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二 緑の光

   二 緑の光




 夏休みに入った。自由な時間がいっぱいできたというのに、ぼくは、あれからまだ一度も、ビーダマンに変身する機会がない。世の中が平穏というのは良いことなんだけど、出番がないのもつまんない。ちょっとぐらい事件が起きてもいいのに――、と、つい思ってしまうのだ。

 ビー玉は、いつもポケットに入れている。ときどき確かめるけど、模様が動いているだけで、大きな変化はなかった。

「あーあ、退屈――」

 夏休み中、何度ぼくは、この言葉をつぶやいたことか。


 二学期が始まった。

 ここのところ、ぼくの住む市で、困ったことが発生しているらしい。博物館や美術館から、大事な彫刻や絵画や古文書が盗まれる、という事件が多発しているのだ。

 事件は、すべて昼間に発生しているという。新聞では「真昼の怪奇」と題して、事件がどのように発生したのか、細かく分析していた。犯人はなんらかの手段で、昼間、堂々と盗んでいくらしいのだが、その手口がわからないので、警察も手を焼いている、と書いてあった。

 盗まれるものは、価値の高いものだけではなかった。子どもが描いた絵画の金賞作品とか、音楽コンクールで優勝したときの賞状とか、こう言っちゃ悪いけど、本人以外には、それほど価値のないものも、盗まれているのだ。

 盗難被害は、最近、学校にまでおよんできている。先週は、となりの地区の高校で、玄関に飾ってあった野球の優勝旗がなくなっていたし、おとついも別の小学校で、理科室で大事に保管していたハニワが、盗まれたという。

 ぼくらの小学校でも、警備員を増やして、警戒にあたることになった。


 警備員は、授業中でも校内を巡回する。授業している教室の廊下を通り過ぎていくのだけれど、そんなときって、なんか気になって、授業に集中しきれない。先生も気が散ってしまうのか、巡回のときは話すのをやめて、通り過ぎるのを待っているみたい。

 体育のときだった。運動場で徒競走の練習をしているとき、新しくやってきた警備員が、用務員のおじさんと一緒に、職員室、保健室、図書室と順番に点検して回っているのが見えた。警備員は、おじさんになにやら尋ねている。おじさんは、指で示しながら、なにか説明していた。


 用務員のおじさんに声をかけられたのは、休み時間に、廊下を歩いていたときだった。

「遠藤拓也くん――、だよね」

「はい」

「川でおぼれていた男の子、助けたんだって。大活躍だって評判だよ」

「ありがとうございます」

「しかし、すっごいなあ。ビーダマンみたいだったって、マリちゃん言ってたよ」

「えっ、マリちゃんが?」

「ビーダマンってなに? って聞いたらね。スーパーヒーローのことだって。事件が起こったとき、助けに来てくれるんだよって、うれしそうに、教えてくれたよ」

 ぼくは、心の中でマリちゃんに抗議した。ダメじゃないか。ビーダマンのこと、ぺらぺらしゃべっちゃって……。

「きみも知ってると思うけど、いま、盗難事件が多いだろ。おじさんも、見回りの回数増やして、校内回ってるんだけどねえ」

「きょうも、警備員の人、案内していましたよね」

「そうなんだよ。あの人、大事なものはどこに置いてるんだって、盛んに尋ねてきていたなあ。真面目な人なんだね。たいていは校長室の棚に保管してるよ、と教えてあげたけどね。それにしても、いつ、泥棒にやられるかと思うと、気が休まるときがなくてね……。ビーダマンっていうのが本当にいるんだったら、つかまえに来てくれないかなあ。そうすれば、一挙、解決なんだけどね」

