106 存在
◯ 106 存在
今日は殆どの包帯が取れて、少しずつ動かしていきましょうと言われた。後は一番酷い左腕だ。骨折部分は繋がったと言っても、まだ強度に問題があるので、重いものを持ったり、スポーツなどはまだ禁止だと言われた。
「家から通いでも大丈夫なんですよね」
少し右腕の調子を確かめながら聞いてみた。
「ええ、ですが、今日はこちらにいらして下さった方が、よろしいですよ。お見舞いの申請が入ってましたから」
来客があるんだ、このまま帰ったらすれ違うところだった。
「そうなんですか? じゃあ、お世話になります」
このまま帰っても、あのリビングを片付けるまではいかないだろうし。
「是非そうして下さい。明日で退院の手続きを致しますね」
「はい。教えて下さって、ありがとうございます」
「いいえ、遠慮なさらないで下さい。では私はこれで失礼致します」
「はい、ありがとうございます」
今度は誰だろう……。
「又、ダメだったわ……お手上げよ」
お見舞いに来たのはリリーさんとティティラだった。ハンシュートさんを捕まえてくれた事のお礼を言った後、両手のひらを見せて先の台詞を言った。どうやら、リリーさんは独自で契約を試していたようだ。
「リリーさん、カシガナはダメでしたか」
「そうよ、振られたわ。もう、玉砕よ」
ちょっと投げやりにそう言った。
「適性が必要だって聞きましたけど……」
「そうなのよ。植物の適性はやっぱり無いみたいね」
がっかりと言った顔で肩を落としていた。
「でも、ティティラがいますし、植物はずっと一緒にはいられないですよ?」
どうしても動かせないからな……。
「まあね。でも、これ一匹なのよね……もうちょっと欲しいと思ってる訳よ。ティティラとの相性も考えないとダメだし」
唇を噛んで悔しげに言った。
「そうだったんですか」
そういえば磯田部長は4体とか言ってたな。
「片っ端からチャレンジしたけど、全然ダメ」
大げさに手を広げてからリリーさんは肩をすくめた。
「動物なら個体差もあるし、性格とかもあるから難しそうですね」
僕がそう言うと、
「植物もあるでしょう?」
と、リリーさんは言った。
「多分あるんだとは思いますが、僕はカシガナしか知らないから……」
「名前はつけた?」
僕の台詞に引っかかりを受けたようで、聞かれた。
「いいえ、なんだか名前は違う気がして……」
頬を掻きながら言い訳を言ったら、
「付けた方が良いわよ」
と、リリーさんは真剣な表情で言った。何か意味があるような言い方だ。
「そうなんですか?」
聞き返すと、
「それで個体としての識別が出来るから、契約獣としても自覚が生まれるのよ」
そうだったんだ。知らなかったな、契約には名前は大事なんだ。スフォラの時はすぐに付けたけど、今回は迷うというか……何か違う感じがあったのは確かだ。
「そういうものなんですか?」
ちょっと疑心暗鬼気味に聞いてみた。
「そうよ」
頷きながらしっかりと肯定された。
「うーん、考えてみます」
首を捻りながら、そう言うと、
「待って……カシガナ種として契約なの?」
何か思いついたのかリリーさんは、視線を下に動かして考えてからそう聞いた。
「えーと?」
何か違うんだろうか。
「それだと……うーん、調べてみる必要があるわね」
リリーさんは目の色と同じ、赤い色に塗られた長い爪を使って、テーブルの上でリズムをとりながらそう言った。
その後、退院はいつか聞かれたので、さっき明日に伸ばしたと説明したら、じゃあ、動けるのねと確認され、そのまま魔法生物班に連れられて行った。転ばないようにティティラに監視されながらだけど。そこで、何か魔法の検査を受けた。ちょっと目眩がしたけど、すぐに済んだ。
「んー、これだけだと確定ではないけど、否定も出来ないかしらね」
「そうだな。種属全体とだと隷属されてるのかと思ったが、その反応は無いから良かった。……この感じは個体とでは無さそうだしな」
「この仮定は思いつかなかったからな、だがこれだけだと断定出来ないから疑惑のままだな」
「メレディーナ神に報告を入れておくか」
「そうだな」
魔法生物班のメンバーが揃って何かを言っていた。一人がこっちに来て僕に向き合った。
「もう良いんですか?」
「ああ、済まないな。怪我を押してこんな所まで、大丈夫か?」
魔法生物班の班長がそう言って気遣ってくれた。
「はい、大丈夫です」
「送るわ」
リリーさんがまたティティラを監視に付けて、部屋に連れて行ってくれた。
「まだ詳しい検査を更にするでしょうけど、それはうちの班だけでは無理だって班長が言ってたわ」
「そうなんですか」
「まあね、種属と契約なら名前は付けれないわね、どちらかというと、その痣がカシガナとして貴方を識別する為の印ととらえるべきね……何が気に入られたのか」
「へえ」
僕は左手首の痣を見た。薄らと浮かんでいる形はカシガナの花の紋様だ。これが僕の名前みたいなものなのかな。そっか、あの夢は……もしかしたらあの白いカシガナも、どこかに本当に存在しているのかもしれない。




