98 血飛沫
◯ 98 血飛沫
次の日は宣言通りにマリーさんがやって来た。
「これは怜佳ちゃんからのお見舞いよ〜。サシェでなんと、手作りよ〜」
[ありがとう、いい香りだね]
「枕元に置いていい夢を見てねって伝言よ。で、これはあたしからよ〜」
そう言って何やら取り出した。
[大きいね]
50センチ以上ありそうだ。
「でしょう〜、クマさんのぬいぐるみよ〜。ちゃんと名前をつけて可愛がってね〜、ちなみにこれも手作りよぉ」
[すごいね、大事にするよ]
意外と可愛い。こんなのも作れるんだ……。
「で、これがクマさんとお揃いのパジャマよ〜」
[いっ?]
その言葉に驚いたが、見ると色はピンクだったが、シンプルな普通の物だった。良かった……。
[ありがとう。クマのがそっちの紫色だね?]
「そうよ〜、冬のあったか仕様よ〜。これは治ったら使ってね」
[うん、そうするよ]
これなら着れそうだ。家の中だけだし……問題ないだろう。
「いいなー、ボクもお揃いがいい」
レイがマリーさんに強請っていた。
「レイったら、仕方ないわねぇ。何色がいいか後で言って頂戴、作ってあげるわ〜」
「やったー、ありがとマリー」
マリーさんにレイが抱きついていた。
「もう、お子ちゃまに戻っちゃって〜」
「良かったわ、目はもう大丈夫なのね?」
椅子に座って、一緒にお茶を飲みながらマリーさんは聞いてきた。
[うん、さっきもう大丈夫だって、メレディーナさんが言ってくれたよ]
朝の内に診察してくれたときに、目の方は包帯が外されていつも通りに見えていた。
「そうなのね、不便だったでしょう〜?」
[スフォラのおかげで、そうでもなかったよ]
僕はマシュさんがスフォラの意識同調を使って、僕の視界を確保してくれていたのを話した。
「あら、そうだったの〜。便利ねえ」
[初日はあんな事があったから僕もビックリしたし、何があったのかちっとも分からなかったから不便だったけど、スフォラが戻ってからは大丈夫だったよ]
「そうだよ、あれはボクもビックリしたよ。うっかりベッドから落っこちるし、緊急のサイレンが鳴るし、職員の緊急配備だとかでバタバタしてて……神殿内部はてんてこ舞いだったよ。まあ、半日で瘴気の浄化は出来たから良かったけど」
「あら〜、レイちゃんも活躍したって聞いたわよ〜」
「そりゃあ、安眠を妨害するなんて許せないからねっ! メレディーナにくっ付いて行って瘴気を浄化するのを手伝ったんだ」
[そうだったんだ]
初めて聞いたよ、そんな事。
「よく頑張ったわね〜」
マリーさんがレイの頭を撫でて褒めていた。
「勿論だよ、もっと褒めていいよ〜」
なんだか最初の出会いを思い出す台詞だ。
[ぷぷっ]
「こらー、笑うところじゃ無いんだからーっ」
レイが機嫌を損ねて、手を振りながら抗議している。
[うん、かっこいいよ]
「そうだよ! その調子でもっと、褒めていいんだよ〜」
僕がそう言うとすぐに機嫌を直して、またそんなことを言った。
[すごいんだね、レイの力って]
「そうだともっ!!」
ノリノリでレイが椅子の上に立ち上がって、ふんぞり返った。
「アキちゃん、乗せるのはそのくらいにしておいてね〜、興奮しすぎるからぁ」
マリーさんが横からこそっと言ったが聞こえていたのか、レイがこっちを見た。
「む……ごほん」
どうやら何かから醒めたみたいで、おもむろに椅子に座り、お茶を啜り出した。何も追求はしないでおこう、もうすでに顔が赤くなっているから。
「ところで、映像鑑賞がどうとか言ってたのは何?」
「え、あー、それはもうちょっと先にしようかって思ってたんだけど……」
[映像鑑賞?]
