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四 紫の光

   四 紫の光




 誘拐事件のことは、夜のテレビニュースで、大々的に取りあげられた。誘拐だけでも大事件なのに、ビーダマンがあらわれたことが、さらに話を大きくしていた。

 誘拐犯の自動車を追っていたとき、ぼくはいろんな人に目撃されている。テレビでは、いろんな目撃証言をもとに、ビーダマンとは、いったいどういう人物なんでしょう、とあれこれ推測していた。「スーパーヒーロー研究家」という人物が解説しているテレビ局もあった。

 つぎの日、学校でも大騒ぎだった。校門の前に、テレビ局の中継車が停まっている。マイクを持った記者が、校門をバックに、興奮した様子で、早口で話をしていた。

「前回、ビーダマンのことを詳しく話してくれたのも、この学校の児童でした。今回、誘拐事件に巻き込まれたのも、この学校の児童です。ビーダマンは、やはり、この学校に関係のある人物、と考えるべきではないでしょうか」


 教室の中も大騒ぎだった。

「すみれちゃんち、お金持ちだもんなあ。危ないよなあ」

「ビーダマン、校門の近くに、突然あらわれたのよ。わたし見たのよ」

 当のすみれちゃんは、きょう、学校を休んでいる。きのう、あれだけこわい目にあった上に、犯人が逮捕されたあとも、警察からいろいろ聞かれたそうだ。そんなことで、親から「きょうは休みなさい」と言われたらしいのだ。

「ねっ、今朝の新聞の写真、見た? ビーダマンの」

「見たけどさあ、あの写真、ぼやけてたじゃん」

「手首にガラス玉みたいなの着けてたのと、横じまのTシャツに半ズボンはいてたのは、わかったって。やっぱり、小学生じゃないかって、書いてたわ」

「この学校の?」

「そう、そうらしいの」

 きのう、犯人の自動車を追いかけていたときに、撮られた写真が載っていたのだ。でも、あの写真では、ビーダマンの正体が、ぼくだということはわからないはずだ。


 マリちゃんが、小声でぼくに聞いた。

「ビー玉、また色が減った?」

「うん、ほら」

 ぼくは、マリちゃんに見えるよう、ズボンのポケットから、ちょっとだけビー玉を出した。模様が動いているのは変わりないけど、色は紫だけになっていた。

「おい、タクヤ。おまえ、ビー玉持ってなかったか。えらくきれいなやつ」

 突然、ツヨシに話しかけられて、ぼくはあわてて、ビー玉をポケットに押し込んだ。

「知らないよ。でも、それが、なに?」

「写真に写ってた、ビーダマンの手首のガラス玉。あれ、ビー玉じゃねえかって気がしてさ。それでタクヤのこと思い出して……」

 マリちゃんが、割り込んでツヨシに言った。

「ツヨシくん、考えてみなよ。このタクヤくんが、あんなかっこいい、ビーダマンに変身すると思う?」

「うーん、確かに……。タクヤとビーダマン、全然イメージがちがうよなあ――。考えすぎかなあ」

「そうそう、考えすぎだって」

 授業開始のチャイムが鳴った。ツヨシは、ふに落ちない表情を、ぼくに向けたあと、自分の席に戻っていった。ぼくは、マリちゃんに抗議した。

「ねっ、ぼくって、そんなにかっこ悪い?」

「気を悪くしたの? でも、いいじゃん。ばれなかったんだから。さあっ、教科書出して。授業、授業」

 いつもぼくは、こうやって、マリちゃんに言いくるめられてしまう。それに比べて、すみれちゃんは――、やさしかったなあ。ぼくは、手のひらを鼻に持っていって、匂いをかいだ。せっけんの匂い、すみれちゃんの匂いのような気がした。