 チャイムが鳴った。おじさんは「じゃあ、また」と言って、用務員室のほうに歩いていった。ぼくも、早足で教室に戻っていった。

 それにしても、マリちゃん、ダメだよ。勝手にビーダマンのこと、話しちゃって……。


 授業の途中、先生が黒板を向いているときに、ぼくは、声を落として、マリちゃんに言った。

「ねえ、用務員のおじさんに、ビーダマンのこと、話しちゃったの」

「話したわよ。先生にも、おとうさんやおかあさんにも」

「ええっ! なんで?」

 ぼくの声に、まわりの児童が振り返った。ぼくはあわてて、「ちがう、ちがう」と言って、手を振った。

「それ、ぼくらの秘密のしとこうって、約束したじゃん」

「なんで、いけないの。ビーダマンが、タクヤくんだって話はしていないわよ。ビーダマンはいるけど、だれかはわからない。スーパーヒーローって、みんなそうでしょ」

「それは、そうだけど……」

「スーパーヒーローって、みんな知ってるけど、正体はわからない。だから、おもしろいんじゃん」

「でもさ、ぼくが知らない間に、ビーダマンのこと広めることないじゃん。もし、いま事件が起こったら、ぼくが、ビーダマンになって、事件を解決しなきゃいけないんだよ」

「そのときは、タクヤくんが、トイレかどこかで、変身すればいいじゃん。前に作ってきてあげた、マスクとマント、持ってるでしょ」

「うん、持ってるけど……」

 ああ、マリちゃんには、いつも言いくるめられる――。マリちゃんには勝てない。

 いつの間にか、先生が机のそばに来ていた。ぼくはあわてて、「ええと……」と言って、ノートに向かった。


 四年二組の教室は、三階にある。一番はしっこのぼくの席から、運動場が見える。五年生がサッカーしているその先に、警備員がひとりで歩いていた。

 警備員は、音楽室、理科室、と順番に点検していく。つぎは校長室。警備員は、校長室の扉をたたいた。中に、だれもいないことを確かめたみたいだった。扉を開けて中に入っていった。

 そのときだ。ぼくのズボンのポケットが、ぐいっぐいっと動き出したのだ。あのビー玉だ。ビー玉が動いている。ポケットを見ると、緑の光が、もれていた。

「マリちゃん、事件だ。事件が起こってる」

 ぼくは、マリちゃんにポケットを見せながら、小声で言った。

「えっ! いま、授業中だよ」

「どうしよう」

「ともかく、衣装、準備しとかなくちゃ」

 ぼくは、ランドセルから、マスクとマントを取りだした。ちょうどそのとき、終わりのチャイムが鳴った。キーンコーンカーンコーンの、初めのキーンのところで、ぼくは、「授業は終わりです」と大声で言って立ち上がった。

「タクヤくん、まだ、終わっていません。座りなさい」

 先生の言葉を無視して、ぼくは教室を飛び出した。ポケットからビー玉を取りだして、腕にはめる。ビー玉は、川の事件のときと同じように、一本の光線を放っていた。今度は緑色の光線。光線の先には、校長室があった。

 ぼくはトイレに駆け込んだ。すばやくマスクを着けマントを羽織って、トイレを飛び出した。チャイムの最後の音が鳴った。教室から、児童たちがぞろぞろ出てくる。

「なんだ。あれは!」

 だれかが、ぼくを指さして叫んだ。

「ビーダマン! ビーダマンよ!」とマリちゃん。

「ビーダマンって?」

「知らないの? 正義の味方、ビーダマンじゃない」

 マリちゃんが、みんなに教えてあげている。ぼくは、窓から外を見た。校長室から警備員が出てくるところだった。警備員は黒い布の袋を持っていた。運動場を横切って、校門のほうに走っていく。緑の光線は、警備員に向いていた。

「あいつ、あいつが犯人だったんだ!」

 このあと、ぼくは、ビー玉に誘導されるように動いた。ビー玉は、窓から飛び出そうとしている。ぼくはビー玉に引っ張られて、窓から外にジャンプした。

「キャーッ!」

 だれかの叫び声が聞こえた。ぼくが、窓から飛び降りたと思ったのだろう。事実、飛び降りたんだけど、ぼくのからだは、地面に落ちることはなかった。ぼくは、窓の外でふわりと浮いた。そしてそのまま、警備員が向かう校門のほうに、飛んでいったのだ。まるでツバメかムササビのように。首に巻いたマントが、たなびくのがわかった。

