113 拾物
◯ 113 拾物
買い物は僕が途中で体を落としたぐらいで、無事に済んだ。いや、全然無事じゃないかも。
「で? これは何故なのか、説明して下さるんでしょうね?」
メレディーナさんが、眉間に皺を寄せて顔に手を添え、固まったままの表情で僕に尋ねた。なんだか、いけない事をした気分だ。
[……え、と。歩いてたら突然音がして、振り返ったら体が倒れてたんだ。だからスフォラが中に入って体を持ってきてくれたんだ]
レイはベッドの上で体をくの字に曲げたまま、震えている。笑い過ぎで腹筋が痛いらしい。
「今日はこのお買い物以外は、何処にも寄ってないわ〜」
買ってきた物を指し示しながら、マリーさんはどう反応していいのか分からないようだった。幽霊状態の僕と、スフォラが乗っ取った体とが並んでいる。複雑な気分だ。
「レイさん? 心当たりがお有りのようですね?」
メレディーナさんはレイに聞いているが、あの調子じゃ、答えるのは難しそうだ。
「ひっ、ひっ、ひっ、ぷふっくっ、くっ、くっ」
やっぱり、まともに喋れてない。
「そうですか。酒の粕ですか……確かに、霊力が強いようですね、こちらで作られた物でしょう。この状態ではアルコールは残っていますね」
買ってきた物を取り出して見ている。レイのあの状態で分かったんだ、すごいな……あ、もしかして心を読んだのかな? 僕のこの状態はもしかして、酒饅頭のせいなのかな。
「どうやら、お酒の粕はお薬と相性が悪かったようですね。ですが、今日であのお薬は終わりですし……この程度で済んでよかったですわ。ですが、明日も是非、泊まって行ってくださいね? 検査致しますから」
そう言ってメレディーナさんは、買ってきた物を少し分けて貰っていた。成分を調べるみたいだ。ところで僕はこのままなんだろうか。しばらくして、レイがやっと落ち着いたみたいだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁー、すぅー、はー、すー」
深呼吸して、呼吸を整えている。
「大丈夫〜? あんなに笑って」
その様子を笑いつつも、マリーさんはレイの手を引いて助け起こしていた。
「本当、ボクはもう笑い死ぬんじゃないかと心配したよ」
「そうね〜、まさか歩いてて体を落とすなんて、中々出来ない業よね〜」
「くっ、くっ、くっ、あの時のアキの顔は最高だったよ」
[もう、人が悪いよ……笑い過ぎだよ。もう、レイ〜っ!]
こんなに笑われたら、ちょっと拗ねるよ。
「ご、めん。アキ、だっ、て……」
またレイは思い出し笑いを始めてしまった。痛いと泣きながらも、笑うのを止めれないみたいだ。余程、ツボに入ったらしい。これは諦めた方が早そうだ。
[で、パックはしないの?]
僕はわざと話題を変えてみた。
「そうね〜、調合してくるわ〜」
そう言って、マリーさんは何処かへと、スキップしそうなくらいのご機嫌な感じで出て行った。
[スフォラありがとう。そっちにおいていいよ]
空いたベッドを指して体を置くように言った。
「えー、そのままでいいんじゃない?」
[え、でも……]
「スフォラ、パックしてみたくない?」
頷いている。大丈夫だろうか、酒粕のパックなんて。また変な事が起きたらどうするんだ。
「心配しなくても、マリーがちゃんとしてくれるよ」
[そうだね]
それを期待するよ。スフォラと並んでベッドに座った。レイがお付きの人に頼んで飲み物を持ってきて貰っていた。テーブルに誘われて、そこで落ち着いていたら、マリーさんが戻って来た。
「お待たせ〜、マリーのスペシャルパックよ〜」
後ろの人が、ワゴンの上のお皿に乗せた、ちょっと茶色掛かった物を見せてくれた。二種類ある。
「ずいぶんな量だね。全身出来るんじゃない?」
「そうよ〜、どうせだから、四人で温泉で暖まってから塗りましょ〜」
「そうだね、折角だから本格的にいってみようか」
優雅な提案をしてきたマリーさんに、レイは嬉しそうに受けていた。
「ついでにマッサージも頼んできちゃった〜」
「いいね、じゃ、案内お願いね?」
「「畏まりました」」
マリーさんが連れてきた人に案内されて、機嫌良く進む二人の後を僕達は付いて行った。
