117 様式
◯ 117 様式
夢縁もずっと休んでたから、遅れている。けど、今日は僕の取っている講義は一つだけだった。眠りの術を使うあの講師だ。呪符と祝符(護符)、呪いの品と祝いの品(お守り)というタイトルだった。今日は十人程講義に参加している人が増えていた。相変わらず、ノートを取っていないと眠りの渦に巻き込まれる……半分の人は沈没していた。
そして今日は、宙翔と怜佳さんのお屋敷で、お夕食会なる物に喚ばれていた。テーブルマナーとか出来ないぞと思いつつ、正門の外で宙翔を待った。
「アキ、待ったか?」
振り返ると宙翔がいた。
「そんなでもないよ、いいタイミングだったね」
「そうか? 一応ネクタイを持ってきたぞ」
僕の姿を見て、ネクタイを出した。
「……するの?」
「いや、途中で外したんだ。でも、やっぱいるかと思ってな」
「無理にしない方がいいんじゃないかな。ネクタイだけだし」
毛皮にネクタイ……分からない。
「そうか?」
「マリーさんがいるから、こっそり聞いてみるよ。食事の間だけでもした方が良いのかどうか」
「頼んだ」
どう考えても僕達じゃ答えは出そうにない。
正門から直接、招待状の効果で怜佳さんのお屋敷前に着いた。屋敷の玄関でいつも護衛している人が、招待状を改めて、中へと案内してくれた。玄関ホールからはシシリーさんが受け継いでいつもと違う部屋へと案内された。
マリーさんからスフォラへ、ネクタイに関して返事が来た。脳内で確認したら、マリーさんが苦しくない物を用意してくれてたみたいだ。
「こちらで少々お待ち下さい」
シシリーさんが、案内を終えてどこかへと行ってしまった。
「はい。分かりました」
「何か緊張してきたぞ」
宙翔は前に来た時以来だから、中をよく見るのはこれが初めてなのかもしれないな。
「大丈夫だよ、普通にしてれば。怜佳さんは優しいよ」
「そうか……」
「昨日も温泉饅頭の……あの酒饅頭を試食して、アンケートに答えてくれてたよ」
「そうなのか?」
「うん、アストリューにも来るかもしれないよ? 宙翔の家が宿だって言ったら興味を持ってたし」
「そんな話しまでしてたのか?」
「怜佳さんは猫好きだから……」
「マタタビは頂けないぞ」
「もうしないよ、相応の罰があったみたいだし」
「そっか、蒸し返さない方がいいな」
「そうだね、お互いのために」
マリーさんが現れた。珍しく、ロングのドレス姿だ。片側がかなり際どい所までスリットが入っている。
「こんばんは〜。あれ以来ね、宙翔ちゃん」
僕達に挨拶してから宙翔に声を掛けていた。
「あのときの……こんばんは」
宙翔も思い出したみたいだ。
「マリーさん、こんばんは。今日は気合いが入ってるね」
「分かる〜? お肌もあのパックのおかげで一段階綺麗になってるし、どうしても気合いが入っちゃうの〜。それで言ってた物を持ってきたわ〜」
そう言って、蝶ネクタイを見せた。
「宙翔、これなら苦しくはないと思うけど……食事の間だけつけれる?」
「一回着けてみるわ、ダメならそのままでいいわ〜」
マリーさんも無理には着けないで、様子見をしながらだった。
「わかったよ」
マリーさんは宙翔の毛を少し挟んで、クリップの様な物で落ちないようにした蝶ネクタイを首元に飾った。
「どう?」
「うん、これなら大丈夫だ」
「いけるなら、これも羽織ってみる?」
「……何だそれ?」
「ジレよ〜」
「へえ、随分生地が少ないね」
「ふふ、背中の部分は殆ど無いの〜、飾りね。これはどっちでもいいわ〜」
「折角だから、一回だけ着てみるか」
「優しいのね〜」
「あんたのは良い物だからな」
「いや〜ん、うれしい〜。どうかしら?」
「うん、かっこいいよ。宙翔」
「本当か? 食事が終わったら取ってくれよ?」
「分かってるわ〜、任せて。次はアキちゃんね」
「え?」
「え、じゃ無いわよ。ダメよ〜、そのセンスの欠片も無い格好は〜」
「そんな」
「大体、何でまた制服なのよ〜、こういうときこそ、お洒落でしょ〜」
いや、だって万能だし制服って……。宙翔も僕達の様子を見て笑っている。ノックが聞こえた。
「あ、時間じゃないかな? はい」
僕は返事をした。ドアが開いてシシリーさんが入ってきたが、僕達の様子に驚いていた。
「もう、逃げちゃって〜、せめてそのネクタイはダメよ。こっちに変えて〜、お願いだから」
「分かったよ」
泣きそうな剣幕に負けて、マリーさんにネクタイを取り替えられた。よく見ると宙翔とお揃いだった。胸ポケットに何やら突っ込まれ、完成したらしい。もう、このくらいの男の子ったらちっとも分かってない、とか何やらブツブツ言っていたが、なんとか体裁が整ったのでどこかに向かう事になった。シシリーさんに案内されて着いた部屋は、広くて豪華な食事用の部屋だった。