「なんだ、あれ」

「うぉーっ、すっげえ」

「ビーダマン、ビーダマンよ」

 校庭中にどよめきが広がる。本当にヒーローになった気分。でも、こんなことで浮かれていてはいけない。犯人をつかまえなくては。

 警備員が校庭を走っている。ぼくは校門に先回りして、すとんと地面に下りた。いきなり、空から飛んできたぼくを見て、警備員は立ち止まった。驚いた目で、ぼくを見ている。

「なっ、なんだ。おまえは!」

「正義の味方、ビーダマンだ!」

 夏休みの間、ずっと練習していたセリフだ。自分で言うのも変だけど、このときのぼくは、ものすごく格好よかったと思う。

「その袋はなんだ。なにを盗んだんだ!」

「なっ、なんでもない。これは、おれのものだ。どけ、そこをどけ」

 警備員は、袋を胸に抱いて、ぼくに向かってきた。ぼくは、ふたたびふわりと浮かび上がって、警備員の肩にまたがった。そのあと、警備員の顔を、マントでふさいでやった。

「なっ、なにをする」

 マントの中から声がする。警備員は、身をよじって抵抗した。肩にまたがったまま、ぼくは、マントを押さえつけた。警備員は、その場でぐるぐると回ったあと、地面に倒れた。袋の口が開いた。中からぽろっと出てきたもの、トロフィーだった。去年、県のサッカー大会で優勝したときにもらった、学校の宝物だ。

 警備員は、地面に倒れたまま、暴れている。

 先生たちが走ってやってくる。あとは、先生が、警備員をつかまえて、警察につきだしてくれるだろう。ぼくの役目はこれで終わり。正体がばれてはいけない。

「あとは、よろしく」

 ぼくは、先生にそう言って、警備員にかぶせていたマントをとって、飛び上がった。もくもくとわきあがる入道雲に向かって、飛んでいった。

「ビーダマーン、ありがとう」

 と、声が聞こえた。思わず照れ笑いしてしまった。


 学校中が大騒ぎしているうちに、ぼくは教室に戻ってきた。ぼくは、人の見ていないところで、マスクとマントをぬぎ、ビー玉はポケットに戻して、もとの遠藤拓也として、いま、教室の自分の机に座っているのだ。

 まだ、授業開始のチャイムも鳴っていない。つまりぼくは、この事件を、なんと、休憩時間のわずか十分の間に、解決してしまったのだ。

「ビーダマン、大活躍だったじゃない」とマリちゃん。

「しっ、だれか聞いてるよ」

「大丈夫よ。みんなまだ、空見あげてるもん。タクヤくんのことなんか、だれも、見ていないって」

「そうか……。それはそれで、ちょっとくやしいけど。まあ、いいや、それよっか、ほら、このビー玉」

 ぼくは、ポケットからビー玉をちょっとだけ出して、マリちゃんに見せた。ビー玉の中の模様。緑、青、紫の三色だったものが、青と紫だけになっていた。

「また、色が減ってるだろ」

「さっきの事件、緑色だった?」

「うん、緑の光線が、警備員に向いてたよ」

「ひょっとして、事件が解決するたびに、色が減っていくのかしら」

「たぶん」

「だとすると。あと二回しか、事件が起こらないってこと?」

「二回しか、じゃなくて、二回もだろ。そうたびたび、事件が起こるわけないじゃん」

「でもさ、あと二回だと思うと、なんか、つまんないじゃん」

 マリちゃんって、事件が起こるのを期待しているみたい。まあ、ぼくも、本音を言うと、ちょっとだけ期待している。つぎは、どんな事件なんだろってね。

 来るなら来い。受けて立ってやる、そんな気持ちだった。


 あとで聞いた話だけど、警備員の男の家からは、めずらしい品物が、いっぱい見つかったんだって。すべて、盗まれたものだ。男はめずらしい品物を集めて、家で眺めては、満足していたらしい。怪しまれないように、警備員の服まで買って、学校に紛れ込んで来たとのことだった。


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