112 退歩
◯ 112 退歩
「アキさん、無茶はダメですよ? 分かるんですからね?」
笑っているけど、目が笑ってないよ……。
「メレディーナさん、そんな事は……」
「いいえ、ダメです。顔色が良くありません。家の事をしたのでしょう? ですが、昨日お休みになる前に言ったはずです。ゆっくりとしておくようにと」
そういえば、そうだったかもしれない。けど、運動したんじゃないんだし……。
「そうなの〜? まだ治ってないの〜?」
マリーさんが困惑したようで、聞いている。
「ええ、そうです。カシガナの事があるから、自宅療養を許可しましたが、熱を出すほど動いてはダメですわ」
人差し指を立てて、念を押すようにダメを繰り返された。
「そんな大げさな……熱なんて出てないよ」
「いいえ、夜には寝込みますわ、その顔は……良いですか? 今日はこのまま返しませんからね?」
お叱りを受けてしまった。
「そんな……」
「言ったはずです、骨を再生するのに、お体のエネルギーの大部分をそちらに費やしているのです。体力を使う事は避けて下さいと」
「う……はい」
これは逆らえそうにない。後ろのお付きの人がベッドの用意をしに行った。
「反省なさって下さいね?」
僕は大人しく頷き返した。
「マリーさん、お仕事は良いのですか?」
マリーさんの方に向き直ったメレディーナさんは話しを始めた。
「大丈夫よ〜、一段落付いたから。当分は趣味の方のお仕事に没頭するわ〜」
「まあそうでしたか。では、後でお話がありますの。お時間はよろしいでしょうか?」
メレディーナさんはニッコリ微笑んで、マリーさんの都合を聞いている。
「良いわよ〜。でも当分はお仕事はしたくないわ〜」
ちょっぴり目線を逸らして寂しげな表情を覗かせつつ、マリーさんは仕事だったら断るつもりなのをそれとなく伝えていた。
「まあ、珍しく落ち込んでらっしゃるのかしら?」
首を傾けて、そっと心情を尋ねたメレディーナさんは尋ねているにもかかわらず、確信を持っているようだった。
「いや〜ん、メレディーナには隠し事は出来ないのね〜」
これにはマリーさんも観念したのか、体をくねらせながら恥じらっている。
「ほほほ、後でお話を聞かせて下さいね」
その様子がおかしかったのか、メレディーナさんは笑って言った。
「わかったわ〜」
ちょっぴり自棄気味に答えて、マリーさんはどこかへと行ってしまった。やっぱり、途中でいいと言われた事が気になっているんだろうか。
夜になって、本当に熱が出た。この調子だと明日も返してくれないかもしれない。その予感は当たった。今日もゆっくりしていって下さいね、としっかりと朝から釘を打たれてしまった。
「じゃあ、家に帰ってから測定の結果を教えるね?」
「レイ、分かったよ……」
温泉饅頭の試作品が届いたので、真っ先にレイが味見をしていた。僕はそれを見ながら、いつもの骨の再生を早める苦くて不味い薬を飲んでいた。
「美味しそうな色だけど、大分、不味そうだね、その顔からすると」
レイに薬の事を言われながら口直しに、水を少し飲んで落ち着いた。今日でこの薬も終わりだ。
「うん。試してみる? 逆流しそうな味だよ」
「嫌だよ。折角美味しいものを食べてるのに」
レイが少しふてくされた感じで言った。どうやら、薬の味を試すように言ったのが悪かったらしい。でも、目の前で美味しそうに食べてるからつい、言ってしまったんだよね……。
「そうだね、悪かったよ。今回の味は何?」
包みを見ながら、聞いてみた。
「日本ではお正月とかいうのがあるからか、めでたく酒饅頭だってさ」
「そっか、温泉街は日本と合わせてたからね……」
そのせいか日本関係の旅行者も多いと聞く。
「お正月の期間限定で、どれか一つを出す予定みたいだよ?」
へえ、期間限定品か。頑張るなあ。
「えと、三種類あるね。どう? 僕はお酒の味は全然分からないから……」
「あんまり関係ないんじゃないかな? アルコール成分はとんでるし」
レイが首を傾けながら、説明してくれた。
「あ、そっか」
調理の段階でとんでるのか。
「半分食べるといいよ」
レイが残してくれてた饅頭を食べる事にした。
「うん、アルコールが入ってないなら大丈夫かな?」
一応、お付きの人のイーサさんに確認した。
「はい、問題ありません」
「何?」
「うん、さっきの薬、アルコールは飲んじゃダメなんだ」
僕が説明したら、レイがちょっと目を逸らした。
「……まあ、試さないと分からないよね」
独り言を呟いた声は、余り聞こえなかった。
「何か言った?」
「何でも無いよ」
「ふうん、お酒の粕かな?」
僕が最初に食べた物はそんな感じがした。何となく、大人な感じな味だ。粕汁は美味しいから好きだけど、それに似た匂いが微かにする。
「それって何?」
「日本酒を作る段階で出る物だよ。僕もあんまり詳しくはないから……でも、お肌にいいって聞いたよ?」
「それほんと?」
レイの目が真剣だ。
「う、うん。ネットで見たらいいよ。そういう記事があったんだよ、酒粕パックとか?」
うろ覚えだが、そんな感じの事を書いてあったと思う。
「食べるんじゃないの?」
期待の籠った目で聞かれた。
「確か栄養も一杯あるって、書いてたと思う」
詳しくは分からないよ。
「調べてみるよ」
「うん」
そのまま調べ出したみたいだ。僕は残りの饅頭の味見をして、感想を書いた。董佳様用の饅頭は明日、レイが届ける事になりそうだ。僕は宙翔に無事に神殿に届いてる事とお礼を伝えた。
「酒の粕って何処に売ってるの?」
レイが調べ終ったのか、興奮した表情で聞いてきた。
「温泉街の店舗で見たよ?」
宙翔の買い出しに付き合ったときに、こっちでのスーパーの様な店舗があったので、そこに売ってたはずだ。
「買いに行こうよ」
レイが手を引っ張って促してくる。僕は後ろを振り返って、
「え、と、でも、外出は出来るのかな?」
と、また、イーサさんに確認した。この人、メレディーナさんの近くに居なくていいのかな。
「少しなら構いませんが、余り無理はなさらないようにして下さい。また叱られますよ?」
少し苦笑いしながら許してくれた。
「う、はい。気をつけます」
「じゃ、準備して出発だよ!」
「うん」
張り切ってるなあ、美白がどうとか言ってるけど、僕に言われても分からないよ。
「あら、何処行くの〜?」
廊下を進んでいたら、マリーさんに声を掛けられた。
「あれ? マリー来てたんだ」
レイが、マリーさんを見てちょっと驚いていた。
「そうよ〜、なに? お出かけかしら〜」
僕達の様子を見て、すぐにそう聞いてきた。
「うん、そうなんだ。あ、マリーさんなら、知ってるんじゃないかな?」
「あ、そっか。日本滞在は長いもんね。酒粕を使ったパックって知ってる?」
すぐに、レイがマリーさんに飛びついて尋ねている。
「ええ、知ってるわ〜。なになに? 美容の事なら任せて〜」
得意げにマリーさんも乗ってきた。
「アキがお肌にいいって言うから、試そうと思って。買いに行くんだ」
「あら〜、そうだったの。いいわ〜、とっておきのレシピを教えてあげる〜」
「本当〜? じゃあ、早速いこう〜!!」
レイは飛び跳ねて喜んでいる。うーん、この二人、美の為なら何でもしそうな気がするよ。




