101 噂話
◯ 101 噂話
サレーナさんがお見舞いに来てくれた。
「久しぶりね」
「久しぶりですね、サレーナさん。来てくれて嬉しいです」
「ビックリしたわよ、刺されたって聞いたときは……」
「え、と、刺された事になってるんですか?」
「噂では、セクハラで逆上した女性がメッタ刺しにしたってなってるのよ。アキ君はそういうタイプじゃないし、絶対間違いだって思ってるけど、どうなの?」
「うーん、刺されては無いですよ? 何処でそんな事になったんだろう」
「噂なんてそんなものだけど……」
「セクハラって難しいけど、どうなったらダメなの?」
「まさか、セクハラしたの?」
「え? いや、そんな事無いと思うんだけど……女性がそう言ったらそうなのかなって、全然分からなくて」
「それは……身に覚えがあるってことね?」
「いや、僕は痛かったから顔を顰めただけなんだけど……」
「? どういう情況なの?」
「うーんと……映像はあるけど、途中からスプラッターだし……」
「いいわよ、判断に困ってるんでしょ? 見てあげる」
「本当? 良かった。誰に聞いたら良いか、分からなかったんだ」
「微妙な問題よね」
それで、サレーナさんに観てもらった。僕は肘鉄を貰う手前で映像を止めた。ここから先はちょっと女性にはきついと思うんだ。出来れば僕も遠慮したい。
「…………どう見ても一方的な被害者じゃない」
「そうなんだ」
良かった。女性から見ても大丈夫なら、気にしなくて良いかもしれない。
「この人の言ってるセクハラは違うわ、勘違いよ。だって膝に乗られて嫌がってるのはアキ君じゃない。こういうのは逆セクハラよ。しっかりしてよ、アキ君」
「う、うん。僕、こういう事は初めてで、どう判断するのかも分からなくて」
「この後は?」
「この後は、この有様になる映像だから見ない方がいいよ」
「そうなの? これ以上はセクハラのシーンは無いのね?」
「うん、僕が殴られるだけだよ」
「このシーンからいきなりどうやって殴られるの?」
「う……もうちょっとだけ見る?」
「誤解が無い様にしときたいわ」
「うん、分かったよ」
僕は今度は殴られる前まで映像を見せた。サレーナさんは持っていた荷物を椅子から落としていた。
「……なかなかいないタイプね。もし、お客様で来たら私、対応出来ないわ」
「そうだね、僕もこんなに言葉が通じない人は初めてだったよ」
「この後は見なくても分かるわ、殴られたのね……」
「うん……怖かったよ」
「本当にこの人怖すぎる。操られてた人よね?」
「あ、うん。そうだよ」
「そっか、セクハラした勇気ある人説は崩れたのね」
「何ですか? それ……」
「まあその、噂はセクハラしたヒーロー説もあるの。あんな事をした悪女な訳でしょ、一矢報いたいって思ってる人が多いからそんな話が出て来てるの」
「そうだったんだ。それはスフォラがやってくれてるから……」
「そうなの? それは何処なの? これには映ってるの!?」
えーと、見るのかな?
「え、と最後までとばして……」
ザハーダさんの声が聞こえたところからはじめた。あ、仕舞った。ハンシュートさんが返り血だらけだ……大丈夫かな? サレーナさんの方を見て確かめた。
「っ!……っ!!……あっ!」
映像が消えた。音声が残っているのも止めた。サレーナさんが顔を手で覆って俯いていた。
「あの、ゴメンね。結構血が映ってて、大丈夫だった?」
「ええ、ごめんなさい。ちょっとビックリしただけ……大丈夫よ」
声が震えていた。やっぱり刺激が強すぎたんだ。
「……スフォラはもう大丈夫なの?」
「うん、本当ゴメンね、僕も一回しか見てなくて、あんなに血まみれなんて気が付いてなかったんだ」
「ううん、私こそごめんなさい。あんな……」
泣き出してしまった。ああ、失敗した。ど、どうしよう。スフォラにティッシュを運んで貰って渡した。
「こ、こんな、の興味本位で見ちゃ、ダ、メね、命が、かかってるのに私ったら考え無しで。ごめんなさい」
ティッシュで涙を拭きながら、サレーナさんは謝った。
「うん、僕の方こそ配慮が足りなかったよ。最後のは話すだけにするべきだった。ごめんね」
サレーナさんは、ちょっと深呼吸してからこっちを見た。
「私の方が見たいって言ったのだから、もう、大丈夫よ」
「本当?」
「ええ、落ち着いたわ。……そうね、あれならセクハラヒーローの方がいいわね」
ちょっと、おどけた様にサレーナさんが言った。気を使ってくれているのだろう。
「ぷっ、そうかなあ」
僕はそれに乗る事にした。
「噂としてよ……そっちの方が誰も本気じゃないから」
「えーっ、その呼び名は遠慮したいよ」
「そんなに気にしなくても、噂なんてすぐ消えてしまうし」
「まあそうだけど、ちょっと情けないよ」
サレーナさんは僕の表情を見て、くすくすと笑った。良かったちょっと場が明るくなった。
「じゃあ、またね」
そう言ってサレーナさんは立ち上がった。
「怪我が早く治るおまじないよ」
そう言って、頬にキスをした。
「ぁ……」
悪戯っぽく笑ってサレーナさんは出て行った。僕は顔に血が上るのを感じた。全身が熱い気がする……そんな僕をスフォラは心配そうに見ていた。




