一 赤い光
一 赤い光
スパイダーマンとかバットマンとか、男の子というのは、そういったスーパーヒーローにあこがれるものだ。鳥のように空を飛んだり、新幹線より速く走ったり、自動車を持ち上げたり……。ぼくも幼稚園のころは、そんな超人が、本当にいるものだと、信じていた。
けどね、小四にもなると、そんな人いるはずがない、ということが、わかってくるものなんだよね。夢がないと言われれば、そうかもしれないけどさ。そういうのって、映画やテレビの中のお話なんだから……。
――と、ついこの間まで、ぼくはそう思っていた。
ところが、世の中はわからないもの。なんと、そんなぼく自身が、本当のスーパーヒーローに変身してしまったのだ。信じられないって? だよね。でも本当のこと。
どうして、このぼくが、超人的な力を、身につけることができるようになったのか、いまから、その話をしよう。
―――――
話は、一学期の終わりごろにさかのぼる。毎日、暑い日が続いていた。空を見あげると、青い空に、わた菓子のような真っ白な雲が、ぽかっぽかっと浮かんでいる。もうすぐ夏休みが始まる、そんな時期のことだった。
ぼくら四年生は、となりの県の、なんとか川というところに遠足に行った。川の名前は覚えていないけど、とても涼しくて、気持ちがよかったことは覚えている。
ぼくらを乗せたバスは、うねうねとした道を通って山の奥に入っていった。バスの揺れに合わせて、ぼくは、ウヒャー、ウヒャーと、からだを左右に揺すっていた。すると、急に景色が開けたところにやってきたのだ。マリちゃんが窓の外を見て声をあげた。
「うわっ、きれい。タクヤくん、見て、見て」
「なに、なに。うわっ、すっげえ。チョーきれいな、川じゃん」
緑の山に囲まれた谷間を、水が、白く小さな波をたてて流れている。音は聞こえてこないけれど、さらさらという音がぴったり。そんな川だった。
河原で、人々がベンチに座ったり、お弁当を食べたりしてくつろいでいる。テントを張っている大学生っぽいグループもいた。川の中では、大勢の子どもが水遊びをしていた。
目的地に着くと、ぼくらは、水着に着替えてさっそく河原に下りた。河原には丸い石がごろごろ転がっていた。頭の上にはつり橋が架かっている。川をバックに写真を撮っている人が見えた。
河原で、川を管理している人のお話があって、学年主任の林先生のあいさつを聞かされて、そのあと準備体操して、さらに担任のヒロコ先生から、いろいろ注意があって……。がまんの限界にきたモッチが、ついに、先生にうったえた。
「ねえ、先生、もういいでしょ。早く、川に行きたいよ」
「そうね。はい、じゃもう行っていいわ」
「やったーっ」
ようやく、許しが出て、ぼくらは、川に向かって走っていった。
「奥のほうに行っちゃダメよ。急に深くなってるから」
ぼくらは一斉に「ハーイ」と答えた。
水のそばまでやってきて、ぼくは、そおっと足を踏み入れた。
「ひゃーっ、つめてーっ」
水の冷やっこさが、とても気持ちよかった。
泳ぎの得意な松井くんは、さっそく泳いでいる。ぼくとマリちゃんは、浅いところで、水中めがねを着けて水の中をのぞいた。すっごくきれいな水、底のほうまでくっきりと見えた。小さな魚が泳いでいる。石をめくると、ちっちゃなカニが隠れていた。カニは、あわてて別の石の底にもぐっていった。
ここでぼくは、あれを……。あのビー玉を見つけたのだ。
水の中に、きらっと光るもの。なんだろ、と思って取ってみたら、ビー玉。正しくは、ビー玉みたいなもの、と言うべきかもしれない。というのも、Uの形に穴が空いていて、輪っかになったひもが通っていたからだ。手首に巻くアクセサリーのようだった。
「ほらっ、こんなの見つけたよ」
「うわっ、きれい」とマリちゃん。
このビー玉、驚くべきことに、なんとガラスの中の模様が動いていたのだ。赤と緑と青と紫、鮮やかな四つの色が、ぐにゅーっぐにゅーと。まるで、生きているようだった。こんなビー玉、夜店なんかじゃ、絶対に手に入らない。きっと、ものすごく高いものなんだと思った。
「落とし物かなあ」
「かもね。タクヤくん、はめてみたら」
ぼくは、それを手首にはめた。すると、ぼくは、ぼくのからだに、なにかが起こったような感じがしたのだ。なにかわからないけど、とんでもないこと。血が全身にたぎって、からだが急に熱くなって、ものすごい力がみなぎってくる、そんな感じなのだ。
「なっ、なんか、からだが変」
ぼくは、底にあった石を取って、手のひらで、ぐっとにぎった。すると、石はまるで、とうふのように、ぼくの手の中で、ぐにゃっとつぶれたのだ。
「タクヤくん、すっ、すっごい!」
「ぼっ、ぼく――、どうなっちゃったんだろ」
「ひょっとして、そのビー玉のせい?」
「そっ、そうなんだ。これ着けると、からだが、ぼくのじゃないみたいになって――」
ぼくのからだは、いま、とんでもないことになっている。なのに、マリちゃんは、
「へえっ、そんなことってあるんだ」
と、平然とした表情でつぶやいた。腕を組んで、空を見あげてなにか考えている。
「うん、そうよ、きっとそう」
「なにが? なにかわかったの」