 二週間たった。運動会が終わって、空が秋っぽくなってきたころ、ぼくら高学年の児童は、課外学習にでかけた。市で一番大きなコンサートホール、そこで小学生向けの音楽を聴かせてくれるという。千人以上入るコンサートホールの客席は、町のあちこちからやってきた小学生で埋まっていた。

 演奏曲目は、動物のなんとか、というもの。いろんな楽器を使って、動物らしい音を出してくれる。楽しいことは楽しいけど、客席が暗いのと、音が心地よいのとで、演奏が始まって数分もすると、眠気がおそってきたのだ。先生からは「あくびしちゃダメよ」と言われていたけど、広野くんなんて、ふぁーっと大きなあくびを何度もしていた。

 そんなときだ。ぼくのポケットの中がブルルッと振動したのだ。ビー玉が震えている。ぼくは、いっぺんに目がさめた。となりの席のマリちゃんをつついて、ズボンのポケットを見せた。ポケットから、紫色の光がもれている。

「事件?」

「そうなんだ。いますぐ、外に出なくちゃ」

「でも、演奏中よ」

「どっ、どうしよう……」

 斜め前に座っていた先生が、「しっ、静かにしなさい」と小声で言った。

「ねっ、先生」とぼく。

「なに?」

「トイレ、行きたいんです」

「えーっ、がまん、できないの」

「はっ、はい」

 先生が困ったような顔でぼくを見る。ぼくは、いまにももれそう、という目で、先生にうったえた。

「んもう……。しかたないわね。じゃ、静かに出るのよ。早くすませて戻ってらっしゃい」


 ぼくは、会場の外に出た。ポケットからビー玉を出す。紫の光線は、ロビーのほうを指していた。急いでトイレで変身して、ロビーに駆け下りていった。

 ロビーには、大勢の警察官がいた。みんな、あわただしく動いている。宇宙服のような服を着た人もいた。

「あと何分だ!」

「五分です。犯人は、ロビーのどこかに隠したと、言っています」

「ともかく、早く客を避難させなきゃ」

「五分じゃとても無理ですよ。かえって危険なことになってしまいます」

「ああ、どうすれば……」

 ぼくは警察官のひとりに声をかけた。

「どうかしたんですか」

「あっ、ビーダマン!」

 いまや、ビーダマンのことを知らない人はいない。警察官は、ほっとしたような表情を見せて、話をしてくれた。

 警察官によると、ついさっき、ある男から「ホールを爆破する」という電話があったらしい。爆破予告時刻まであと四分。爆弾は、ロビーのどこかに、しかけてあるという。

「緊急事態なんです。ビーダマンも、捜査に協力してください」

「わかりました。まかせてください」

 ぼくは、手首のビー玉を見た。光線がロビーの奥のほうに向いている。光の方向に、ぼくは走った。ぼくのあとを警察官がついてくる。光の先、そこにはコインロッカーが並んでいた。光はさらに、ロッカーのひとつを指し示していた。

 突然、ぼくの目に変化があった。なんと、景色が透けて見えるようになったのだ。ぼくの手のひらも、警察官の姿も、分厚い壁も、みんな透けて見える。ぼくはロッカーの中を透視した。円筒形の物体が五本ほどと、デジタル時計が見えた。爆弾だ! ぼくは大声で言った。

「ここです! 爆弾はこの中です」

「わかりました。おい、工具を持ってこい。すぐに、開けるぞ」

 あと三分。警察官は、バールで扉をこじ開けた。中にあったもの、やはり、爆弾だった。爆弾は、デジタル時計と何本もの電線で、つながれていた。デジタル時計は、音もなく、一秒ずつ数を減らしていた。あと二分。

「どれか、電線を切ればいい。切れば爆発しないはずだ!」

「と言っても、どれを切れば……。まちがって切っちゃったら、爆発してしまいます!」

「ああ、どうすればいいんだ」

 デジタル時計の表示は、あと一分になった。どうする。どうする。あと四十秒、三十秒……。

 突然、ビー玉の光が激しく点滅した。ピカピカッ、ピカピカッ。紫の光線は、天井をぐるっぐるっと回ったあと、ピタッと爆弾をとらえた。デジタル時計につながる一本の電線を照らしている。あと十秒。ぼくは叫んだ。