「あ、メレディーナ。良かったら一緒にパックしない?」
部屋を出た所で、こっちに戻って来ていたメレディーナさんに会った。
「まあ、よろしいので?」
「もう、調べたんでしょ?」
「ええ、美容には素晴らしいようですね。これから皆さんで試されるのでしょうか?」
メレディーナさんもにっこり笑っている。
「そうよ〜、色の濃い方が米ぬかベースのパックよ〜、アキちゃんはこっちね。で、あたし達は〜、米ぬかと酒粕のコンビがベースのパックよ〜。色々香り付けもしたから、元の匂いはそんなに気にならなくなってると思うのよ〜」
「まあ、嬉しいですわ。では、お言葉に甘えてご一緒しますわ」
お付きの人達が用意をしだした。いつも入る場所とはちょっと違って、美容の為に用意されたお風呂のようで、専用の水着を着て全員で入った。
日本の水着と違って、ピッタリと体にフィットしてなくて、男性は腰から下、女性はいつもの姿よりは少し露出が多いくらいで、やっぱりドレープが付いていて水に濡れても肝心の所は隠れるようになっていた。
メレディーナさんのいつものお付きの人も一緒に入っていて目のやり場に困った。水から上がると体に張り付くせいで刺激が増した。
「さあ、お待ちかね。マッサージタイムよ〜」
マリーさんが体を拭きながら嬉しそうにしている。濡れた水着をローブに変えて移動し、マッサージ台に寝そべった。途端にローブをとられて、タオルが掛けられた。ゆっくりとした動きで、マッサージが始まった。僕は気持ちよくて涎が落ちないようにするのが難しかった。最後に、パックを塗られる瞬間、メレディーナさんが待ったを掛けた。
「イーサ、実験室のあれを持ってきて欲しいわ。ついでに試してみたくなったの」
「畏まりました」
すぐに、出て行った。
「なーに? メレディーナぁ」
眠りかけなのか寝起きなのか、判断出来ない声でレイが聞いた。
「ええ、アキさんのカシガナの実ですが、魔法薬等のベースとしていい素材だとはお伝えしました。それで、ちょっとした実験ですわ。ついでですのでお付き合い下さいね? 薬だと臨床実験だのとややこしいですが、美容なら失敗してもたいした事にはなりませんから」
「えー、実験なのー?」
「こちら、二つ以上を合わせて作っておいででしたね?」
「そうよ〜、精油なんかも色々組み合わせてるわ〜」
「調度いいですわ、組み合わせのクッション材として……魔法の効果で素材の効能を引き出し、融合させるのにぴったりなのですわ、癖がないからこそですわね。魔法の通りも自在の素直ないい物です」
「へえ、それは期待出来るね。効果アップってことだよね?」
「ええ、刺激も抑えてくれますし、研究が進めばあの苦いお薬も良くなるかもしれませんわ」
後半は僕に向かって言ってくれていた。
[それは本当?]
僕はその事が嬉しかった。もうあの苦いのは、ごめんだ。ってなんか怪我をするのを前提になっている。いや、僕が飲むんじゃないんだきっと。
イーサさんが戻って来た。
「ありがとう」
メレディーナさんはフラスコに入った薄赤い液体を、パックの容器に入れて混ぜた。しっかり混ざった所で、手をかざして何やら呟いていた。横からレイが何やらやっていたと思う。二人の力が何となく感じられた。パックの容器の周りがほんのり輝いて見えた。
「出来ましたわ。これでお願いね?」
「はい、畏まりました」
「いや〜ん、二人の力の籠ったパックなんて〜、絶対に効果抜群よ〜」
マリーさんは頬を両手で覆いながら、体をくねらせて喜んでいた。お待ちかねのパックだ。僕のカシガナが入ってるとなるとちょっと嬉しかった。パックなんてした事無いけど……。少し暖かいパックを体中ペッタリと塗られ、裏表こんがり色にされた。しばらくしてから、洗い流して終った。
全員が終った後のお肌の状態に満足だった。メレディーナさんが、残りのパックから検査の分を取った後、お付きの人達に試すように言ったときの全員の盛り上がりはすごかった。
ところで今頃、気が付いたけど幽霊に美容の効果って、意味があったんだろうか? まあ、いいか。スフォラもやったんだし……。




