ〜」
「もうちょっとましな事を考えられなかったのか?」
いや、マシュさん僕が考えたんじゃないから、残念そうな目を向けないで。
「捜査は大分進んでるの?」
「そうだね、関わってる人物から組織構成を割り出しているよ。夢縁も違う夢を纏っていれば分かる仕掛けを作っていて、もう完成するみたいだよ」
「そっか、今夜も追いかけっこか」
「頑張ってね。そろそろ上の人間が出てきそうだよね」
「うん。気をつけるよ」
追いかけっこが始まって明日で一週間だ。逃げてもすぐに囲まれる事が多くなり、目を合わさないようにすぐにしゃがんで泣きまねをするようになった。
池田先輩の上にいる人は磯辺という人だ。会話から名字は分かったけれど、名前までは分からない。夢縁の関係じゃなさそうだ。でも、現実ではそんな名前の人とは接点が無かった。偽名かもしれない。
今夜も気が付くといつもと同じで演劇部だ。僕は床に膝をついた姿勢で、なるべく床に近い所を見つめている。今日は何時もより二人分足が多い。影はなくちゃんと見える人だ。
そして、演劇部のドアは閉まったままぴくりとも動かなかった。今日は逃げる所が無い。とうとう契約なんだろうか。
「高峰さん、お願いします」
「約束だったな、今日は池田の番だ」
話を始めたので、ゆっくりと顔を確かめる為に視線を上げる、五人が半円になって話しをしている。なんとか見えた。一瞬だけ見てすぐに目を逸らして見た顔を覚える。
「はい。こいつ、使えますよね」
「そうだな、大丈夫そうだ。準備だ」
「これで、お前も高峰さんの手伝いが出来る」
どうやら契約みたいだ。
「はい。長かったですよ、こんな順番待ちとかあるなんて思ってなかったです」
「悪かったな、地下だけど、あそこに入れるだけで箔がつく。人気があるのは仕方ない」
「分かってますよ。でも、三ヶ月ですよ?」
「俺は五ヶ月待ちを聞いたぞ」
「それマジ?」
「啓太、やるぞ」
「はい、池田、お前が真正面だ」
「角田、池田の次だろ。よく見ておけよ」
「磯辺さん、ありがとうございます」
角田と言われた灰色の影の人が横から見ている。床に黒い魔法陣が滲むように広がり、その紋様が足下で波打つように動いている。そして僕は池田先輩に首を絞められた。意識が落ちる瞬間にレイの声が聞こえた気がした。