「これです! この電線です!」

「わかりました。では、切ります!」

 あと五秒、四、三、二。宇宙服のような服を着た警察官が、電線を切った。デジタル時計は、一秒という表示を残して、止まった。

「ふーっ」

 警察官の何人かが、その場にへたり込んだ。

 ぼくも、しゃがみ込もうと思ったとき、ビー玉が、また激しく振動した。今度はちがう方向に光線が向いている。階段の下、玄関のほう。

「たぶん、犯人です。犯人が、近くにいます」

 そう叫んで、ぼくは階段を駆け下りた。警察官もついてくる。玄関を出た。広い道路を、自動車が途切れることなく走っている。光線は、道路の反対側を指していた。電柱のかげ、そこに男がいた。男は時計を片手に、こっちのほうを見ていた。男と目があった。男は突然、逃げ出した。

「あいつです! あいつが犯人です!」

 ぼくは、道路を渡った。自動車がビュンビュンと横切っていく。その間をシュッ、シュッとすり抜けた。ビビビーッ。激しいクラクションの音がひびいた。

 道路の向こう側に着いた。少し先に男の後ろ姿が見える。男を追いかけた。後ろから男のからだをつかんだ。そのまま、頭の上にかつぎ上げた。

「なにするんだ。はなせ! はなせ!」

 男が、ぼくの頭の上で暴れている。でも、もう、ぼくの手から逃れることはできない。ぼくは、警察官に男を引き渡した。男は、手錠をかけられると、急におとなしくなった。


 その後の話は、ぼくは新聞で知ることになる。男は、以前、このコンサートホールで音楽を聴いていたとき、眠ってしまい、つい、いびきをかいてしまったことがあったらしい。そのことで、まわりの客に冷たい目で見られたことが恥ずかしくて、いっそのこと、ホールを爆破してしまおうと思い立ったという。なんともばからしい動機に、警察官たちは、あきれかえってしまったという。


   ―――――


 あれから四か月、もうすぐ、三学期も終わる。

 結局、ビーダマンは、だれにも正体を見破られることなく、正義の味方の仕事を終えた。マスコミで取りあげられることも、とんとなくなった。最近は、マリちゃんも、「ビーダマンなんて、もう、どうでもいいじゃん」と言って、「セーラーレディー」というのに夢中になっている。

 ビー玉は、いま、ぼくのふでばこの中。持ち歩く必要がなくなったからだ。色を使い果たしたビー玉は、もう、光ることはない。中にあった鮮やかな模様はすっかりなくなって、透明なだけのガラス玉になった。

 ビー玉を手首にはめてみた。からだになんの変化も起きなかった。

 ビーダマンに変身していたころが思い出される。水中をすいすい泳いだり、空を飛んだり、高速で走ったり……。そうだ。これこそ、ぼくをスーパーヒーローに変身させてくれたもの。超、超、超貴重な、ぼくの宝物なのだ。

 ぼくは、ビー玉を手首からはずして、ふでばこの中に戻した。ビー玉は消しゴムの横で、ころっと転がった。


   ―――――


 これで、ぼくのお話はおしまい。

 スーパーヒーローなんて、いるわけないと思っているきみ。ひょっとして、きみ自身がスーパーヒーローに、なれるのかもしれないんだよ。

 とりあえず、机の引き出しでも、探ってみたら? なに、ビー玉が見つかった? しかも、中で色が動いている? それは有望じゃないか。あとは、それを、手首に巻いてみるだけ。ほら、力がみなぎってきただろ。

 そうだ。これから、きみは、ビーダマン2号として、人類の平和のために、尽くすことになるのだ。がんばってくれたまえ。



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