「そのビー玉、腕時計型の変身グッズなのよ。身につけると、スーパーマンみたいに変身できるの。ほら、セーラームーンだって、変身するとき、ブローチ使ってるでしょ」
セーラームーンのことは、知らないけど、変身グッズのことは、ぼくにもわかる。
「タクヤくん、スーパーヒーローになったのよ。そのビー玉、落とし物なんかじゃなくて、きっと、タクヤくんに、世界平和のために戦いなさい、と言ってるのよ」
「ぼくが? スーパーヒーロー?」
どうも、ピンとこない。けれど、マリちゃんの言ってること、わからないでもない。事実、ぼくは、ものすごい力を手に入れたんだから。
そんなことを、話していたときのことだ。手首のビー玉が、突然、ブルルっと振動して光を放った。真っ赤な一本の光線。光線の先は下流のほうにのびていた。
「なっ、なに、これ」
ぼくは、びっくりして、手首を振りまわした。ビー玉がぼくの手首で揺れた。なのに、不思議なことに、光線の方向はまったく変わらなかったのだ、光線はある一点を指していた。
光の方向を見た。光線の行き先は川のまん中。なんと、幼稚園ぐらいの男の子が、下流のほうに、流されているところだったのだ。男の子は、水面に顔だけを出してもがいていた。横の川岸では、女の人が叫んでいた。
「タッくん! タッくんが流される。だれか、だれか助けて!」
「大変だ!」
そう思ったつぎの瞬間、ぼくは川に飛び込んでいた。もぐって深いところに向かう。頭の上に手のひらを合わせ、身をくねらせて、水中を進んだ。こんな泳ぎ方をしたのは初めてだ。学校のプールだと、二十五メートルも泳げないぼくが、イルカのように泳いでいる。ずっともぐり続けているのに、息が苦しいこともなかった。ぼくのからだは、ぐいっぐいっと進んでいく。赤い光線は、ずっと同じ方向を指していた。ビー玉が、ぼくを導いている。まるで、光の糸をたぐっていくようだった。
水面に男の子の姿が見えた。足をばたばたさせている。もう少しだ。ぼくは、からだをひねって、男の子に向かっていった。男の子をだきあげ、一気に水面に出た。男の子は、顔をしかめている。ぼくは、男の子を水面に持ち上げたまま、岸に向かって泳いでいった。
川岸に着いて、男の子に言った。
「もう、大丈夫だよ」
男の子は、わーんと泣いて、ぼくに抱きついた。おとなの人たちが、走ってやってくる。ぼくは、おとなの人に囲まれた。「ありがとう、ありがとう」、「きみ、すごいね」、「名前は?」、「学校は?」。いろいろ質問されたけど、どう返事したか、よく覚えていない。ただ、ビー玉のことは話さなかった。話しちゃいけないような気がしたから。
おとなが去ったあとは、四年二組の友だちがぼくを取り囲んだ。
「タクヤ、おめえ、すっげえなあ」
「オリンピックの選手みたいだったよね」
ぼくだって信じられない。なんで、あんなに泳げたんだろう。なんで、水中にずっともぐっていたのに平気だったんだろう。
そう、すべては、このビー玉のおかげだ。ビー玉は、なにごともなかったかのように、ぼくの手首にあった。四色の模様だったものが、なぜか、赤色がなくなって、緑、青、紫の三色になっていた。
帰りのバスで、ぼくとマリちゃんは、ひそひそ声で話をした。
「そうと決まれば、名前を着けなくっちゃ」
「名前?」
「スーパーヒーローに名前があるのは、当たり前じゃない。そうね。ええと……」
ぼくは、まだ実感がわいていないというのに、マリちゃんは、勝手に話を進めている。
「ビー玉だから――、ビーダマン。そうよ。ビーダマンがいいわ」
「ビーダマン? なんか、子どもっぽくない?」
「そんなことないって、かっこいいわよ。ビーダマンにしなさいって」
ということで、ぼくはビーダマンとなって、世のため、人のためにはたらくことになったのだ。きょう、男の子を助けたことは別にして、スーパーヒーローは正体を明かさないもの。ビーダマンも、正体がばれないように変身しなければならない。変身用の服は、マリちゃんが作ってくれるという。マリちゃんにまかせるのも、ちょっと不安だけど、まあいいことにしよう。
つぎの日の新聞には、ぼくと男の子が並んで写っている写真が載っていた。
「大活躍の遠藤拓也くんと救助された男児」
記事の中身は、ぼくが話した内容が、少しアレンジされて書かれていた。
「遠藤くんは、『ぼく本当は、水泳は苦手なんです。男の子を助けることができたのは、無我夢中で泳いだからだと思います』と話していた」
うまいこと書いてるけど、ちょっとちがう。ビー玉のことは記者にも話していないから、こういう記事になるのは、仕方がないんだろうけどね。
ぼくが男の子を助けたことは、学校中で評判になった。校長先生は、賞状をくれたし、ほかの組の先生も、廊下で会うと「あなたが遠藤くん? 大活躍だったんだってね」と声をかけてくれた。
そうそう、変身用の服のことを、説明しとかなきゃ。マリちゃん、さっそく作ってくれたのはいいんだけど、ピンクのマスクに、真っ赤なマント。いかにも少女趣味。「こんなの恥ずかしいよ」と抗議したけど、「せっかく作ってきたんだから、着なさい」と突き放されてしまった。ぼくは、マリちゃんに、従うしかなかったのだ。
ビー玉は、普段ポケットに入れておくことにした。事件が起こってから、手首にはめればいい。変身グッズってそういうものだから。