「スプラッターなアキの被害シーン」
[う、あれを見るの?]
「映像があるの?」
「そうなんだ、被害が多いからどんどんグレードアップしてるよ。次回からは本体と分体の二方向からの視点になるよ」
[う、そうなんだ……っていうか次回なんてそうそうないと思うよ?]
「「…………」」
何、その無言の間は? 不吉だから止めて欲しい。
「そうだといいね」
なんだか無表情にレイが呟き、
「そうよね、よっぽど運が悪いと言ってもこれ以上はないと思うわ〜」
と、マリーさんはなんだか頼りない返事をした。
「そうだね、マリーもいるし一緒に見ようか……」
「そうしましょう、敵の顔も見とかないとね」
リリーさんとティティラが出て行った後からのスタートだった。
マリーさんは最初はあら、隅に置けないわね、とか言っていたが……段々雲行きが怪しくなった辺りから、開いた口が塞がらなくなっていた。
「何よ、この女〜」
やっとの事でそんな台詞を絞り出していたが、次の瞬間には最初のパンチで吹き飛んでる僕が目に入った。思わず目を閉じてしまう。
[ひぃ〜]
「きぃ〜、何さらしとんじゃ〜」
野太い声が聞こえたがマリーさんだろうか、キャラが崩壊してますよ? 僕は恐る恐る続きを見た。なんと、僕がパンチを避けている……。
[おおーっ、スフォラ、偉い!]
狙いをつけたハンシュートさんがほぼ真正面にいる映像は、はっきり言って迫力があり過ぎだが、僕はその映像に釘付けだった。ただ、全部は避けれずにパンチを貰うたびに、腕がいけない方向に曲がっていた。う、やっぱり無理……目を閉じた。
「どういう事〜?」
「ああ、マシュがスフォラにアキの意識が無い間の守りをさせる為に、体を乗っ取らせてるんだ」
「そんな事までしてるの〜?」
「うん、まあ実験的なものだけど、気絶して動かせないのは火事のときで困るのは分かったしね」
「そうなの……あっ、くそ女っ!!」
マリーさんが叫んだ。思わず閉じていた目を開けて見てしまった。いつの間にかガードしていた腕がぶら下がっているだけになって、顔面を殴られて倒されていた。
「もう強化は落ちてるけど、やりすぎよ〜」
「止まらなくなってるみたいだね。感情のコントロールがうまくいってない感じだね」
「やっぱり、そこは操られてるのね……殴ってスッキリするのが気持ちいいのかしら?」
僕に馬乗りになったハンシュートさんは何やら叫んでいた。そこからはいいようにボコボコにされていて思わず目を閉じた。
何か殴られるたびに血が飛び散っている……見なかった事にしよう。そのシーンを見ただけで気が遠くなりそうだったが、ザハーダさんの声がして、映像をもう一度見た。一瞬止まったハンシュートさんの顔面に、かぶりついたスフォラの口が見えた。
「偉いわ〜、この猫!」
[スフォラ〜]
僕とマリーさんの声はほぼ一緒だった。その感動も一瞬だった。はがしたスフォラを床に叩き付けて、ハンシュートさんは逃げ出した。そこで映像は止まって動かなくなったが、音声は生きていた。どうやらスフォラが壊れたせいだろう……。
[ああぁ……]
僕は涙で前が見えなかった。
「もう、二人ともそんなに泣いて……」
レイが呆れた顔でティッシュを持って来た。
「だって〜、最後に飛びつくなんて……感動よ〜」
それを使って涙を拭き取りながら、マリーさんは言った。
[うぐ……ひぐっ、ううっ]
僕は両手が使えず、涙と鼻水のせいで酸欠して喘いでいた。
「もう〜、世話がかかるわねぇ、はいチーンして」
そう言いながらもマリーさんは優しげな顔だった。僕はスフォラとマシュさんに改めて感謝した。




